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ドラマ

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吉田図工のドラマ作品です
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記事一覧

【ショートショート】逢鍵

「悪いね。実はもう作ってないんだ」 深く下げた後頭部に店主の言葉が降り注いだ。 「分かっています。誠に勝手なお願いなのは承知しています。そこを何とかお願いできないでしょうか。代金はいくらでもお支払いし…」 「そうなんだよ。やっぱり勝手なんだよ逢鍵なんてものはさ」 その鍵屋が提供していたとされる不思議な合鍵の存在を知ったのは昨日のこと。居ても立っても居られず駆けつけていた。 「もちろんその気持は分かるよ。こういう言い方をしちゃ何だが、逢いに行くチャンスはあったわけだ。いくらでも

【ショートショート】これもなにかの

「え?言ってみたい言葉…ですか」 平日の午後。公園のベンチに座り込んだ彼女は視線も上の空だった。 そんな彼女に通りすがりの婦人は唐突に声をかけてきたのだ。 「一度は人生で言ってみたい言葉って何かあるかしら」 「…」思いもよらない唐突の質問に無難な答えすら思いつかず言葉に詰る。「年寄の暇つぶしに付き合って」婦人は隣に腰をおろした。 余程、悲壮感に満ちた顔をしていたのだろう。もしかしたら自身の娘と重ね合わせ、心配して声を掛けてきたのかもしれないと彼女は思った。 大丈夫ですとそ

【ショートショート】ユイム

 しばらくの間、自分がどこを歩いているのか向井忍は分からなかった。麦畑という名の駄菓子屋にさしかかった所でやっと、そこが実家に続く道だと気がついた。子供の頃、母とよく訪れていたパン屋もあり確信を深めるとふと懐かしい気持ちが沸き起こった。 その角を曲がれば、もうすぐそこに実家がある。  実家の前に若い女性が立っていた。忍の姿を見つけると彼女は手首だけを動かし小さく手を振った。なぜならその腕には赤ん坊が抱かれており、忍はその女性が母の照美だとすぐに分かった。 「待ってたよ。随分と

【ショートショート】下町のクリスマス

まだ私の名前がサンタさんの配達リストに載っていた頃の話。 「うちは煙突もないし、今日は玄関の鍵開けといてもいい?」 母に懇願するも「余計に泥棒も入ってくるからあかん」と一蹴された。 そして世界中一晩でプレゼントを配るのにこんな下町まで来てられない、そもそも良い子にしかサンタは来ない。 と母は悪戯に伏線を張った。 数日前のTVニュースで『サンタさんへの手紙』という存在を知った。 その手があったのかという驚きと、もう手遅れだという絶望が渦を巻いた。 サンタはこの街を通り過ぎるかも

【ショートショート】叶食屋

「キョウショクヤ…って読むのかな」 店名横の張り紙に興味をそそられ思わず暖簾をくぐった。 内装に変わった所は無い。メニューもいわゆる定食屋のソレだった。 一部を除いて。 店先の張り紙と同じ文言がメニュー表にも書かれてあった。 『ちょっとした無理、きけます』 注文を取りに来た店員に尋ねる。「コレってどういう意味ですか?メニューに無い料理も対応してもらえるとか?」 愛想の良い女性店員は聞かれ慣れた様子で答える。「もちろんそれも可能です。でも店主はある程度のことなら叶えることができ

【ショートショート】見下ろす未来

「山田さん。失礼ですけど、振込先はちゃんとしているところなんですか」看護師は心配し訪ねた。 「大丈夫。まだ頭は身体ほど衰えちゃおらんよ。詐欺とかじゃないよ」と入院患者の山田哲三は答えた。 看護師にお願いし、手取り足取りスマホでの銀行振込のやり方を教えてもらう。 指定の口座に振込を完了すると、業者から事前説明にあった通り『その記憶』は突如脳裏に現れた。 今から五十年前。 哲三がまだ二十四歳のある日、未来からきたと名乗る男に説明され、自身の葬儀に参列するように言われたのだ。 怪

【ショートショート】見上げる過去

「お母さんが呼んでる。なんか怪しい人がいるって」山田俊哉は玄関ロビーで参列者と雑談していると娘の志保が耳打ちをしてきた。 斎場へ行くと妻の良子が俊哉の元に駆け寄り、「あの人お義父さんの知り合いにしちゃ若すぎない?」と目線を最後列に送った。 確かに最後列に若い男は座っている。「親父の会社員時代の部下なんじゃないのか」 「何言ってるの。お義父さん定年退職してもう二十年以上経ってるのよ。あの年代の人と重ならないわよ」冷静な良子に、確かにやり過ごす嘘にしては無理があるなと肯定した。

【ショートショート】行列鑑定士

彼はお目当てのラーメン屋に着くと少し離れた所からしばらくその様子を眺めた。店先には10人程度の行列が出来ている。 そして手帳に何かを書き留めると小さくため息をついた。列の最後尾につこうかと1歩踏み出したが、 どうしても気が進まずそのまま踵を返して来た道を戻りはじめた。 彼は行列のビジネスネームで『行列鑑定士』を生業としている。しかし世間での認知はまだまだ低い。 北は北海道、南は沖縄まで行列の噂を聞きつけては現地に赴く。 そして行列を眺め観察し、(彼はそれを『行列の香りを嗅ぐ』

【ショートショート】レインブーツを探しに

寝癖のついた頭でカーテンを開ける。 飛び込んでくる朝日に目を細める…なんて都合よく爽やかな朝は用意されていなかった。濡れた景色とザーっという雨のノイズ音。 『休日に朝から雨だと予定が狂っちゃうな』 そんな定型文が頭を横切った。 期待通り明るくならない部屋の電気を付けるとそのままキッチンに向かう。そもそも狂わされる予定なんて無いくせに、とワンテンポ遅れて心のささくれはチクリと痛んだ。 空腹でも何も作る気にならず、インスタントコーヒーだけを用意する。 空気を入れ替えるため窓を少し

【ショートショート】おかき語

送られてきた荷物の封をときながら、過ぎし日の夏休みの事を思い出した。 毎年学校が夏休みに入ると、母方の田舎に帰省するのが定番で 祖父母の家に着くと必ずおかきの一斗缶が居間の隅に置いてあった。 それを見て「じいじもばあばもおかき好きやね」と言えば 「おかき語に使うんよ」と母は素っ気なく言った。 祖父母は良き仲の裏返しで些細な事でよく喧嘩をした。 口喧嘩が始まりしばらくすると、どちらかが一斗缶をちゃぶ台に置く。 そして口喧嘩の口を噤むと、二人向き合って無言でおかきを食べ始めるのだ

【ショートショート】旋風の正体

良いことを教えてあげよう。 君もたまに見た事があるだろう。 街角で突如現れる落葉をかき混ぜる様な小さな旋風。 あれの正体はね…おっとちょうど孫が出掛ける所だ、少し待ってくれないか。 もう1人でおつかいに行ける様になったんだな。車には気をつけるんだぞ。 おっと、すまないね。 正体はだね…うん、あの方向だとあそこのコンビニの駐車場が良さそうだ。 ちょうど落葉が沢山あるだろう。 あの子が通りかかるのを見計らってこう降り立つと… 「あ!たつまき!」と男の子は旋風に向かって駆け込みキ

【ショートショート】心の間取り

「この先に…どうやら1部屋ございますね」 しかし案内人の手が指し示す先は暗闇だった。 「先!?まだこの先があるんですか?」私は驚きの声をあげる。 「はい。私の長年の経験から間取り図を予想していますのでどうか信じてみてください。行かれますか?」 小さく私は頷く。「では、鈴の音について来てください」案内人は鞄から鈴を取り出すと暗闇に臆する事なく歩き出した。 チリン、チリンと暗闇の中に鳴り響く鈴の音を追いかける。 鈴の音がはたと止まる。「ここですね」と声が聞こえた。真っ暗で何も見

【ショートショート】無駄の結晶

N氏の葬儀は一般的なソレと比較すると寂しいものだった。 必要最小限の人付き合いしか無かった為、数名程の参列者は実弟とその家族のみであった。 後日、遺品整理の為に兄の自宅を訪れた弟は僅かな遺品の中に1本のminiDVテープを見つける。 しかもラベルに弟の名前が記入されてあるものだから 気になって再生出来る機器を探した。 見つけたビデオカメラ本体に挿入し再生すると小さな液晶画面には在りし日のN氏の姿が映し出された。 何度かカメラの位置を調整する姿が映し出されると徐ろに話始めた。

【ショートショート】サボテンの頬ずり

女優として第一線で活躍する田崎祥子はSNSの類は一切やっていなかった。 事務所からミステリアスなイメージを壊さない為に手を出さないよう釘を刺されていた事も理由だが、そもそも興味がなかったのも事実である。 なので彼女に対する人気者故の根も葉もない中傷発信は基本的には本人に届く事は無かった。 ある例外を除いて。 着信したスマホの画面には一般人である姉の名前が表示される。 「もしもし。ちょっと大丈夫?今のドラマの役ネットで散々叩かれてるから心配になって電話したんだけど。でも気にし