バレエ小説❤️グランジュッテ その2

 3歳から始めたバレエだけど、決して容姿に恵まれているわけではないのは凜自身もよく分かっていた。手や足の長さ、顔の大きさは一般的な日本人の体つき。アンデオールが簡単に出来るわけでもない。むしろ右足の膝から下の骨の付き方はO 脚にすら見える。それでも、周りの友達には絶対に負けない自信があったのはバレエが好きという気持ちと、それに向かって努力しなくてはならないという気持ち。体が先天的に柔らかい子がいたり、手足がまっすぐ伸び、1 番のポジションが簡単に入る周りの子からしてみたら外観的な取り柄は一つもないと言って良かった。それでも、凜がバレエにのめり込むのに理由はなかった。ただ、バレエが好きっていう気持ち一つだった。
 それにバレエの先生がいつも言っている、筋肉の使い方を正しくすれば、スタイルがよく見えるという言葉を信じて疑わなかった。
「ママ― !宿題終わったから柔軟手伝って!」
 階段を駆け下りながらそう叫んだ。
「ちょっと、キリがいいところまで一人でやってて!そうしたら手伝うから。」
 そう言われて床の上にヨガ用のマットを広げると、その上に仰向けに寝転んで左足はまっすぐ伸ばして、右足を自分の顔の前にまっすぐ持ってくるようにストレッチを始めた。
「まだピッタリ鼻に付かないな。」
 自分の手で足を顔に押し付けるようにギュッギュッと押してみる。太ももの裏のハムストリングがグーっと伸びるのを感じる。
「これをもっと使えるようにしなくちゃ。」痛いのを我慢して目をつぶっていると更にギュッと押されるのを感じた。
まだまだ甘いわね!」片目を開けるとママがニヤッとした表情をしながら上から押してきた。
「凜だって、がんばってるんだもん!」
「本気でバレリーナになりたいなら、こんな頑張りじゃ足りませーん!」ママが揶揄うように言う。
「分かってる… って… ばー!痛― い!」
「大声で痛いとか叫ぶの、やめてちょうだい!近所の人にまた、虐待だと思われるじゃない!」
「だって、勝手に声が出ちゃうんだもん!」
 以前一度、あまりに大きな声で叫びすぎて、夜の10 時過ぎに心配した近所の人が凜の家まで訪ねてきたことがあった。ママはひたすら謝って、困り顔だったけど、「警察じゃなくてよかった。こうやって直接来てくれるって親切よね。」
 としきりに言っていた。それ以来、凜も気を付けてできるだけ叫ばないようにしているのだけれど、痛いものは痛い。
「はい、次は反対の足出して。」
 凜は促されるままに足を入れ替えてママに任せた。
「こっちの足の方が手ごわいわねー。凜も大きくなってきたから早く柔らかくなってくれないと私のパワーだけじゃ足りなくなってくるじゃない!」
「… はぁーい… やって… る… 」
 と絞り出すような声で答えた。
痛さのあまりに涙が出てくるけれど、ママはそんなことお構いなしで押し続けてくる。思わず、
「ハムストリングが切れる― !」
 と叫んでも、
「切れません。」
 ママがピシャリという。こんな時のママは冷淡だと凜は思う。それでも、凜がママに口答えできないのはママもバレエのことをよく研究してくれているから。凜が幼稚園でバレエを始めて次第にのめり込むにつれ、幾度となくパパを説得してくれていた。
 元々は専業主婦だったママは結婚前にやっていたライターとしての仕事を再開して、凜のバレエのレッスン代に充ててくれた。
パパはママがバレエに熱心すぎるという。確かにそうだけど、それは凜が大好きなバレエを少しでも良くしたいから。だから、それが凜のためで大好きなバレエのことだから、11 歳になった凜は、文句は言えないことを十分に理解していた。
「そろそろ、行った方がいい時間じゃない?」
「今何時?」
「4 時15 分。」
「わー!やばい。行ってくる!」バタバタと2階に駆け上がってバレエバッグにバレエ
シューズやトウシューズを入れて、ポニーテールのままだった髪を慌ててまとめた。それからコートハンガーからコートをひったくって玄関に行くとすでにママが待機していてくれた。

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