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『チ。』をもっと面白く読む
『チ。―地球の運動について―』という漫画が面白いので、〝知っておくとさらに面白くなる知識〟を取り上げつつ紹介します!
読んだことない人は読むきっかけに。読んだことある人は深く読むきっかけになれたらなと思います。
※「おすすめのマンガを紹介するだけのLT会」で話したことを加筆修正しました。
そもそも『チ。』とはどういう漫画か
『チ。―地球の運動について―』は、真理(地動説)を求める者と、キリスト協会(天動説)に従う者との争いを描いた、コペルニクス出現より少し前の時代のifのお話です。
『チ。』の試し読み ※いきなり拷問シーンなので注意
当時の時代背景
15世紀のポーランド
天動説(プトレマイオスモデル)が真理だとされていた
ルネサンスや宗教改革があった時代
コペルニクスが地動説を復興させる少し前の時代
![](https://assets.st-note.com/img/1716128954542-VahiU3254a.jpg?width=800)
時代は15世紀のヨーロッパです。天動説(≒プトレマイオスモデル)が世界の理(ことわり)でした。天動説が示す星々の動きは作中にも出てきます。いまの私たちからすると「美しくない」動きをしています。
ルネサンスや宗教改革など、時代が大きく変わろうとしていた時代です。『ワンピース』のように一夜にして大海賊時代の幕開けのようにはいきませんが、人々の意識や不満や行動や技術などが徐々にそれを成し得ていく時代です。
『チ。』の見どころ
真理を追い求める生き様がカッコいい
真理にひれ伏さざるを得ないときの心の葛藤の描写がくるものがある
様々な価値観を知り気づきを得られる
名言が多い
勉強になる
魅力はなんといってもバトル漫画に引けを取らない〝真理〟の追求ではないでしょうか。何度も真理という言葉が出てきます。世界を覆すほどの真理。真理に興味を惹かれ、真理を美しいと思い、真理に恐怖し、真理に困惑し、真理をこばみ、真理に望みを託し、真理と葛藤する。真理、それを知るためだけに人生をかける人間模様は、少年ジャンプのバトル漫画ではなくとも魅せられるものがあります。きっと根本的なものは同じなのかもしれません。
あとはなんといっても勉強になることですね。あくまでifの世界なので注意が必要ですが、当時の人の価値観も「倫理の教科書」には書いてないようなことも肌感として伝わってきます。作者の知識量は相当だなぁと思います。
『チ。』のまでの歴史
『チ。』は前知識なしでももちろん面白いし胸熱な漫画なのですが、時代背景を知っておくとなお面白いと思いますし、また小ネタを見つけたような嬉しみもあります。
紀元前の古代ギリシャ時代
古代ギリシャでは真理を求める哲学的な営みがあった
観察や実験というプロセスはおろそかにされがち
宇宙はエーテルで満たされているとされた
時代は古代ギリシャにまでさかのぼります。当時の哲学者の名前も作中で何度も出てきます。
古代ギリシャでは、奴隷制度のおかげで余暇(スコラ)ができます(スコラはスクールの語源です)。真理を求める行為、つまり哲学が盛んに行われていました。哲学の祖と呼ばれるソクラテス。「無知の知」で有名な人です。この人はテクストを残さない人だったので弟子のプラトンが残してます。2500年も前の人の考えを私たちは知れるなんで〝奇跡〟ですよね。ただ当時のソクラテスの考え方もあんまり受け入れてもらえなかったせいか、若者を堕落させた罪で死刑を言い渡されて自らドクニンジンを飲みます。
プラトンのさらに弟子であるアリストテレスもかなりの功績を残した人物です。『チ。』の時代の大学の教科書はアリストテレスのテクストをもとにしていました。
古代ギリシャの哲学は、(いまでいう)科学的なやり方は重視されず、観察や実験というプロセスは重要視されていませんでした。世界は四元素(火、空気、水、土)+天界を構成するエーテルでできているという考え方も、実験して出した答えというわけではないのはそのためです。
そんな中でも観測をもとに地動説を唱えた人がいました。
古代ギリシャの天動説と地動説
アリストテレスは天動説派
アリスタルコスは観測をもとに地動説の仮説を立てた
地動説の話は、コペルニクス(1473年〜1543年)やガリレオ(1564年〜1642年)ともに語られることが多いのですが、地球が太陽のまわりを回っているという考え方自体は紀元前の古代ギリシャの哲学者もしていました。ピタゴラス(ピュタゴラス)学派と呼ばれる一種の宗教団体もそれです。ピタゴラスはあのピタゴラス(紀元前582年〜紀元前496年)です。数学者としての知名度のほうが高いかもしれませんが。そして地動説を唱えていたなかでもっとも顕著なのがアリスタルコス(紀元前310年〜紀元前230年頃)です。なぜなら彼は観測をもとに合理的に地動説を導いたからです。月と太陽の位置の比率を出して、合理的に考えて太陽が大きいから太陽が中心であろうと考えに達しました。実は『チ。』の作中では確認できた限り4回名前が出てきています。
ちなみにアリストテレスは天動説派です。
![](https://assets.st-note.com/img/1717331066999-lS7BzcSxvw.jpg?width=800)
1世紀〜4世紀
プトレマイオスが『アルマゲスト』で天動説を書く
当時は天動説の方が合理的だった
キリスト教も手伝って天動説が支持されてきた
その後、1500年間ほど定説となった
プトレマイオス(83年頃〜168年頃)という名前は作中何度も出てきます。作中の15世紀は天動説は定説でした。地動説よりも合理的だったことと、聖書の解釈にも当てはめやすかったので長い間定説になっていました。作中での天動説はプトレマイオスの説のみが出てきますが、「アリストテレスの同心天球説」や「プトレマイオスの周転円・従円理論」などが存在しました。
キリスト教が広まったのもこの時代です。380年には国教になっています。キリスト教には知的好奇心や自然への関心がタブーという解釈もありました。神学者のアウグスティヌス(354年〜430年)なんかがそう言ってます。
中世前期
5世紀〜10世紀ごろ
ローマ帝国の崩壊
中世前期はさほど科学は発展しませんでした。ローマ帝国が崩壊し、たびたびの侵略があった時代です。しかもアリストテレスの文献自体が参照されていませんでした。
当時の科学の最先端はアラブでした。
中世盛期〜中世後期
12世紀ごろから過去の哲学書の翻訳も加速
アリストテレスの考え方がキリスト教と融合
アリストテレスの文献は後に教科書的な使われ方
このころからヨーロッパでアリストテレスの文献が知られるようになりました。本来、アリストテレスはキリスト教からすると異教徒。しかも聖書の解釈と違う思想だったため禁止令が出されるなどされました。しかし、トマス・アクィナス(1225年頃〜1274年)をはじめとしたいろんな人がキリスト教との融合を試みた結果次第に受け入れられていくのです。
ルネサンスと宗教改革
コペルニクスは過去の地動説を復興させた
ガリレオは望遠鏡で天体を観測し天動説を否定した(ある星のある状態の観測でそれを証明)
ガリレオは宗教を否定するのではなく聖書の再解釈した
協会の力が強くガリレオは異端扱い
当時は教会が強い力を持っていました。ガリレオの件でいうと、天動説を否定できる証拠を見つけて本を書くのですが、協会の力が強いことも知っていたので、きちんと配慮して「聖書の解釈」を変えて地動説を主張したのです。それでも異端扱いされました。なので「お前、もうこんなこと書くなよ」って言われたのにガリレオは我慢できず地動説をほのめかすような本を書くわけです。地動説を唱えたから即死刑というわけではなかったのです。そもそも死刑になってないですし。とはいえコペルニクス説を擁護したブルーノという人は火あぶりになってます。ただこれは彼の思想が死刑に値する異端だったためです。
ガリレオが天動説を否定できたのも望遠鏡のおかげです。つまり当時の天文台には望遠鏡がないのですよね。作中でも天文台は出ていますが、使われる道具は望遠鏡ではありません。
宗教改革の文脈でいうと、教会が免罪符を乱発しすぎていて「なんでもかんでもお金」というやり方が気に食わない人も出てきたわけです。特にルターという人が。「教会」が絶対なのではなく「聖書」こそが絶対だという人たちが。そういった人たちがプロテスタントとして革命を起こそうとした時代です。そのうちのひとりのカルヴァンという人は「利潤を肯定」した考えだったのも当時は革命的でした。稼ぐことはよくないこととされてたからです。
ルネサンスの文脈でいうとコペルニクスは過去の考え方を〝復興〟させて地動説を唱えました。コペルニクスは大学でアルベルト・ブルゼフスキによる天文学に触れました。ただ、アリスタルコスは知らなかったみたいですが、ピタゴラス学派が主張した地動説などにはたどり着いていました。自分の唱えた説のほうが明快だ(つまり美しい)という主張でした。天動説は「実際の動きと辻褄を合わせるためにあとづけで仮説を加えていった」わけです。これをアドホック仮説というのですが辻褄合わせの仮説を加えるならなんでも正しくなってしまいます。科学は反証可能性を持っているべきです。そう主張するポパーが出てくるのはもっとあとの時代です。ちなみに作中ではこんなセリフがあります。「第三者による反論が許されないならそれは信仰だ」これはカール・ポパーを意識してこのセリフを取り入れたんだと思います。
天動説と地動説の話に戻ると、結局どっちもおかしな点があるので「コペルニクスの地動説が正しい」にはならなかったんですよね。「コペルニクスのこの主張はやべー」って思われるようになったのがガリレオが主張した後だったりします。
コペルニクスもガリレオもケプラーも「神なんていない」という考えにはならず、なんとか聖書を再解釈しながら真理を求めてました。現代の科学者事情にも繋がりますが、「科学=信仰を持たない」という構図にはならないのが面白いですよね。
プロテスタンティズムに科学の発展をみる人もいます。ただ、プロテスタントが地動説を唱えていたわけではありませんので直接的に地動説を後押ししたわけではありません。ですが、プロテスタントの聖書中心主義は「真理を個人に任せたこと」が大きな革命でした。それまで真理は教会の解釈が大きな影響を及ぼしていたわけですから。そして、同時期に発明された活版印刷の技術で聖書の原本に一般市民が触れることができるようになり、羅針盤の技術で大航海時代に突入していきます。航海中はプトレマイオスモデルよりも地動説の正確さによる利便性が受け入れられていきます。
まとめ
『チ。』を面白くするための前提知識を書いてみました。
突発的に「地動説」が現れたわけではなく、そこにいたるまでに「知」が伝播され、多くの「血」が流れて途絶えつつも現状を打破するためのルネサンス運動から「地」が動くという考え方の復興があり、技術が進歩してそれを証明できたわけです。
最後のほうは『チ。』よりも後の話ですが、物語後半はそういった話にも触れています。
『チ。』は「史実と異なる! あんなに簡単に死刑になんてなるわけない!」といって途中で読むのを辞めた人もいるとは思いますが、それほど長い話でもないですし、ぜひ最後まで見てみてほしいです。
以下、参考文献
『科学の発見』
「現代宗教」の『「宗教と科学」に関する歴史的考察』
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