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自分と同じだと思ってくれるな

自分の価値観が「普通」だと信じて疑わない人が苦手だ。そういう人が悪気なく発する「普通こうでしょ?」はあまりにも無邪気で、つい「みんながみんな、自分と同じだと思ってくれるな!」という言葉を飲み込んでしまう。


私が覚えているかぎり、はじめて「自分と同じだと思ってくれるな!」を飲み込んだのは小学校4年生のときだ。

家庭科で使う裁縫箱を注文するにあたって、3種類の中から好きなデザインを選べと言われた。今でも覚えている。紺色で、可愛いクマさんのイラストが描かれた裁縫箱。80年代のお土産ものみたいな、ファンシーな怪獣が描かれた裁縫箱。シンプルな車のイラストが描かれた裁縫箱。

私が選んだのは怪獣の裁縫箱だった。90年代の当時でもすでに古臭い絵柄だったが、私はそれが一番可愛いと思ったのだ(今思うとダサい)。

しかし、実際に裁縫箱が配られて驚いた。クラスの男子のほぼ全員が車を選び、女子のほぼ全員がクマさんを選んでいた。怪獣を選んでいるのは男女合わせてもほんの数人だった。仲のいい友達は全員、クマさんを選んでいた。

かといって、そのことが特にショックだったわけではない。「あ、怪獣って人気ないんだ」くらいにしか思わなかった。自分のセンスがクラスで少数派であるという事実に対して、「ダサいと思われてたらどうしよう……」と絶望するようになったのは6年生くらい。逆に、少数派であることに優越感を抱くようになったのが(わかりやすく)中2だ。小4のこの頃はまだ、何も思わなかった。

だから、Kちゃんに「なんで怪獣にしちゃったの?」と言われたときは、えっ、と思った。Kちゃんは当時一番仲の良かった友達で、キャピキャピしていて存在感のある女の子だった。彼女は、心底不思議そうに怪獣の裁縫箱を見ていた。

「だって、絶対クマのほうが可愛いでしょ?」

彼女は私のセンスをばかにしている感じでもなく、心の底から「クマのほうが可愛いのに、なんで怪獣にしたの?」と思っているようだった。

「なんでって、私はこれがいいと思ったんだよ」というようなことを、たぶん、言ったと思う。でも、Kちゃんの表情や口調は覚えているのに、自分のことはあまり覚えていない。もしかしたら、何も言えずに笑ってごまかしたのかもしれない。


クラブ活動を選んだときのことは、もっとはっきりと覚えている。

入りたいクラブを第一希望から第三希望まで書いて提出し、希望者が多ければ抽選になる。クラスの大半の女子がバドミントンクラブを第一希望に書いた。

私が第一希望に書いたのは手芸クラブだった。私は、不器用だけど手芸がしてみたかったのだ。姉みたいに、フェルトのマスコットを作ってみたかった。

提出後、みんなで「なんて書いた?」と言い合った。私以外はみんな、バドミントンが第一希望だった。私が「手芸クラブ」と言うと、Kちゃんが無邪気に言った。

「バドミントンは競争率高いから手芸にしといたの?」

えっ。

なんで、私がバドミントンクラブに入りたい前提なんだ。私は「手芸にしといた」んじゃなく「手芸がよかった」んだし、バドミントンは遊びでならいいけどクラブ活動ではしたくない。

みんながみんな、バドミントンクラブに入りたいわけじゃないし、クマの裁縫箱が欲しいわけじゃない。みんながみんな、自分と同じだと思ってくれるな!

ということを伝えたかったけど、うまく伝えられる自信がなかった。思っていることをそのまま言葉にしたら、きっと誤解されて喧嘩になってしまう。それまでも、自分の気持ちをうまく伝えられず、「サキがなんか怒ってる」と誤解されることがあった。誤解されるくらいなら、言わないほうがいい。そう思って言葉を飲み込んだ。


Kちゃんと会わなくなったのは中2のとき。私が不登校になったからだ。

私は何もする気になれなくて、ひたすら部屋で寝ていた。近所に住む幼馴染とだけは会っていて、Kちゃんは彼女を通じてよく私に手紙をくれた。授業中にノートの切れ端に書いた、ギャル文字の手紙だった。そこには、ヤンキーの先輩と付き合ってるとか、彼氏の家で酒を飲んでいるとか、彼氏が他校のヤンキーをボコったとか、Kちゃんの好きそうな世界のことが書かれていた。

Kちゃんはギャルとヤンキーが世界で一番かっこいい人種だと思っていた(当時の私たちはギャルとヤンキーの境界が曖昧だった)。そしてなぜか、その価値観を私も共有している前提だった。しかし残念ながら、私はギャルとヤンキーの世界に興味がなかったし、そのことをKちゃんに理解してもらえる自信がなかった。

私はKちゃんの「サキもそう思うっしょー?」という無邪気さから距離を置きたかった(当時のギャルはやたらと方言を使った)。けど、Kちゃんのことが嫌いなわけではなかった。

あなたのことは好きだけど、私は私なの。自分と同じだと思わないで。

そんなこと、言えるわけがない。Kちゃんからは何度も手紙をもらったのに、私はそれが嬉しかったのに、返事は一度も書けなかった。


大人になってもやっぱり、自分の価値観が「普通」だと思い込んでいる人が苦手だ。わかったから。あなたが多数派なのは認めるから。お願いだから、その価値観を押し付けてくれるな。けして、あなたの価値観を否定したいわけじゃない。共存したいんだ。

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