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「発酵界隈では意味のイノベーションが起きている」 発酵イベントリポート

6月4日、会場の「発酵するカフェ 麹中」(東京都文京区)に入りきれないほどのお客さん(45人)が詰め掛けたCOMEMOの発酵イベント。なぜ日経新聞が発酵のイベントを開いたの?とよく聞かれますが、深い理由があるのです。それは、発酵は経済のフロンティアであり、ビジネスパーソンにとって組織や働き方を再発見するメタファーにあふれているからです。

その前に、そもそも発酵とはなんでしょうか。発酵は簡単に言えば、微生物が、例えば米や大豆、果実、魚や肉などに取り付いて化学反応を起こし、人間にとって有益なものを生み出すことです。世界中に発酵文化はありますが、とりわけ日本は発酵文化の豊かな国と言えます。ちなみに、会場の麹中がある東京都文京区の旧本郷弓町周辺は、江戸自体に江戸の味噌の大半を製造していた一大発酵拠点だったそうです。

経済の本質の一つに「循環」という概念があります。お金は天下の回りものといいますし、経済って、ぐるぐる回るイメージがありませんか? 経済活動の起点が「ギフト=与える」なのか、「収奪」なのかで、その後、循環が続いていくのかどうかが決まってしまう気がします。循環経済は世界的にも大きなトレンドになっています。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31205420R30C18A5TJ3000/

イベント登壇者の発酵デザイナー、小倉ヒラクさんは発酵を称して、「ギフトから始まるということ」と言っていました。確かに発酵の体系の中で、微生物は贈与をし続けています。発酵は循環経済の起点になりうるのです。

小倉さんと一緒に登壇したファーメンステーション代表の酒井里奈さんは、岩手県奥州市を舞台に、こうした贈与的な発酵をベースにした会社経営をしています。休耕田の米を酵母を使って発酵させ、エタノールを生成し、石鹸や化粧品の原料を作り出して商品化しています。発酵の過程で出る粕は、家畜である鶏や牛の餌になり、味の良い豊かな肉になります。フンは田んぼの肥料になり、再び米がたわわに実ります。その過程は全てトレースすることができます。。。という、かつては国内の各地に存在しただろう循環経済を、現代の文脈に置き換えているように見えます。

これを聞いた小倉さんはすかさず「それは、意味のイノベーションですね。破壊的イノベーションではなく、新しいギフトを作り出しているということではないですか。素晴らしいです」と指摘していました。シリコンバレー的な情報や技術のイノベーションではなく、循環という、従来からある価値を再発見して新しいコンセプトの元で提示する「意味のイノベーション」。これは、長い歴史の基層を持つ欧州や日本におけるイノベーションの一つの形になるのではないか、当日、司会をしながら私も興奮を覚えました。

発酵と社会との関係において、小倉さんも酒井さんも、2011年の東日本大震災後の社会変化を敏感に捉えていました。日本人は発酵技術を1000年以上にもわたって活用し、食文化を育んできました。その歴史的な蓄積と豊かさに、近代以降築いてきたものが崩壊したかのような震災を経験した多くの人々(特に食の安全を求める人)が惹かれたのではないか、と個人的にも思います。

震災後、味噌づくりワークショップを開いていた小倉さんの元に、はじめは子供を持つ若いお母さんが集まり、次に哲学青年、ITギーク、ミュージシャンが来るようになったといいます。雑誌でも特集され、「センスの良い人が発酵界隈に集まり、カルチャーになってきた」(小倉さん)。そしてここ数年は、ビジネスパーソンが仕事や組織が抱える問題に対する「答え」を探してやってくるようになりました。

会場にCOMEMOのKOLでもある楽天大学学長の仲山進也さんがいましたので、司会からマイクを向けさせてもらいました。仲山さんからは、チームづくりに発酵の考えを生かせないか?という質問をもらいました。

小倉さんは、「自分の知っている日本酒の酒蔵のチームが面白いです。一番難しい作業を一番若い人にやらせて、ベテランがバックアップする。若手が相談すると「おまえはどう思う?」と意見を尊重する。ヒエラルキーがない。リーダーは(仕事で障害になる)邪魔な石をどける役に徹している。そうすると、今までの物差しに当てはまらない面白い酒造りができるんです」と答えてくれました。

正解があって、それに対し100点に近づけるためには、ヒエラルキーがあるほうがいいのでしょう。しかし、これまでにない新しいものを生み出すには、メンバー全員のクリエイティビティを引き出すような組織づくりがよいのだ思います。

酒井さんは、自分の経営する工場で微生物と日々向き合っている経験を踏まえて、「突風や雷や川の水など、自然の力に驚いたり、翻弄されたりするけれど、一番良い温度、環境をつくってあげるのが大事。微生物は環境さえ整えてあげれば、すごくいい仕事をしてくれる。人間も会社も同じで、その人が活躍できる環境を作ることがとても大事です」と力説していました。

二人のような発酵を起点にした循環的な取り組みは、日本はもちろんですが、海外でこそ、強く共感を得ているといいます。酒井さんは最初の大学を卒業後、外資系の金融機関でも働いていました。辞めたあとは英語で仕事をすることなんてもうないだろうな、と思っていたのに、全くそうではなかったといいます。「最近もイスラエルからお客さんが大勢来てくれました。岩手から真っ直ぐに世界につながっていく感覚があります」

同じく小倉さんも「僕も世界中で、特に田舎の人とつながる。発酵クラスターのノリがあるんですよ。発酵は国境を越える、分かり合えるんです」と同調していました。  「つまり、発酵はユニバーサルランゲージなんですよね」

本郷三丁目という東京の中のローカルな場所から、発酵を媒介に世界に直につながることがきる。そんな夢想が心地よい、初夏の夜のイベントでした。登壇して頂いた小倉さん、酒井さん、そしてご来場頂いた皆様、お付き合い、まことにありがとうございました。またお目にかかれることを楽しみにしております。

© yo_sakurai

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