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今日は桜の綺麗な秋土用でした。
旬の梨を味わい
穴子を美味しくいただきました。

いくさとは実に悲しく切ないものです。
ただ世界にはさまざまな考えを持つ人がいるのも事実です。つまらぬ主義や人を貶める思考、暴力を誇示し威圧する者、人の進化の度合いなど人それぞれ地域が違えば全く異なるものです。
七十七年前の大東亜・太平洋戦争を生きた
私たちのご先祖さまは勇敢で愛ある人たちでした。

昭和二十年三月二十一日  
第一神風桜花特別攻撃隊神雷部隊桜花隊
大正十一年九月生まれ
緒方襄少佐 享年二十二歳

いざさらば我は御国の山桜
母のみもとにかへり咲かなむ

届かぬ手紙
母 三和代さん

散る花の潔さよきをば愛でつつも
母のこころはかなしかりけり

緒方襄少佐
辞世の句

清々し花の盛りに先がけて
玉と砕けん丈夫我れは
死するともなほ死するとも吾が魂よ
永久にとどまり御国まもらせ

昭和十九年十月二十六日
フィリピン スリガオ海峡付近にて散華
大正八年七月生まれ
植村眞久大尉
「愛児に遺した手紙」

素子、素子は私の顔をよく見て笑いましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。素子が大きくなって私のことが知りたいときは、お前のお母さん、佳代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。私の写真帳もお前の為に家に残してあります。素子という名前は私がつけたのです。
素直な、心の優しい、思いやりの深い人になるやうにと思って、お父様が考えたのです。
  私は、お前が大きくなって、仕合わせになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を知らぬまま死んでしまっても、決して悲しんではなりません。

お前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。父はお前を幸福ものと思ひます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちゃんを見ると眞久さんに会ってゐるような気がするとよく申されてゐた。
またお前の叔父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がってくださるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福のみ念じて生き抜いてくださるのです。必ず私に万一のことがあっても親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護って居ります。優しくて人に可愛がられる人になってください。
お前が大きくなって私の事を考へ始めた時に、この便りを読んで貰いなさい。
昭和十九年○月吉日
植村素子へ

追伸
素子が生まれた時おもちゃにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教えて上げます。

*私たちはこんなに愛ある人たちが護ってくれた命です。いまを幸せに生きるのが義務なんだなと深く強く思います。

参考文献(引用)
靖国神社と日本人
小堀桂一郎
PHP研究所

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