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母のデイサービス通い始まる

ケアマネさんが決まり、一番お願いしたかったデイサービスの体験をさっそく手配してもらう。
このケアマネさんが所属する事業所ではわりと大人数を受け入れるデイサービス事業を行っており、実家からも比較的近いのでそこに行くことに。

行くとなったらこまかいことが気になるのがうちの母で、時間や持ち物・着る物はもちろんのこと、ピンポーンと聞こえてから応対してカギを締めて裏庭に回ってから外に出るのに時間がかかりそうだからどうしよう、と始まった。
いやいや、デイサービスに行く人はだいたい時間がかかる人だから心配ない、(私の)義母は迎えに来てから車イスに乗り、玄関に行って靴を履かせてスロープを降りて車に乗せてもらってたけど、それでも全然待ってくれた、と、ケアマネさんと一緒に言い聞かせる。

あとはまたお金の話。
たぶんデイサービスに週2回通うくらいなら毎月1万円とかのはず(義母の経験から)なのに、口を開けば「これからお父さんが施設に入るのに私がこんなぜいたくをしたらいかん。」と始まる。
言っちゃなんだが、父は会社員として長年勤め上げ、決して高給ではなかったけれどそれなりの年金はある。母も子どもの世話をばあちゃんひいばあちゃんに丸投げして働き続けた人なので、おそらく同じ年齢の女性よりは高い年金をもらっている。加えて、多くはないけれどとりあえず心配ないでしょ、というくらいの貯金もある。
今使わずにいつ使うのだ、墓にお金は持っていけないと何度繰り返したことだろう。
実家の居間のテレビの後ろには障子があるんだけど、そこに筆で「お金の心配はいりません」と大きく書こうかと本気で思うくらいには聞かれてほとほと疲れた。

「私と弟を楽にすると思って、どうかデイサービスに行ってください。お金も使ってください。私も弟もお金なんか一切いらない、とにかく今使って私たちを解放してちょうだい!」と言うときの、情けないようななんとも言えない気持ち。しかも忘れるから1日3回くらい言う。耳が遠いので大声で言う。血圧上がるわ喉は枯れるわ。
お金の話は大事だけど本当にしんどい。なきゃないで大変なんだけど。

救いはデイサービスが「楽しい」と言うことだ。
介護度が低くておしゃべりができそうな人が多めに来る曜日を選んでもらったところ、狙いがあたって飽きずに過ごせたようだった。
知ってる人にあまり会いたくないと言っていたくせに、「パーマ屋さんの〇〇さんがいた」とか「××さんの知り合いの△△さんがいた」とか、結局知ってる人がいたほうが安心だった様子。
ていうか、母は農協の金融窓口で何年も働いていたし、弟の中学ではPTAの本部役員もしていたので、本人が知らなくても向こうは知っているパターンが多いのだ。
一番よかったのは、実家の2軒隣に住んでいていつも声をかけてくれる家の奥さんがそこで働いていたこと。
全くの偶然だったけど、自分の担当外の時間でもわざわざ来て声をかけてくれるそうで、本当にありがたい。

当面このデイサービスに週2回通い、父が退院して施設に移ったらその施設のデイにも週2回通う。
たぶんまたしばらく混乱するんだろうけど、ルーティン化しますように。
そしてそれが少しでも長く続けられますように。


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