[九条家SS] 九条家バトルロワイヤル 〜マパ上様争奪戦〜

魔界から人間界に降り立った、吸血鬼の血を引く4人の九条家の末裔。九条林檎(りんご)、九条棗(なつめ)、九条杏子(あんず)、九条茘枝(らいち)。彼女たちは慰安を兼ねた温泉旅行に来ていた。

4人の携帯端末から、メッセージの着信を知らせる通知音が同時に流れる。各々が同じタイミングで端末を見る。最初に口を開いたのは林檎だった。
「我がもらうからな」

次に反応したのは茘枝だった。
「ここは年長者たるウチに譲ってくれてもいいんじゃねえの?」
杏子も少し反抗心を示すように宣言する。
「わたくしも譲る気はないわ」
最後に棗が控えめに言う。
「みなさんには申し訳ないですが、私も欲しいです」
それぞれの端末には、マパ上様という人物からのメッセージが表示されていた。
『みんなのイラストで作ったタペストリー、試し刷りが届いたんだけど欲しい人いる?』

「そもそも最初にこちらに来て敬愛するマパ上様に御姿を作っていただいたのは我なのだ、権利は当然我にあろう」
林檎は少しの良心の呵責に耐えつつも、彼女らの姿をこの人間界に定着させたマパ上様のグッズであればなんとしてでも手に入れたいという思いから順番を根拠に反論を試みる。そして同時に冷静にこの後の展開を予想し、足元に目を落として賞品を手にする算段を考えていた。
「わたくしとしてはむしろ、マパ様の恩恵を得過ぎている林檎ちゃんには引いて欲しいところだけどね?」
「私もあんちゃんに賛成ですね。少なくともりんちゃんは除くべきでしょう」
杏子と棗がまずはもっとも手強い敵である林檎を落としにかかる。二人とも最年少だからといって林檎を侮る気持ちなどなかった。純血たる杏子や猫又とのハーフの棗の能力を持ってしても、弱い種族であるはずの人間とのハーフである林檎の類い稀なる才気には一目置いていたのだ。
そんな3人の様子を見て、茘枝は勝ちを確信していた。そして、挑発するように言う。
「上位種は第一に力を示せ、だ。ウチらが納得できる決め方なんて一つしかないだろ?久しぶりに戦ろうぜ」
膂力に優れたオークの血と魔力に長けた吸血鬼の血。茘枝は負ける可能性を考えてなどいなかった。

意外なことに反対する者はいなかった。茘枝がいくら近接戦闘に秀でているとはいえ、その認識は共有している。となれば暗黙のうちに組んで茘枝を落とし、それから争えば十分に勝ち目はある。それにそれぞれがかつて戦った時には見せていない切り札を持っている。そのような考えの結果だ。
「いいだろう、とはいえ場所は考えないとな。我らが戦っている姿を見られるわけにもいかんし、誰かに迷惑をかえけるわけにもいかないからな」
「それなら旅館の裏の山はどうでしょう。先ほど聞いたのですが、私たちの泊まっている旅館の裏山はこの季節はほとんど人が立ち入らないようです」
「人払いはわたくしの黒魔術にお任せあれ」
「おっ、みんな意外とやる気じゃねえか。いやー腕がなるぜー」
こうして、吸血鬼の血を引く4人の戦いが始まるのであった。

****

林檎たちは旅館の裏山の奥にある開けた場所でそれぞれ対峙していた。周囲には杏子の魔術による結界が張られており、彼女たちの周囲に動物は入ってくることができず、中で起きていることを認識できないようになっていた。北側に棗、西側に林檎、東側に杏子、南側に茘枝がそれぞれ立ち、睨み合うように距離を取っている。

「ルールは魔界での交流武闘会と同じだ。とどめや致命傷になる攻撃を当てるのは禁止だが、勝敗をごまかすことは我らにとっては大いなる恥。戦い方はなんでもあり、勝った者が勝ちだ。いいな?」
林檎が皆の顔を見渡す。それぞれがそれぞれに闘志を燃やす表情をしている。
「では始まる前に、我はこれを使わせてもらおう」
そう言うと林檎は鞄からハイヒールを取り出し、履き替える。それをみた茘枝が慌てたように声を荒げる。
「おいおいなんでそんなもん持ってきてんだよ!?そりゃちょっとズルいんじゃねーの?」
他の2人にとってもこれは計算外のことだったようで、驚きの表情を浮かべている。林檎の踊るような体さばきから繰り出されるハイヒールの一撃の強さは皆痛いほどわかっているのだ。
「言っただろう?なんでもあり、と。備えるのは領主の務めだ。それにあんちゃんはこの魔術結界に何か仕込んでいるようだし、なっちゃんも木の多いここなら機動戦が有利になるだろうという算段だろうし、勝算があるのはらいちゃんだけじゃないんだ」
それぞれ手札をバラされた杏子と棗が苦い顔をする。だがこれで、茘枝の近接戦能力だけが一強という認識はなくなった。どう仕掛けるかはこれで振り出しに戻ったのだ。
「さすが林檎、やるじゃねーの。けど、お前らがいくら小細工しようと、この茘枝には敵わねえよ」
それぞれがそれぞれを注視している。お互い、すぐに戦闘が始まることは理解していた。林檎がその戦いの火蓋を切る一言を告げる。
「では、始めよう」

****

茘枝が一直線に杏子めがけて突進する。韋駄天と称される速度での移動は杏子との距離を一瞬で詰める。武闘派ではない杏子を厄介な魔術を使われる前に倒しておこうとする茘枝に対し、杏子は冷静に反応すると、後方に一歩飛び退いた。杏子の姿が黒い煙のようになって霧散する。
「チッ、もう仕掛けてやがったか」
消えた杏子の気配を探ろうとし、茘枝は殺気を感じて反転する。ギリギリのところで体をかがめると、先ほどまで体のあった場所を鋭利な刃が通り過ぎる。棗の手から伸びる刃は猫の爪とはとても言えないほどの切れ味とリーチを持っていた。茘枝が躱しざまに牽制の拳をふるうと、棗は警戒の姿勢を保ちながら後退する。茘枝は杏子や林檎の動向に対応できるだけの意識をむけつつも、最初のターゲットを棗に決定した。

棗は完全に不意をついたはずの一撃を躱され、体制を立て直すために後退を選択した。開けた場所で接近されれば不利になるが、樹上を利用した機動戦なら茘枝にも勝ち目があると踏んでいた。距離をとって樹上に飛び乗ると、茘枝が樹上の棗に向かって直線上に飛び上がってくる。棗は別の樹上に乗り移ると、妖力を乗せた爪の刃で茘枝を両断しにかかる。棗にとってこれが反応されるのは想定のうちだ。だが茘枝が的確な回避行動をとった直後に、刃の軌道が揺らぎ、当たるはずのない茘枝の腕に直撃する。茘枝のとっさの防御反応で腕を使用不能にするまでには至らなかったが、それでも片腕の戦闘力を大きく削ったことに棗は満足する。妖術で斬撃の軌道を誤認させたのだ。
(ふふふ、猫又の血は妖の血。惑わすことにかけては魔術にも引けをとりません)
茘枝がすぐさま反撃に移る。オークの膂力を最大限に生かした高速弾丸軌道だ。その鋭い一撃は攻撃直後の棗には回避不能のはずだった。しかしその目論見はまたしても外れる。棗の姿が突然消失した。正確には、棗は猫の姿になっていた。猫に変化することで回避不能な攻撃を回避したのだ。
「腕をあげたじゃねーか、なっちゃん。だけどウチもこの程度で終わりじゃないぜ」
杏子と違い、猫になった棗を見失うことはない。猫の状態であれば有効な反撃は考えにくい。猫から姿を戻すならそれが隙になる。左腕のダメージはあるが、多少の消耗を覚悟で魔力を集中し、身体能力を極限まで上昇させる。
「ウチの必殺ラッシュを喰らいなァ!」
極限まで速度と威力を上昇させ、点ではなく面で制圧する拳の連撃は、足場となる木々ごとあたりを粉砕していく。足場を失った黒猫は、その身のこなしを持ってしても全ての打撃を躱すことができずに直撃を食らう。茘枝が最後まで殺す気で振り抜いていたら多大なダメージを受けていただろう。棗は姿を戻し、諦めたように両手を上げる。
「もう少しやれると思ったのですが、らいちゃんはさすがですね」
茘枝はニッと笑顔を向ける。
「いやー、あれはなかなかだったぜ。ウチも精進しないとな」

林檎は杏子の気配が消失したことを確認すると、茘枝と棗から距離を取るように動き出す。そして事前に確認しておいた魔術の方陣の設置箇所をしらみつぶしに確認していく。
「見つけたぞ」
林檎は結界の一部にわずかな魔力の歪みを感知する。そしてその歪みの発生源に向けて回転しながら蹴りを繰り出す。歪みから杏子の姿が現れ、蹴りの衝撃を両手でガードする。それでも衝撃をいなしきれず、後方に吹っ飛ぶかと思われた刹那、またしても杏子が黒い霧となって消える。そしてその霧が林檎の体を包み込み、林檎の立つ地面には黒き魔法陣が現れていた。
「罠か」
林檎の蹴った場所とは反対側から杏子が姿を表す。その顔はどこか得意げだ。
「林檎ちゃん、わたくしがそんなヘマをすると思った?残念だけど日々の研究でわたくしの魔術は進化しているのよ?林檎ちゃんがどうやってあの歪みを検知したのかわからないけど、念のため罠を仕掛けておいてよかったわ。これで林檎ちゃんは身動きが取れないわね?」
杏子が林檎の正面に回り、眼鏡を外す。目が金色から赤に変わっていく。妖しげな視線が林檎の目を捉えていた。
「魔眼か…」
「わたくしは純血だからね。この手の術は4人の中では一番得意。林檎ちゃんは人間の血が混じってるから魔眼が効いちゃうのよね。悪いけど今回は譲れないから、わたくしの手駒になってもらうわ」
林檎の顔から表情が消え、手足の力が抜けていく。杏子は魔眼の効きに満足すると、より深い睡眠状態にするために距離を詰め、林檎の頬に手を当てて瞳を覗き込んだ。林檎の瞳は普段と変わらず美しく金色の光を放っている。普段と変わらず。その違和感に気づいた瞬間に、杏子の胴体にハイヒールの一撃が突き刺さっていた。
「あんちゃん、悪いな。我は簡易的な魔眼への対抗術を身につけている。もちろんあの距離では対抗は無理だが、最初のは別だ。そしてこの罠も、我にとっては対処は容易なのだ。魔界からの姿の定着に手を貸したのは誰だか忘れたか?人間界では魔力の働きが微妙に違うのに気づいていたか?今回は我の一日の長が勝ったようだな」
杏子はここから近接戦闘で粘っても勝ち目がないことは理解していた。そもそもが先ほどの一撃で致命傷相当だ。杏子はその場に座り込んで投げやりに言う。
「さすが林檎ちゃん。参ったわ」
杏子はどこか清々しい微笑みを林檎に向けていた。

****

林檎が始めにいた広場に戻ると、茘枝が林檎の方を向いて立っていた。
「やっぱり林檎が残ったか。正々堂々行こうぜぇ?」
「ここで待っているあたり、らいちゃんらしいな」
和やかにも見える会話が終わると同時に、両者から笑顔が消え、緊迫した空気が場を支配する。先に動いたのはまたしても茘枝だった。最短距離を最速で詰め、ガードしてもダメージは避けられない威力の肘打ちを放つ。林檎はそれを読んで最小限の動きで回避すると、踊るように足を蹴り上げ、回避を先読みしてそのまま踵落としに繋げる。茘枝はそれを勢いがつく前に右腕で受け止める。打ち下ろしきれなかった踵落としは大したダメージなしにいなされてしまう。林檎は拳で牽制しつつ距離をとって再び対峙する。

「ウチと林檎が最後に戦った時のことは覚えてるか?」
「もちろんだ。我としては忘れたいんだがな」
「林檎は足技は強いけど、総合的な格闘能力ではウチが上だ。この前もハイヒールありなら勝てるとか言ってたみたいだが、正直それはちょっと見栄をはったんじゃねえか?」
「どうだかな」
言葉を交わしながら互いの隙を探る。今度は先に動いたのは林檎だった。上段ストレートから、体を翻して中段蹴りに繋げ、相手の反撃を流れるように交わしながら蹴り上げ、その勢いを利用して跳躍し上空から蹴り下ろす。踊りにも見えるその動きは、観戦する者がいたら確実に彼らを魅了しただろうが、茘枝はその全てを最適なタイミングで見極めて受け止め、隙を伺っていた。最後の蹴り下ろしを左腕で受け止めると、空中にいる林檎に向けて下半身に力を溜め、バネのような勢いで飛び出し渾身の右拳を突き出す。茘枝にとっては空中で身動きの取れない林檎の胴体に突き刺さるはずだった右腕は、林檎のハイヒールの先に突き刺さっていた。否、林檎のハイヒールが、突き出された茘枝の右腕に突き刺さったのだ。茘枝の拳の勢いと林檎の蹴りの勢いが合わさり、両者の拳と足に相応の負荷をかける。ダメージを負ったのは、戦闘に耐えるハイヒールの一撃を食らった茘枝の方だった。

茘枝が痛みに耐えて林檎を見る。林檎の背には吸血鬼特有の羽が見える。空中に飛んだ時に羽を展開し、体制を制御できる状態にしていたのだ。その上で、必殺の速度で放った右に的確に蹴りを合わせられた。茘枝の両腕は痛みで使い物にならない。降下しながら飛び蹴りを放つ林檎を見て、茘枝は負けを覚悟した。林檎の蹴りは胴体に当たる直前で止められていた。
「まさか林檎に負けるとはな。ウチもまだまだってとこか」

棗と杏子も広場に戻ってきていた。勝者は林檎だということは誰の目にも明らかだった。
「林檎、一つ教えてくれ。どうして最後の攻撃が読まれてたんだ?」
「なに、簡単なことだ。らいちゃんは昔から直線的に攻撃してくる癖があるからな。昔は反応できずやられていたから、今回も同じパターンでくるだろうというのは分かっていた。加えて、多分なっちゃんとの戦いで負傷したのだろう、左腕をかばうような動きがあった。空に飛ぶ前の蹴り下ろしを左腕で防いだのは、左は攻撃には使えないと思ったからだろう?そして空中にいる隙を見せれば、最速の攻撃が来ると思った。それがあの状況で、右だと確実に分かっていれば、それに備えて空中で体制を整え、蹴りで迎撃するのは不可能じゃない。本来あの距離で反応は無理なんだが、攻撃が読めていれば話は別だ」
「なるほどなー。完全に読まれてたってわけか」
「我はらいちゃんのことも、みんなのことも好きだからな。それに魔界にいた時からみんなの動きは研究していたしな。我にとってはこのくらい容易いことだ」
「林檎には敵わねえなー。タレント業も先輩だし、ここはマパのやつは譲ってやることにするか」
茘枝が笑顔で答える。杏子や棗もどこか楽しそうだ。
「わたくしも今回は譲りますけど、その分林檎ちゃんには色々お世話になるからねー。あとさっきの人間界の魔力の話はあとで詳しく教えてね」
「りんちゃんはさすがですね。でも次は渡しませんよ」
「では早速、マパ上様に我から返信しておくか」
こうして、九条家の戦いは幕を閉じたのだった。

****

「なっ…」
携帯端末を見た林檎が驚きの声をあげる。発端となったメッセージからは随分と時間が経ってしまっていた。
「おっ、やったぜ!」
「いやーこれは助かるなー」
「ふふっ、りんちゃんには悪いですけど、これは嬉しいですね」
茘枝、杏子、棗は林檎とは対照的に嬉しそうだ。

4人のグループチャットには、マパ上様からのメッセージが表示されていた。
『さっきの試し刷り、たまたま事務所の担当さんに会う機会があったから見せたら、製品化OKだって。みんなの分あったから先に配ろうと思ったけど、すぐに製品版のいいやつが来るから、その時に渡すね〜。旅行楽しんで!』

わざわざ戦った徒労を悲しむべきか。一人分しかないと早とちりした浅慮さを反省すべきか。林檎にもそれぞれ思うことがあったが、嬉しそうな皆の様子と、何よりマパ上様のタペストリーが手に入るという喜びで、これ以上悩むのはやめにした。見方を変えれば良い交流になったし、久々に戦うのも楽しかった。それにこれは慰安旅行なのだ。たまには考えるのは棚に上げてゆっくりしようじゃないか。そう考えると、旅館への帰路を他の3人と共にゆっくりと歩いていく。確かに大変なことは多々あったが、こちらでの生活も悪くはない。少しだけ残る疲労を感じ、それを癒す旅館での時間に思いを馳せて、林檎はいつもより少し頬を緩ませながら魔界の友人たちと歩いていくのだった。


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第二弾


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