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[やれたかも委員会]うちに泊まりにきなよ

小学校の頃、アオヤギさんて名前のクラスメイトがいたんです。
ほっそりとした彼女はいつも首元がダルダルになったTシャツを着ていて、少しかがむだけでいつもピンク色の乳首が見える子でした。団地に住んでいる子はみんなそうなのかなと思って、学年中を探しましたが、乳首が見えるのはアオヤギさんだけでした。

前の席に座っていたアオヤギさんは、休み時間になる度によく話しかけてくれていました。仲が良かったと記憶しています。

中学も一緒の学校でしたが、特にクラスメイト以上の仲になるわけでもなく、お互い別々の高校に進学したことで自然に疎遠になりました。

それから時は過ぎ、大学生になった僕は、青春を謳歌していました。

年上の彼女に手ひどく振られ、パニックになって友達に泣きつき、車に詰められて海に行き、車から転がり出て、大洗の水平線に向かって「カヨコ~~~!」と叫んで大泣きしたりしてました。要するに恋に恋するくらい暇だったんです。

これを書いている今なら、「お前、24歳になったら一個下の結構可愛い女の子とスッと結婚できるから、そんな気にすんなよ。カヨコってさ、正直ブスで性格も悪いだろ?結婚まで考える必要なんてないよ」とバシッとアドバイスできます。

でも、当時の僕は必死でした。一生に一度の本物の恋、それこそ大恋愛だと思い込んでいました。けれども、ガッチリ目に振られて眠れなくなっていたので、取り急ぎ彼女を忘れるためにインターネットにかじりついていました。「元カノ 忘れ方」をヤフーで検索し、すべてのページを読み込んでいました。そして得られたのは「新しい彼女を作って忘れよう!」という単純な解でした。

時はSNS創世記、mixiが時代を席巻していました。小学校のOBが集まるコミュニティがあって、そこにアオヤギさんを見つけました。聞けば彼女も上京しており、「ちょっとお願いがあるんだよね。直接会って話せない?」とメッセージを貰い、新宿で会うことになりました。夏が始まろうとしていました。

約束の日、もしかしたらを考えて、普段はつけない香水をつけて出かけました。

新宿のレストランで「ユーイチくんの連絡先を知りたいの」と言われた時には、妙に納得したのを覚えています。

ユーイチは僕と同じ地区に住むイケメンでした。僕らは少年野球のチームメイトで、彼は1番ピッチャー、僕は9番レフトでした。

「小学校の頃から忘れられなくて、彼女になれなくても良いから、友達で良いからユーイチくんに会いたいの。連絡先を教えて」

「今は連絡先わかんないんだ。ごめんね。待ってくれたら僕の親からユーイチの親に聞いて連絡先を教えて貰うことはできるけど、どうする?」

「ホント!?じゃあ、お願い」

僕も人が良いです。都合よく利用されているのはわかってました。でも今日の立ち回り次第ではわからないぞ、と考えていました。

その後、終電までは時間があったので2人でバッティングセンターに行きました。9番レフトの実力は変わってはおらず、2、3回でヘロヘロになった僕はベンチで休んでいました。

アオヤギさんは中学で結構ガチめにソフトボールをやっていたので、楽しそうにバットを振っていました。遠目にその美しいスイングを見ていると、2人組がやってきて、緑の網越しに彼女に声をかけました。

男が「ひとり?バッティング上手いね」と言うと、もう一人が続けて「可愛いじゃん。一緒に飲みに行かない?」と誘いました。

少し遠くに座っていた僕は、何か昔にもこういうことあったよなあと思いながら様子を見ていました。ツレがナンパされているのを見るのは気持ちの良いものではありません。アオヤギさんは僕の方を見ずに照れながらまんざらでもない様子で2人の男におだてられて喜んでいました。

「マリちゃん、普段何してんの」

「アイドル目指してて~」

「マジ!?なれるよ~。知り合いにスカウトいるんだけど、興味ある?」

「え~~、あるある!ケー番教えて!」

とアオヤギさんが言った時、僕はツカツカ近寄って行って、十分な声量で

「あれ?2人はアオヤギさんの友達?」

と聞きました。僕の声は明らかに震えていました。

アオヤギさんは目が点になり、「えっ、えっと友達?……友達」とナンパ野郎達を交互に見て言いました。

男達は口々に「えっ、なになになにカレシ?」「お前何?今マリちゃんとは知り合ったばかりだけど」と答えました。

僕は耐えきれなくなって、腹に力を込めて「僕も友達ですけど、おれもう終電なんで帰ります」と言い切りました。

新宿駅までの道のりは遠く、歩きながら頭の中でぐるぐる考えが渦巻いていました。僕と居るのに何ナンパされてんだよ。男と居る時にナンパされたら、普通「助けて」的な目線あるでしょ。新宿にいるやつ大体友達的なやつなのかよ。あークソッ!ピンクの乳首見れねーのかよ!もう半年ぐらいセックスしてないな!もう今日くらいしかチャンスないのに!なっさけない!ムカつく。あ~なんかこの通り臭いな!もう知らん!危険な目にあえ!都会のど真ん中で!

新宿の改札の前まで来たところで、ケータイのバイブが鳴って、出るとアオヤギさんからでした。

「はい……」

「いまどこ?もう電車乗っちゃった?」

「まだだけど……」

「ちょっと待って。行かないでよ」

アオヤギさんは電話の向こうで走っているようでした。

「2人と遊べば」

「もう別れてきた」

僕は改札の前で、もやもやしながらサオヤギさんを待ちました。

「なんで行っちゃうの」

息を切らしながらアオヤギさんは悲しそうにそう言いました。

「いや、なんか嫌な気分になったから」

「ごめん、だってスカウトのツテがあるって言うから、名刺貰ってたんだよ。まだ話してなかったけど、あたし、ハロプロのアイドル目指してんの」

「なんにしても終電なくなるからもう帰るよ」

「見て。もう終電ないよ」

「あっ……」

常磐線の最終の表示が消えていました。

「うちに泊まりにきなよ」

そうして僕らはアオヤギさんのワンルームに行きました。シャワーを浴びて、缶チューハイを1本開けたら、もう時刻は3時を過ぎていました。

彼女はベッドで、僕は借りた煎餅布団で横になりながら、たわいもない話をしていました。

2人距離は2メートル離れていました。

「マッサージしようか?」

「この布団、腰痛くなりそうだからそっちで一緒に寝てもいい?」

「手の大きさの比べっこしない?」

「抱いてもいい?」

どのセリフを言うか考えあぐねていたら、アオヤギさんのベッドからいびきが聞こえてきました。僕は少しかび臭い布団と、湿ったタオルケットにくるまって、男としての負けを認めました。1日で2回負けるのは、それまでの人生で初めての事でした。

帰りの常磐線では、バッグに顔をうずめて少しだけ泣きました。新宿から柏に帰る時間が、いつもより長く感じました。

おわり

100円でお題にそったショートショートを書きます。