005『老人と孫』ショートショート(1149文字)

 銀行に行くと、ATMの前にヨボヨボの爺さんと若い娘の二人組がいた。どうやら祖父と孫という関係のようだ。爺さんに渋々付き合わされているらしい娘の険のある声がやかましく響いていた。
「ほら、早くしてよ」
「よぉわからん。どこを押せばいいんじゃ」
 爺さんは弱々しくボソボソ訊いているが、孫はてんで意に介さず自分のスマホを見て知らんぷりしていた。なんと嘆かわしい。
「おじいさん、何かお困りですか?」
 ついついそんなふうに声をかけてしまった。
「誰おっさん? 人がやってるときに覗かないでよ」
 孫はようやくスマホから顔を上げたが、矛先がこっちに向いてしまった。眼力が凄まじい。しかし私は臆することなく、彼女に向かい合った。
「そんな言い方はないだろう。それが嫌なら君がきちんと面倒を見てあげなさい」
「いいのよこんなジジイ。人のことに口出さないでくれる?」
 私はカチンときた。なんという乱暴な少女か。
 さらに言い返そうとしたとき、バタバタと入り口から数人の男がなだれ込んできた。彼らは一直線に窓口まで殺到すると、「金を出せ!」と刃物を突きつけながら、受付の女性行員を脅した。待合にいた女性客の甲高い悲鳴が響き渡った。
 嘘だろ、銀行強盗だ! 咄嗟に物陰に隠れる私。と、ふらふらと男たちに近づいていく爺さん。しまった。連れてくるのを忘れた。孫娘はというと、真っ青な顔をして私の隣にいた。爺さんのことを忘れた私が言えたことではないが、なんという薄情な孫だろう。
「なぁ、すまんが、あの、えーてーえむっちゅうのは……」
「何だこのジジイ。どけ! これが見えねぇのか!」
 男の一人が刃物を爺さんに向ける。危ない! と思ったその瞬間、男の手からナイフが消え、音を立てて足元に転がっていた。
 そこからは、いったい自分が何を見ているのか分からなかった。あのヨボヨボの爺さんが、強盗たちをあっという間にやっつけてしまったのだ。強盗たちが繰り出すパンチやキックを穏やかな渓流のような動きで受け流し、男たちがブンブンと宙を舞って落ちていく。一目で、彼が只者ではなく、何らかの武術の達人だとわかった。
「う、うーん」
 強盗たちが目を回している間に、銀行員たちも勇敢なもので、どこからか持ってきたガムテープで男たちをぐるぐるの簀巻きにしてしまう。
 謎の爺さんと、銀行員たちのすばやい行動に、私を含む居合わせた客たちは惜しみない拍手を送った。
「さぞ高名な老師とお見受けします。本当に助かりました」
「それよりのう、あの、えーてーえむっちゅうんを……」
「もう! そのボケてるフリやめてよ! 恥ずかしいんだから!」
 顔を真っ赤にした孫娘が喚く。未だに呆けたフリを続ける老人に食って掛かるも煙に巻かれている少女は、最初の印象から一変して可愛らしくも見えた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?