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ショートショート【人の貯金箱】

 太郎が届いた。
 ピンクの、柔らかくふわふわした、よく見ると豚のような形をしている包みにくるまって太郎が届いたのだ。
 すやすやと寝ている太郎を優しく抱き上げ、五百円玉をあげる。産まれたばかりの体つきをしていた太郎は、小さな目を開けると、チャリンという音と共に五百円玉を口にした。すると太郎が心なしか少し成長したように感じる。

 お金を入れるたびに成長する貯金箱。お金が貯まれば言葉も話すようになるなんて最高じゃないか。
 二人の子供はすでに家を出てしまい、六十歳を越えた倫太郎は長年連れ添った妻の裕子とほとんど会話を交わすことのない生活をしていた。来年には産まれてくる予定の孫のためにも貯金をしようと思っていた矢先の話だったため、倫太郎はその場で購入を決定した。

「チャリン」
さらに十円玉を口にする太郎。果たして成長しているのか。見た目では分からない。

「チャリン」
よく観察しながら五百円玉をあげると、髪が少し伸び、歯らしきものが口の中に見られた。よかった、不良品ではないようだ。

 太郎は毎日たくさん食べて元気に育っていった。半年が経つ頃には、言葉を話し始めていた。
「パパ、きょうのごはんは?」
「今日はクリスマスだ。特別に五千円食べてもいいよ。ママからもプレゼントをもらってきな。」
太郎は喜んで五千円札を口にする。最近は妻も太郎にご飯をあげるようになっているし、それとともに夫婦の会話だって増えた。二人でまだほんの赤ん坊だったころの太郎の写真を眺めて晩酌することもある。太郎を買って本当に良かった。

 病院で妻と太郎が並んで座り、楽しそうに会話している。孫が産まれた。かわいい男の子だ。太郎はすでに幼稚園に入園するほどの年頃になっている。太郎にとっては弟ができた感覚だろうか。それからは娘の家に連れていくようによくせがまれるようになった。

 太郎と孫の優希が二人で遊んでいる。いまでは二人は親友のようになっていた。優希が小学校に上がるときには同じ学校に通うのだと言って聞かなかったほどだ。

 優希が中学生になる頃には二人で遊ぶところはほとんど見かけなくなった。まあ、兄弟などそんなものだろう。少し寂しくも感じるが、あまり気にしないことにした。

 優希がもうすぐ二十歳になる。妻が言いにくそうに話しかけてくる。私も分かっていた。少し離れたところで一人で遊んでいる太郎を見やる。歳は、十歳になるだろうか。太郎は優希が保育園に入った頃からほとんど成長しなくなっていた。最近は体が弱く、外で遊ぶこともままならない日々を過ごしてきた。いつかはお金を取り出さなければならない。倫太郎もそれは分かってはいたが、踏み出せずにいた。
 優希が小学校に入るときに、太郎の販売元に問い合せたことがある。

「貯金したお金を取り出すには、太郎を壊す必要があります。ちょうど豚の貯金箱のようにね。もし太郎が不要になったということであれば、そのままうちで引き取ることも可能ですよ」

 販売元の若者の電話口の軽い声を思い返しながら、倫太郎は本当の息子のような貯金箱を悲しそうに見守るしかなかった。




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