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3月16日、食パン

掃除機が壊れた。
もう3ヶ月は前のことだ。なんか調子悪いなあ、というタームも挟まず、ある日突然唸るだけになってしまった。フィルターの掃除をして、全部取り外して調べたけれど、どこの調子がどう悪いのかまったくわからない。フィルターのふたが半開きになっていることさえ教えてくれる最新機器なのに、予定にないエラーについてはなんの表示もされない。

さんざん格闘したがようすが変わらないのでそのまま置物と化し、代わりに毎日クイックルワイパーを持って掃除した。

掃除機は父の形見だった。形見ってふつう指輪とかそういうもんだと思うが、父が好きだったのは家電で、いちばん大事にしていた大型テレビはうちにはふさわしくなく、買ったばかりであろう最新型っぽい掃除機をもらってきたのだった。父の部屋はその掃除機でどこをどう掃除したのかわからないくらい狭かったし汚かったが、その部屋のなかに佇むぴかぴかの掃除機に彼の、なんというかすべてを感じて持ってきた。

壊れてからも、また気まぐれに動きだすのではと思うと新しいものが買えなかった。そもそもこの世にあるたくさんの家電の下調べをしてその中から我が家にふさわしい一品を選び取る行為が最高に苦手なもので、もう一生クイックルワイパーでもいいかなと思いはじめたころ、元夫が新しい掃除機を持ってやってきた。

正確には、気づいたら新しい掃除機で我が家を掃除していた。子どもたちを預けたりするゆえ元夫は我が家にもわりと自由に出入りしており、そのことについてはまた何か機会があったら説明するけれど、ああ、あんたはそういう人だったよ、と掃除機をかける元夫に思った。

や、決して悪意ある口調で読んでほしくない。そういう人なのだ。わたしがうっとなって立ち止まって動けないところにいても、何の気なしに何事もなかったようにハイと背中を押してくる。本人もおそらく何気ない。そのことに苛立った日もあったし救われた日もあった。ただそれだけのことだが、今日土曜の朝、わたしはその掃除機で部屋をぐるりと一周し、きのう焼いた食パンを切っている。

そういう人だ、わたしも彼も父も。人は変わらない。

食パン(2斤)
強力粉 500g
砂糖 20g
塩 10g
インスタントドライイースト 5g
水 320ml
バター 20g

作り方
すべての材料をこねてまとまったら、室温で1時間発酵させる。
三等分にして型に入れ、30分発酵させたら、200℃で30分ほど焼く。

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