見出し画像

ゲストハウスなんくる荘10 女社会が苦手

あらすじ:那覇にあるゲストハウス・なんくる荘にやってきた未夏子。気ままに生きる彼女は、次第になんくる荘の長期滞在者たちと打ち解けていく。

前回まではこちらから読めます。


部屋に戻ると、まどかちゃんのベッドはまだカーテンが閉まっていた。今日はバイトだと言ってなかったか。

「まどかちゃん? もう一時だよ。バイトは?」

カーテン越しに、まどかちゃんが震えているのがわかった。泣いているのだ。小さく嗚咽が聞こえる。

「まどかちゃん? どうしたの? 大丈夫?」

「心が、ざわざわ、して」

カーテンの向こうから、瀕死の動物のような声が聞こえてきた。

「え?」

「さっき目が覚めて、そしたら急に、心がざわざわして、涙があふれてきて」

「何かあったの?」

「バイト先の、おばさんたちと、うまくいってなくて」

まどかちゃんはしゃくり上げる。

「いつから?」

「だいぶ前から。別に、すごく虐められてるとかじゃないんだけど、うまくいってなくて。私、いつも、どこに行っても、なんかうまくいかなくて。今までは、お父さんのお店だったから、働けてたけど」

まどかちゃんはしゃくりあげながらも一気に言った。

「あたしの、せいなのかな。昔から、どこに行っても、女の人に嫌われる。直接言われなくても、陰でひそひそ言われてるの、わかる」

まどかちゃんは声をあげて泣いた。枕に顔を押しつけているのだろう、くぐもった泣き声が聞こえる。

「まどかちゃん」と呼びかけたものの、後に言葉が続かない。まどかちゃんの嗚咽は激しくなり、器官がぴゅうぴゅう鳴って苦しそうだ。

今、どうするのが正解なのだろう。

カーテンを開ける? 肩を抱く? 言葉をかける?

たぶん、「泣いている女友達へのベストな接し方」みたいなものがあって、世の多くの女はそれをとっくに習得しているだろうに、あたしはそういうのがてんでわからず、ポカンと立ち尽くす。

たぶん、まどかちゃんもそうなのだ。あたしと同じで、世の中にあるらしい、女社会でうまくやっていくための暗黙のルールを身につけないまま大人になった人。

なんくる荘での彼女を見ていて思う。彼女は20代半ばにしては正直すぎて、人に迎合して自分を偽ることができない。それに、相手の性別によって態度を変えることがない。

あたしもそういう人間だからわかる。あたしとまどかちゃんは、本質的にはよく似ている。

けれど、自分で言うのもなんだけど、あたしは女ウケがいい。

それは、あたしの見た目や言動が中性的だからだろう。そのせいで、あたしの協調性のなさや、相手の性別への無関心さは、「自分を持ってる」「男にも女にも分け隔てない」とポジティブな評価をされる。

だけど、まどかちゃんのように美人で女性的な子が同じ振る舞いをすると、同性からは「空気読めない」「男に媚びてる」と言われてしまう。

今まで、そういう子をたくさん見てきた。それを見て「理不尽だ」と思っても、自分には関係ないから傍観してきた。

その優しくない無関心もまた、まどかちゃんを苦しめてきたと気づく。

「まどかちゃん」

まどかちゃんは何も言わない。まどかちゃんの発する、ふぇ、ずずっ、ぴゅうぴゅう、という音が、遠くから聞こえる工事現場のドリルの音にかき消される。

「あたしにしてほしいことあったら言って。あたし、人の気持ちわかんないからさ。言われないとわかんないんだ。とりあえずはいつも通り、最低限しか気ぃ遣わないから」

まどかちゃんがじゅじゅっと鼻をすする音が聞こえた。笑ったのかもしれない。

「話があるんだけど」

予約台帳になにやら書き付けているマナブさんに声をかける。

「え? 何?」

「ここでは言えない。ちょっと来て」

麻雀をしていた四人があたしに注目する。モンちゃんがひやかしたので「黙れ、小僧!」と一喝すると、ネコンチュがびくっと身体を強張らせた。

あたしとマナブさんはあがりかまちに腰を下ろす。土間には数え切れないほどの靴が散らばっている。

「今日来る女の子二人、一号室に入れる?」
「うん。だって二号室埋まってるでしょ」

二号室には、一昨日から四人連れの女の子たちが泊まっている。

「まどかちゃんが弱ってるんだ」

「え? どうしたの?」

「バイト先の人間関係しんどいみたい。今もベッドの中で泣いてる。今、部屋に他の女の子入れるの無理だよ」

マナブさんはしばらく考えていたけれど、「わかった」と言って立ち上がった。

「まどかちゃんには個室に移ってもらう。それで、今日来る子たちは一号室に泊める。それでいい?」

「ありがとう」

この場合、マナブさんは個室料金を請求するだろうか。

マナブさんも今、同じことを考えているに違いない。




次の話



サポートしていただけるとめちゃくちゃ嬉しいです。いただいたお金は生活費の口座に入れます(夢のないこと言ってすみません)。家計に余裕があるときは困ってる人にまわします。サポートじゃなくても、フォローやシェアもめちゃくちゃ嬉しいです。