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with コロナウイルスで変わらないこと9 「自己責任論」と「皆で協力し合う論」の対立

 こんにちは。議論メシ編集部部長です。

『 with コロナウイルスで変わること10・変わらないこと10』という本を2020年7月22日に発売されたのですが、毎週月曜日に編集部内で人気の高かった回を読んで頂こうと思います。

 最近は新・"共創型"コミュニティのつくりかた-議論メシ・議論メシ編集部のあゆみと共に- という本が発売されました。

 良かったらご一読ください。

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 このコロナショックで、「貧困=自己責任論」がより強力な論になってきた。

 『貧乏な自分』という現実がある中で、「自分は努力している」、「自分には能力がある」と思い続けるのは難しい。
 しかし、自分は努力しなかったし能力がないから仕方がないと考えてしまえば、現実を静かに受け入れることが可能になる。
 より、この状況下で「自分に対しての諦め」が一層可能になった。

 自己責任論には表と裏、プラスとマイナスのふたつの側面がある。
 プラスは「自分が恵まれているのは自分の不断の努力のお陰である」と認識可能な側面である。
 これがマイナスに働くと、『自分が貧乏なのは自分のせいだ』となる。

新型コロナウイルスの感染拡大が雇用に与える影響

 新型コロナウイルスの感染拡大が雇用に与える影響を見てみよう。
 総務省「労働力調査」で失業率をみると、2020年3月は2.5%となり2019年12月から比較して0.3%ポイント上昇した。
 失業率は上昇しつつあるが低水準に留まっており、コロナウイルスが雇用に与える影響はまだ深刻ではない(2020年5月14日時点)。

完全失業者数(原数値)

 【出所】総務省統計局「労働力調査(基本集計)」を元に筆者作成

 次に雇用指標の先行指数である、新規求人数を見ると2020年1月は-16.0%と、2013年以来最低水準の落ち込みをみせる。また2、3月も同様の落ち込みである。

求職理由別完全失業者数(原数値)(対前年同月増減)

【出所】厚生労働省「一般職業紹介状況(令和2年2月分)について」を元に筆者作成

 ジョブズリサーチセンター「派遣スタッフ募集時平均時給調査」によると、2020年2月の派遣募集の平均時給は前年同月比-3.8%と低下した。これは2013年以来で最大の落ち込みである。
 さらに3月も同-3.0%と2月に続く落ち込みをみせた。派遣社員の需要が大幅に減少したことによって賃金が下落したと言える。

派遣スタッフ募集時平均時給調査

【出所】ジョブズリサーチセンター「派遣スタッフ募集時平均時給調査」を元に筆者作成
https://jbrc.recruitjobs.co.jp/data/haken/

雇用の悪化による健康の悪化に対する影響

 雇用の悪化は、人々の健康を大幅に低下させることがこれまでの経済学の研究で知られている。
 例えばSullivan and von Wachter (2009)では、アメリカの勤続年数の長い男性の場合、企業倒産などにより失業すると、失業後1年間の死亡率が、失業しない場合と比較して50~100%も高いことが知られている。

 またBrowning and Heinesen (2012)によるデンマークでの研究では、企業倒産による失業は、循環器疾患による死亡率、アルコール関連疾患を増加させ、メンタルヘルスを悪化させる。
 さらに最近の研究では、失業の影響は、失業した本人のみに留まらないことも指摘されている。

 例えばMarcus (2013)によるドイツの分析では、失業により、失業者の配偶者のメンタルヘルスも悪化するなど、その影響は家族にまで及ぶという。

 日本のデータを使用した研究もある。
 Kohara, Matsushima and Ohtake (2019)1990年代までの分析では、失業は乳幼児の健康状況を悪化させ、また2000年以降は派遣雇用といった不安定な条件での雇用が特に重要であると報告している。

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元々「自己責任論」の論調が強い日本

 日本の「自己責任論」の話に戻る。
 『現代日本の階級は、「資本家階級(従業員5人以上の企業経営者・役員)」「新中間階級(管理職、医者や弁護士など専門職)」「労働者階級(正規労働者)」「アンダークラス」「旧中間階級(自営業者、農業など)」に5分類される。』

【引用元】AERA dot.「あなたはどの階級? 「格差社会」から「階級社会」に落ちる日本」


 「新中間階級」はこれまで勉強や仕事で成功してきた人である。
 自身の成功をプラスの側面で考える。「自分の地位や財産は自分で築いたものだ」と捉える。
  反対に『貧しい人間は本人の責任だ』と捉える。

 そうしておかないと論理的整合性が取れないのである。そうして、強固な「自己責任論」が成り立つのである。

【参考】The Owner 「貧困=自己責任論」をどう考えるか、社会学者・橋本健二氏インタビュー」


 この論調は今回のコロナウイルス以前にもある。
 2007年に「世界各国で行われた貧困問題への意識調査」(The Pew Global Attitudes Project、2007年)では「自力で生きていけないようなとても貧しい人たちの面倒をみるのは、国や政府の責任である。この考えについてどう思うか?」という質問に対して、

 「そうは思わない」と答えた人の割合は日本は38%である。つまり、日本には元々「自己責任論」が普及しているとも考えられる。

 他の国々の「そうは思わない」と答えた人の割合はドイツは7%、イギリスは8%、中国は 9%である。

【参考】Pew Research Center「The Pew Global Attitudes Project: 2007 Report」

貧困者に対して国がお金を使わないと、社会全体が悪化する

 デヴィッド・スタックラー, サンジェイ・バスの『経済政策で人は死ぬか?-公衆衛生学から見た不況対策-』によると、「貧困者に対して国がお金を使わないと結果的に社会全体が衰退する」と述べている。

 先程人類は、歴史上とても深刻な経済危機を何度も経験しており、その都度大不況に陥り、人々は職を失い、家を失い、健康を損ない、遂には死に至るケースも多くあったと先述した。

 しかし、同じように大不況を経験しているはずなのに、その後の展開がまったく異なる国や地域が存在したのである。

 例えば、2008年リーマンショック※1、の経済危機に際して、ギリシャは「自己責任論」を選択した(いわゆる「ギリシャ危機」である。

※1 リーマンショックとは、2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズ・ホールディングス(Lehman Brothers Holdings Inc.)が経営破綻したことに端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生した事象を総括的によぶ通称である。

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「ギリシャ危機」により、人々はどうなったか

「ギリシャ危機」とは2009年10月の新民主主義党(穏健派・中道右派)から全ギリシャ社会主義運動(左派)への政権交代である。

 これを機に、旧政権により財政赤字が隠蔽されていたことが明らかになった(財政赤字がGDP比で5%程度とされていたが、実際は12.7%であったと判明。更にその後13.6%に修正)。

 このため新政権(パパンドレウ氏)から財政健全化計画が発表されたのだが、経済成長率などの点において楽観的な内容だったため、ギリシャ国債が格下げされることとなった。

 IMF(国際通貨基金)やEU(欧州連合)は金融支援を決定したものの、その条件としてギリシャに増税・年金改革・公務員改革・公共投資削減・公益事業民営化など、厳しい緊縮財政・構造改革を求めた。

 ギリシャはこの条件を受け入れ、財政健全化を進めたが国民負担も大きく、景気も大きく落ち込む結果となった。
 各国の協力もありギリシャは危機を乗り越え、2014年にはパパデモス政権のもと実質GDP成長率もプラスに転じた。

 2018年8月、全ての金融支援プログラムを終了させたが、同政権は国民の支持を失い、2019年7月、総選挙により新民主主義党が勝利し、約4年半ぶりに政権交代が実現した。

 ギリシャのシンクタンク、経済産業調査財団(IOBE)は2020年4月15日発表の四半期レビューで、今年の同国経済は新型コロナウィルス感染拡大抑制のためのロックダウン(封鎖)により、基本シナリオで5.0%、悪化シナリオで9.0%前後のマイナス成長になるとの予想を示した。

【参考】REUTERS 「ギリシャとリーマン危機比較、共通する予想外の連鎖リスク」
https://jp.reuters.com/article/gree-r-idJPKCN0PB3UU20150701

REUTERS「ギリシャ経済、今年は5─9%のマイナス成長に=シンクタンク」
https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-greece-economy-idJPKCN21Y09G

 ギリシャ統計局によると、同国で正式に記録された自殺件数は、経済危機の間に30%増加した。

 2010年には377件であった自殺者数が2013年には533件になり、自殺未遂は、年間8,000件から10,000件に上ると推計されている。

 ギリシャ人のうつ病の患者数は、2008年に人口の3.3%だったのが2009年には6.8%、2011年になると8.2%、そして2013年には12.3%へと増加の一途を辿っている。

【参考】The Big Issue「近年、ヨーロッパでもっとも自殺者が増加した国は?緊縮経済下のギリシャと世界各地の自殺予防対策について」
http://bigissue-online.jp/archives/1051613845.html

 しかし、同様な緊縮財政政策を実施する決断を迫られたにも関わらず、別の道を歩んで経済を急速に回復させた国がある。
アイスランドである。

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経済回復の一路を辿るアイスランド

 アメリカ発の金融危機がアイスランドを襲ったとき、国民は「銀行や投資家がかってに借金したものを、なぜ国民の税金で返さなければならないのか」と怒り、国民投票にかけた。
 その結果、93%の国民が条件付き援助の受け入れを拒否した。

 また、社会保障関連費用を削減するどころか、寧ろ増額するという選択を行い、金融危機以前の2007年にはGDPの42.3%だった政府支出は、金融危機発生後の2008年には57.7%になった。

 結果、アイスランドの経済は回復の一途を辿っている。

 アイスランド経済は 90 年代の各種構造改革、93 年の通貨切り下げなどにより国際競争力が向上、世界景気の低迷からマイナスに落ち込んだ 2002 年を除き、平均4%前後の高成長を続けている。

【参考】JETRO「大型投資で活気づくアイスランド経済」

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「みんなで支え合う論」は社会全体を救う

 デヴィッド・スタックラー, サンジェイ・バスの『経済政策で人は死ぬか?-公衆衛生学から見た不況対策-』によると、1930年代の大不況、1990年代のソ連崩壊による東側諸国の大不況、
 同じく1990年代のアジア通貨危機と、それぞれの歴史的な大不況の事例の中で、各国の経済政策を調べ上げ、その結果を統計学を駆使して分析し、全ての事象に対して同じ結論を出している。

 緊縮財政政策を取った国は悲惨な状況に陥り、財政政策を選んだ国は、その経済不況の衝撃を緩和することを達成している。

 従い、「不況な時こそ貧困者助けることにお金を使用したほうが経済的にお得」であると著書では述べている。

他人に期待せず、それも「自分の人生」として諦める

 アルフレッド・アドラーは「課題の分離」において、「自分の課題」と「相手の課題」の区別を明確にしろ、「相手に期待すること」は「相手の課題」に対して踏み込んでいる行為だと定義づけている。

 他人、或いは自分に対して、不満があったとしても、過去や他人のせいにしない。
 「目的論」 に従って、 「自分が選んだ結果」 として、認めなくてはいけない。

 このようにして、これまでの自分に責任を持てば、人生に対して主体性を取り戻すことが出来る。
 主体性を取り戻すことによって、今後の人生を、自分の意思で変えられるようになる。

自己責任は50%で良い

 自己責任は50%で良い。
全て社会や家族、今回のコロナウィルスのせいにして「失業だ」、「まともな教育を受けられない」と後ろ向きな事ばかり言っていても仕方がない。
 そう言っていたら「努力をする」必要性がなくなる。

 今回の制限でまともな努力が出来ない人間は最初からその努力は出来ない。しかし、全部自分が悪いと自分を責めてもいい方向に進まないことは明確である。 
 だったら、最初から「自己責任」は50%で良い。

 「コロナウイルスによる経済・健康に対する悪影響」は自明である。それは最早仕方がない。この状況下で「自分に対しての諦め」が一層可能になったのは都合が良いかもしれない。

 ただ、自分の足元ばかり見ても仕方がない。頼みの綱がなくなっても前に進むしかない。

 単純に、貧困・格差は全ての人々を息苦しくさせるのだ。やはり、社会全体で貧困・格差をなくす不断の努力を続けねばならない。

【参考文献】
Sullivan, D., & von Wachter, T. (2009). Job displacement and mortality: An analysis using administrative data. The Quarterly Journal of Economics, 124(3), 1265-1306.

Browning, M., & Heinesen, E. (2012). Effect of job loss due to plant closure on mortality and hospitalization. Journal of Health Economics, 31(4), 599-616.

Marcus, J. (2013). The effect of unemployment on the mental health of spouses–Evidence from plant closures in Germany. Journal of Health Economics, 32(3), 546-558.

Kohara, M., Matsushima, M. and Ohtake, F. (2019). Effect of unemployment on infant health. Journal of the Japanese and International Economies, 52, 68-77.

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