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短編「豚汁」

-自分は天井を見上げていて、ソファーに寝転んでいる-

昼食を食べてからごろんと横になって、そのままうっかり眠ってしまったらしい。窓の外はオレンジに染まっていた。少し頭がぼんやりする。「ああ、今日も宿題やらなかったな」と思うから今はおそらく夏休みだ。近くのラジオから女性の声で演歌みたいな。シャンソンっていうの?何かわからない歌が流れている。

-トントントン -

と頭の方から音がして、ソファーに寝転んだままグイッと顔を上げると、ばーちゃんがいた。ばーちゃんが台所で夕ご飯の準備をしている。

ばーちゃんはずっと台所にいる。

朝ごはんを作って、洗い物をしたと思ったら昼ごはんを作り始め、昼ごはんが終わったと思うと夕ご飯の準備をし始める。いつも次の料理の仕込みをしている気がする。だから、ばーちゃんはいつも台所にいる。そして、ばーちゃんは台所を台所とは呼ばない。ばーちゃん的には「お勝手」というその場所は、ばーちゃんのサンクチュアリだ。(ごめん、かっこつけた) 

わたしは心地良いトントントンという音を聞きながらふと思う。


「ばーちゃんがいるから、これは夢だな」と。


なぜなら、現実のばーちゃんはもう死んでしまったから。だからこれは絶対に夢なのだ。自分は今、いつかの夏休みの夢を見ているみたいだ。

しばらく寝転んだままばーちゃんの後ろ姿をぼんやり視界に入れる。ばーちゃんは背筋はしゃんと伸びているけれど、足が悪くて少し腰が引けた立ち方をしている。近くにはすぐに腰掛けられるように椅子がスタンバイされている。

急にばーちゃんが、ラジオに合わせて鼻歌を歌い始めた。ばーちゃんは、機嫌がいい時も少し怒っている時も鼻歌を歌う。今日はどっちなんだろう?少し迷って

「ばーちゃん」と声をかけた。

すると、ばーちゃんは手を止めて振り返り。

『おはよう。よぉ寝とったねぇ。あんたはよぉ寝るでそんな大きくなったんやねぇ』と笑顔で言った。機嫌が良かったみたいだ。

「何作っとるの?」と聞くと

『けんちん汁やよ』と答えた。

「ちょっと食べてい?」と聞くと

『まだ大根煮えとらんし、晩御飯の前やでお汁だけならええよ』とばーちゃんは答え、赤茶色のお椀によそって出してくれた。

「ありがとう」と受け取るとお椀の中に里芋とニンジンと豚肉が少し入っているのが見えた。私はそれを見てばーちゃんに言う。

「ねえ、ばーちゃん。なんでこれけんちん汁なの?豚肉が入っとるで豚汁やん」

『なんでもええわ。あんたが呼びたいように呼びゃあええよ』とばーちゃんが答え

「じゃあこれは豚汁やね」とわたしが言って、ばーちゃんは軽く私の頭をはたいた。ふへへと笑い、私はお椀を持ち上げ、口まで運ぼう




…と言うところで目が覚めた。


のそり、と起き上がり目を擦ると擦った手が濡れていた。夢の中では分かっていたはずなのに、「ああ。もうばーちゃんいないんだ」と改めて寂しくなった。それから「ばーちゃんの豚汁飲めなかったな」と思った。それがなんだか無性に悔しくて、


「豚肉が入ってるから豚汁だよ」

 とぽそりと呟いて、立ち上がった。

終。

▶︎あとがき:これは「豚汁」というお題をいただいて書いた短編です。モノローグという形をとらなかったので短編小説みたいなものになりました。「豚汁」と聞いて真っ先に浮かんだのが亡き祖母の「けんちん汁」だったので、これはある意味私小説です。今でもばーちゃんのけんちん汁は世界で一番うまいと思います。山岡よしき

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