思い立ったが吉日、は


今日アルバイトの面接に行った。
終わってからの感想は、「門前払いされた方が心情的には助かったかもしれない」

改めて思う、無知は己の首を絞める。

世の中、技術も経験も持った人が大半であるということを私はようやく理解した。
身の回りの人間や、私自身が無意識に私の中で人の基準と化していたようだ。
同年代といえば、私も含めその大半がまだ学生で、大した技術もなければ資格にも経験にも乏しい。

思ったのは今朝。探したのも今朝。
事務仕事を経験したいと考えた。そこで今後につながる技術を得たいと。以前勤めていたアルバイト先でも同じように技術を求めて入った。しかし今回は明らかに順番を間違えてしまったらしい。

そもそも技術も経験も資格もない中で選考に受かるわけがなかった。
昨今、技術があっても定職につかない人は多い。
その上事務仕事は人気だ。

社会人ばかりの中で使える学生など、そうはいない。
実際、今日面接に来ていた人は仕事を辞めた人や副業にといった具合の人ばかりで、学生はついぞ見なかった。

学生の持つ利点といえば一般的に、比較的自由に使える時間くらいだ。
それすら今日面接に来ていた人たちにはきっと劣る。

選り好みしなければきっと学生にもできることはある。そこで経験を培い、次に繋げ、ゆくゆくは自分の希望を通すこともできるかもしれない。しかしそうするには学生という期間は短く、金銭的にも厳しかった。

なら今、私に何ができるだろうか。

事務バイトは一旦諦める。
私は技術を得なければいけない。
資格の大切さを知った。
他でアルバイトをしつつこれからの時間を勉強に割く、これ以外にない。

結局学生の本分に戻るわけだ。
それでもここには理解の差がある。

思考停止気味にアルバイト三昧遊び三昧で漫然と勉強する大学生になる選択肢は消えた。
この消えた選択肢の存在が未来の私に希望の選択肢をくれるのかもしれない。

今日の面接は確かに居た堪れない気持ちになった。しかしこの居た堪れなさは宝だ。
事務仕事における指標も教えてもらった。
対価は僅かな交通費だけ。


思い立ったが吉日、はしみじみいい言葉だと思うんだよ。


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恐悦至極
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葦の髄から . その日考えたことなどを書く。これは未来の私へ捧げるエンターテインメントだ。