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役割から解き放たれた本当の自分をさがして

 「自分さがし」とよく聞きます。

でも、自分をさがしに行く、自分とは、一体だれ??
今度は哲学ループに迷い込んでしまいます。

 「自分は何をしたいのか」のほうが、わかりやすいよ!
と瞑想家の先生がおっしゃっていました。

 自分は何をしたいのか。
 自分は何をしたいのか。

それはきっとハートが知っている。何がわくわくするか、すきか、心惹かれるか。
マインドは、「本当は何をしたいのか」には答えられない。

 いつもマインドは「社会人として」など、役割を強調する。長男として、末っ子として、父親として、営業マンとして、警察官として…など。
 でも、役割は自分自身ではありません。
 家庭でも、下に妹ができれば末っ子じゃなかったかも、父親にならない可能性もあったかも。会社を辞めてしまえば営業マンではなくなるし、生まれつき警察官だった人はいません。
 役割は後から身につけるもの、服のようなもので、自分自身ではありません。服は変えられます。

 「だれも自分のことを知らない町に行きたい」とか、
「だれも自分のことを知らないカフェに行きたい」とか、
「会社と家庭以外で、ジムしているのが本当の自分」とか言う人がいます。
 わたしも、海外旅行に行って「異邦人A」とみなされるのが心地よかったです。わたしがどんな生育歴でどんな職業かは、関係ない。

 役割に同化しすぎている人は、そこから離れる時間や場所を必要としているんだと思います。

 役割の責任を放棄するわけでなく、少しだけ離れてみる。

 自分は何をしたいのか。
 どんな自分で生きていたいのか。

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