ゲストハウスなんくる荘10 女社会が苦手
あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた未夏子。気ままに生きる彼女は、次第になんくる荘の長期滞在者たちと打ち解けていく。
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◇
部屋に戻ると、まどかちゃんのベッドはまだカーテンが閉まっていた。今日はバイトだと言ってなかったか。
「まどかちゃん? もう一時だよ。バイトは?」
カーテン越しに、まどかちゃんが震えているのがわかった。泣いているのだ。小さく嗚咽が聞こえる。
「まどかちゃん? どうしたの? 大丈夫?」
「心が、ざわざわ、して」
カーテンの向こうから、瀕死の動物のような声が聞こえてきた。
「え?」
「さっき目が覚めて、そしたら急に、心がざわざわして、涙があふれてきて」
「何かあったの?」
「バイト先の、おばさんたちと、うまくいってなくて」
まどかちゃんはしゃくり上げる。
「いつから?」
「だいぶ前から。別に、すごく虐められてるとかじゃないんだけど、うまくいってなくて。私、いつも、どこに行っても、なんかうまくいかなくて。今までは、お父さんのお店だったから、働けてたけど」
まどかちゃんはしゃくりあげながらも一気に言った。
「あたしの、せいなのかな。昔から、どこに行っても、女の人に嫌われる。直接言われなくても、陰でひそひそ言われてるの、わかる」
まどかちゃんは声をあげて泣いた。枕に顔を押しつけているのだろう、くぐもった泣き声が聞こえる。
「まどかちゃん」と呼びかけたものの、後に言葉が続かない。まどかちゃんの嗚咽は激しくなり、器官がぴゅうぴゅう鳴って苦しそうだ。
今、どうするのが正解なのだろう。
カーテンを開ける? 肩を抱く? 言葉をかける?
たぶん、「泣いている女友達へのベストな接し方」みたいなものがあって、世の多くの女はそれをとっくに習得しているだろうに、あたしはそういうのがてんでわからず、ポカンと立ち尽くす。
たぶん、まどかちゃんもそうなのだ。あたしと同じで、世の中にあるらしい、女社会でうまくやっていくための暗黙のルールを身につけないまま大人になった人。
なんくる荘での彼女を見ていて思う。彼女は20代半ばにしては正直すぎて、人に迎合して自分を偽ることができない。それに、相手の性別によって態度を変えることがない。
あたしもそういう人間だからわかる。あたしとまどかちゃんは、本質的にはよく似ている。
けれど、自分で言うのもなんだけど、あたしは女ウケがいい。
それは、あたしの見た目や言動が中性的だからだろう。そのせいで、あたしの協調性のなさや、相手の性別への無関心さは、「自分を持ってる」「男にも女にも分け隔てない」とポジティブな評価をされる。
だけど、まどかちゃんのように美人で女性的な子が同じ振る舞いをすると、同性からは「空気読めない」「男に媚びてる」と言われてしまう。
今まで、そういう子をたくさん見てきた。それを見て「理不尽だ」と思っても、自分には関係ないから傍観してきた。
その優しくない無関心もまた、まどかちゃんを苦しめてきたと気づく。
「まどかちゃん」
まどかちゃんは何も言わない。まどかちゃんの発する、ふぇ、ずずっ、ぴゅうぴゅう、という音が、遠くから聞こえる工事現場のドリルの音にかき消される。
「あたしにしてほしいことあったら言って。あたし、人の気持ちわかんないからさ。言われないとわかんないんだ。とりあえずはいつも通り、最低限しか気ぃ遣わないから」
まどかちゃんがじゅじゅっと鼻をすする音が聞こえた。笑ったのかもしれない。
◇
「話があるんだけど」
予約台帳になにやら書き付けているマナブさんに声をかける。
「え? 何?」
「ここでは言えない。ちょっと来て」
麻雀をしていた四人があたしに注目する。モンちゃんがひやかしたので「黙れ、小僧!」と一喝すると、ネコンチュがびくっと身体を強張らせた。
あたしとマナブさんはあがりかまちに腰を下ろす。土間には数え切れないほどの靴が散らばっている。
「今日来る女の子二人、一号室に入れる?」
「うん。だって二号室埋まってるでしょ」
二号室には、一昨日から四人連れの女の子たちが泊まっている。
「まどかちゃんが弱ってるんだ」
「え? どうしたの?」
「バイト先の人間関係しんどいみたい。今もベッドの中で泣いてる。今、部屋に他の女の子入れるの無理だよ」
マナブさんはしばらく考えていたけれど、「わかった」と言って立ち上がった。
「まどかちゃんには個室に移ってもらう。それで、今日来る子たちは一号室に泊める。それでいい?」
「ありがとう」
この場合、マナブさんは個室料金を請求するだろうか。
マナブさんも今、同じことを考えているに違いない。
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