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流れ星

私は子供の頃、一時期不幸だったことがあるので縁起をかつぐ。テントウムシも好きだし、日本の寺や神社を巡ってはお守りを買う。イタリアやスペインの教会では一番安いロザリオを買う。ギリシャでは小さいイコンを買う。ハイキング中にコガネムシを見つけては、
「ラッキー!」
と、鬼の首を取ったようにはしゃぐ。
 
子供達には蔑まれ、夫には呆れられる。
お坊ちゃま育ちの夫や、何不自由なく育ったうちの娘達 に分かってたまるか!
 
なので、8月と12月中旬の流れ星の季節には、目をギラギラさせて必死に流れ星を探す。もう、幸福になって何十年もたつのに、習慣とは怖いものだ。
 
夜1人、スイスのゴムスの山の中でベランダに出て星を見る。
「ネェーネェー、流れ星見ない?」
と誘っても、忙しいからと言って家族は取り合ってくれない。
そこで、紅茶を飲みながら1人、夜空を見上げる。
 
標高は約1,200m。ライト公害なし。満天の星がきらめく。フルカ峠やグリムゼル峠方面から黒雲が流れてくることもある。雲の中に稲妻が走る。あと1時間もすれば雨が降る。
 
虫の声が絶え間なく聞こえる。谷の向こう側から牛のベルが聞こえてくる。微かに谷底からローン川が流れる音も聞こえてくる。
エルネン村からビン谷へ向かう車のヘッドライトが山肌を登って行く。ホテルやレストランで働いて、こんな遅くに家に帰る人達もいる。
 
突然、冷凍庫から流れてきたような冷風が全身を包む。氷河の表面を走ってきた風が崖を滑って谷間に降りてきた。
「また、会えたね。どこから来たの? フルカ? フィエシュ?それともグリムゼル?」
風は答えることなく牧草をうねらせながら谷を下る。
 
星が流れる度に家族の健康を願う。
(もう、遅い。寝ないと……)
分かってはいても、もう1つ見れるんじゃないか、あと5分でまた見れるんじゃないか、と中々ベランダを離れられない。
 
教会の鐘が真夜中を告げる。流れる星達に後ろ髪を引かれる思いで今日も遅く床に就く。
 
 
 
 

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