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1ヶ月間SNSを完全に遮断した感想

「自分(の意識など)がどの位日々目にしている情報、それも主にSNSに影響を受けているのか。」

以前から気にはなっていたのですが、確かめることもなくズルズルと過ごしていました。
『限りある時間の使い方(オリバー・バークマン著:かんき出版)』という本を読んだことがきっかけで、一度1ヶ月間完SNSと自分の生活とを完全に切り離してみようと思いました。

あくまで対象はSNSであって、いわゆる「スマホ断ち」や「デジタルデトックス」とは目的も対象も全く違います。今回も毎日のようにスマホでメールや天気予報は確認しまくっていましたし、デジタルには常にどっぷり浸かっていましたが、それは今回の試みとは別なのです。

ネットニュースはじめ、そもそもネット上の情報は玉石混合で、何かしら発信者の主観や意図、バイアスから完全に隔離されたものはないでしょう。
ただその中でもSNSは、より個人的な意図や意思、バイアスが掛かっている可能性は高く、またその情報量や更新頻度も高いため、その”個人的”に発信された情報による影響はなかなか自分では認識しづらいだろうという問題意識がありました。

ここでいう”影響”とは、SNSで発信された情報内容そのものから直接受ける影響ではありません。私は、他人が発する意見は自分のものと違っても同じであっても、そのことによる直接的な感情の揺れはほとんどありません。
むしろ、その情報を見たことによる自分の周囲や情報への感度や反応、意識や気持ち、集中力といった副次的な影響です。
何か景色や製品、サービスや人、ニュースなどを見た時の反応が本当に純粋に自分が感じたものなのか、誰かがいつかSNSで発した情報に影響を受けたものなのかの識別ができないこと(つまり、自分という主体が純粋にどう感じているかという感度の低下)への危機感です。

これに加えもう一つの課題意識がありました。
それは、SNSという媒体に何か情報を発信することが日常的に入ってくると、自分が目にしたものを純粋に感じたり楽しむこととは別に、SNSに載せる(または将来のためにその景色を取っておく)ことが目的に入ってきます。すると、SNSなど「何か後の目的のために、今を切り取って取っておく」ことに意識や集中力が削られることにより、純粋に100%今目の前にあることをリアルタイムで直接感じたり、見たり、考えたりすることができることが一部阻害され兼ねません。
前述の本にも記載されていましたが、人の”集中力”は有限です。その有限な”今目の前のこと”に集中することが、SNSや将来のために阻害されてしまうことへの危機感です。
この話を先日友人にしたところ、「それって、子供の運動会で(将来1回見るか見ないかの)ビデオに収めることに精一杯で、実際の子供が走る場面を集中して見て感じることはほとんどできないのと同じですね」というコメントがありましたが、近いと思います。

自分の人生の時間が有限であると考えると、SNSでの発信や将来のために、今目の前のことへの集中力を犠牲にして、本当に自分が純粋に感じたり考えたりすることができない(放棄している)となると、それは勿体ないという考えです。

さて、長くなりましたが、そんな1ヶ月を過ごしてどうだったか。

まず純粋に感じたのは「日々の生活がよりシンプルに過ごせた」ことです。

まず単純にSNSに割く物理的な時間は短縮され、その時間を目の前のリアルなことに使うことができたのは事実です。ただ、私はもともとスマホやSNSのヘビーユーザーではないため、その部分のメリットは極めて限定的です。
ヘビーユーザーは、SNSやスマホを断つと先ずイライラやストレスを感じる日々を過ごすと書いてありましたが、それは私には全く当てはまりませんでした。

上記物理的な時間の確保とは別に、”スマホなどを使っている時間以外においても”自分の集中力を目の前のことに取り戻し、感性や気持ち、考え方などはよりシャープで純粋なものになった、という点が重要と考えます。

これについては、100%の確信はまだ得られていないものの、概ね「多分そうだと感じる」と言えそうです。それ自体を自分で感じられたこと、確認できたことは大きな収穫でした。

これらの考え方は、坐禅の実践に通ずるところも多く、「放下著」という”その他の雑念から離れ、目の前の自分の感覚に集中する”という考えと同じです。
先に挙げた本にも、目の前の困難や気の乗らない事柄から安易に自分の気を紛らわす手段となってしまいがちなものとしてSNSを挙げています。自分の集中を阻害する要因といかに対峙するかという深淵なテーマもここに絡んでいます。

一方、完全にSNSを断つことのデメリットは、「コミュニケーション」のためのツールの一つを失ってしまうことでもあります。他者とのコミュニケーションを効率的に行い、新たなネットワークをネット上で広げることができることはSNSの魅力の一つではあります。

今後はこのメリットとデメリットのバランスをうまく取りながら、「自分が目の前のリアルに対する集中力を削がれないように」場合によっては別なタイミングで遮断することがあると思います。

今回の1ヶ月で、そのバランスの取り方がより具体的に認識できるようになったことが何よりの収穫だったような気がします。

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