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ジョバンニの食卓7 ぎこちない家族(になるかも)

前回までのあらすじ:17歳の美希は、36歳の父親・広治(こうじ)と二人暮らし。幼い頃に家を出た母親の記憶はない。広治や幼なじみの陸生(りくお)と平和な日常を過ごしている。ある日、広治から恋人ができたと聞かされて……。(第一話から読みたい人はこちら)

十月最初の日曜日、斉藤香里さんは緊張した面持ちで我が家のソファに腰掛けていた。初めて会う香里さんは、色白で瞳の色が薄い。ミディアムロングのストレートヘアも瞳と同じ茶色だった。

隣の広治も、自分の家にいるとは思えないくらいぎこちない。テーブルをはさんで私と陸生が、床に腰を下ろしている。フローリングの床は、窓から滑り込んだ日差しがひだまりを作っていて温かい。

広治と香里さんは、最近よくデートしているようだ。香里さんと付き合いはじめたばかりの頃(今だってまだ一ヶ月しか経っていないが)、広治は毎晩それまでと同じ時刻に帰宅していた。もしかしたら私が一人で夕飯を食べることがないよう、デートを控えているのかもしれない。そう思い、週に一度は友達と外で夕飯を食べるようにした。そのかいあってか、広治と香里さんは平日の夜に一回と週末のデートを楽しんでいるらしい。

「娘の美希」

広治が唐突に私を紹介したので、私は慌てて「どうも」と会釈する。広治の発音する「むすめ」はなんだかぎこちない。言い慣れていないのがありありとわかる。

香里さんは固い表情のまま早口で「はじめまして」と言って、慌てて小さく頭を下げた。その、あまり大人らしくない仕草を見て、この人は私とあまり歳の変わらない人なんだな、と改めて感じた。

「こっちは高山陸生。うちの上の階に住んでて、美希と同じ学校なの」

香里さんは陸生に向かって、さっきとまったく同じお辞儀をした。

「えっと、こちら斉藤香里さん」

「斉藤香里です」

「斉藤香里さんは今年の四月からうちの会社で働いてるんだ」

そんなにフルネームを連呼するなよ。ちょっと笑いそうになる。

「ま、そんなに固くならずに。どうぞ、食べて」

陸生が家主のようにお茶菓子を勧める。香里さんは、切腹前の武士のように唇を真一文字にし重々しく頷いたが、テーブルの上のロールケーキには手を伸ばそうとしなかった。

「広治さん、やるねぇ。こんな若くて可愛い人。ほら、なれそめ的なやつちょうだいよ」

「俺が告白した」

まともに答えるなよ。

「香里さん、見る目あるよ。広治さんは腹こそたるんできてるけどいい男だからね。バツイチでこんなでかい子供いるけどさ、一人で美希を育てたのはすげぇなって、俺、尊敬してんだよ」

「はい」

香里さんは初めて表情を緩めた。

「美希もね、あんましゃべんないから無愛想っぽいけど、慣れるとすげぇいい奴だから。絶対、香里さんに意地悪とかする奴じゃないから、安心して。妹みたいな感じで」

ぼうっと香里さんを見ていると、初めて目が合った。綺麗な目だなと思う。少し照れくさい。

最初こそぎこちなかったものの、陸生がうまくみんなに話をふってくれたため、次第にリラックスした雰囲気になった。

陸生は人に気を遣う。空気を読んで、場を和やかにする。そういう術を持たない(努力をしようとしない)私は、今までどのくらい、陸生に助けられてきたんだろう。

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