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ジョバンニの食卓2 父の恋人

前回までのあらすじ 17歳の美希は、36歳の父親・広治(こうじ)と二人暮らし。幼い頃に家を出た母親の記憶はない。広治や幼なじみの陸生(りくお)と平和な日常を過ごしている。

夕食後、リビングのテーブルで絵を描いた。私はたまにこうして絵を描く。

今描いているのは、夏の庭の絵だ。

芝生があって濡れたようなみどりの木々が植わっていて、鉢植えの朝顔がちょっと草臥れている。庭のある家に住んだことはないけれど、頭の中にある、日本の夏の庭はかくあるべき、という庭。

床にぺたりと座って水彩色鉛筆を走らせていると、ソファに寝そべってテレビを見ている広治の足が私の背中にあたった。

「あ、ごめん」

広治は、夕食の最中からずっとそわそわしている。もともと落ち着きのある人ではないが、それにしても、何度も水を飲みにキッチンへ行ったり、立ち上がるたびにテーブルの脚に小指をぶつけたりと、いつも以上に落ち着きがない。

三回目に小指をぶつけて「いてっ!」と高い声をあげたところで、私のほうから話のきっかけを作ってあげた。

「広治、なんかあった?」
「え、何でわかんの?」

わかりやすいからだ。

「いや、美希に一番に言いたくてさ……」

広治はなにやら嬉しそうににやついている。初めて彼女ができたと友人に打ち明ける中学生のように、いそいそと私の隣にひざをそろえて座る。

「俺、彼女できたんだ」

あら、まぁ。比喩ではなくなってしまった。

広治に恋人ができるのは私の知る限り初めてだけれど、自分でも不思議なくらい驚かなかった。

テレビから、「超大物芸能人Sとは一体!? 正解はCMの後!」という甲高い声が聞こえる。

「よかったね」
「よかった」

お互い、なんとなく黙ってしまう。

私と広治はよく似ている。こういうとき、気の利いた言葉の一つも出ないところが。

「……いつから付き合ってんの?」
「さっき」
「さっき」

つい、オウム返しにしてしまった。

「どんな人?」
「斉藤香里さんて人」

それではまったくわからない。

「今年からうちの会社に入ってきた子」
「じゃあ二十二、三?」
「二十三」

広治との年の差は十三歳。私が五歳の男の子と付き合ったら明らかにおかしいが、広治が二十三歳の女の人と付き合っても別段おかしくはない、と思う。むしろ、そのくらい差があって精神年齢はようやく釣り合うだろう。

聞きたいことは、他にはなかった。

「そのうち、美希に紹介できたらいいな」
「わかった」

テレビに視線を戻すと、杉田かおるが軽妙なトークを繰り広げていた。広治が「超大物芸能人?」とつぶやき、私は画用紙に視線を落とした。




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