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津村記久子さんにお会いした(2023/11/25)

 「超庶民派芥川賞作家」という紹介を見たことがある。私の中では「友だちになりたい作家No. 1」だ。
 大阪市立図書館のイベントで、津村記久子さんの講演に参加した!インフルエンザの病みあがりの体で、「来て良かった」と何度も思った。
 最新作についてや創作秘話が聞けて、サイン会もあり、直接お話ができて感激だった。

 数日前、眠りがくるまでの暗闇のなかで、好きな作家を数えてみた。読んでいる冊数が多くても、ファンとは言い切れない作家は入れなかった。7人だった。6番目に数えたのが津村さんだった。

 新卒の就職活動中に社会人生活を知る手掛かりとして読んだ『ポトスライムの舟』と『カソウスキの行方』、無職時代に読んで「働くことは怖くない」と思わせてくれた『この世にたやすい仕事はない』、くだらない会社の人たちに辟易として、何もかもリセットしたいときに読んだ『ワーカーズ・ダイジェスト』、社会って厳しいけど逃げていいと教えてくれたパワハラを書いた「十二月の窓辺」(『ポトスライムの舟』収録)。

 職場の人間関係に倦んだとき、「仕事つまんないなあ、このままこういうことして死んでいくのかな」と思ったとき、長期休みの最終日に「明日会社に行きたくないなあ」と思うとき、頭に浮かぶ私の味方は津村記久子さんだ。私は思ったものだ。「津村さんがいるから大丈夫」と。
 
 だから、同じように「仕事したくない、でも働かなくちゃいけない」と思うすべての人に津村記久子を薦めたい。


 津村さんは、私の全然知らない外国のパンクバンドのTシャツに、ロングカーディガンとジーパンとスニーカーの格好をしていた。
 いつも通りの、上にだけ縁のあるメガネ、肩につくかつかないかくらいの薄茶色のヘアスタイル。写真で見たイメージそのままだった。喋り方は、関西人の私が言うのもなんだが、めちゃくちゃ大阪弁だった。
 司会の方が、参加者からのメッセージを読み上げる時間があった。褒められると居心地わるそうに「すいません本当に。…すいません」と、恐縮している姿が、あまりにも津村さんそのものだった。

 ときどき会場の爆笑をさらう津村さんは、津村さんの本とまったく同じの「普通に話してるだけなのになんか笑える」ユーモアを湛えていて、さすがだった。私も声に出して笑った。


 タメになる、真似しようと思ったお話は、アイディアについて。
 津村さんは普段から「相当メモしまくってる」という。そのため、エッセイや小説のネタのストックは「たくさんある」らしい。だから津村さんの作品は、日常の気付きの積み重ねのような、生活の空気感の伝わるものなんだと納得した。

 このエピソードは、今回購入した『ちくまQブックス 苦手から始める作文教室』にも書かれていた。
 グチでも生活の知恵でもちょっとした意見でも、とにかくメモることで気持ちがスッキリするし、友人にグチらなくて済むし、メモはまるで「お母さんのような存在」になってくれるはず、とおすすめしていた。「私がメモをしなければ、大袈裟じゃなく書くものは90%変わっていたはず」。

 私が思うに、作家になる人は、素人時代からめちゃくちゃ書く人だったのだ。そういう話を、江國香織も金原ひとみもしていた。せめて手の動きだけでも同じにしよう。
 ということで、さっそく私もメモする日々を送っている。

 サイン会の順番待ち中、なに話そう?なに話そう?と逡巡し、シュミレーションしてはまとまらなく、これは前も同じことがあった、いつだっけ、と記憶を辿った。今年2月の川上未映子さんのサイン会のときと同じだ。
 津村さんはめちゃくちゃ気さくにお客さんといろんなお話をしている。趣味の音楽について、サッカー、お笑い、大阪駅前ビル、町田康さん…ときどきプレゼントを渡す方もいた。しまった!私も何か買ってこればよかった…!

 私が津村さんと何を話したかはないしょにしておきます。順番がきて、いちばんはじめに浮かんでいたことを話した。「私“ピースボート”に乗ったんです」。
 芥川賞受賞作『ポトスライムの舟』は、主人公が世界一周の船旅のポスターを見て、その金額が自分の工場の年収と同じだと知り、同額を貯めようとする話だ。すぐにピースボートのことだとわかった。
 津村さんはそれに関するお話をしてくださった。
津「ピースボートね、乗らへん?って言ってもらったんですけどね、そのとき会社勤めしてたから無理で」
私「あ、そうなんですか?事務員ですか?」
津「あの、普通のファイリング業務してました」
私「ファイリングしてたんですか?『十二月の窓辺』みたいな、ですか?」
津「いや、そっちじゃなくて『この世にたやすい仕事はない』…あ、間違えました、ごめんなさい。『とにかく家に帰ります』に出てくる鳥飼がしてる仕事ですね」
…普通に会話してる!!

 
 「ありがとうございます。あの、また何かあったら、、来ます!」
「はい。またすぐあると思うから…」次の人の番になっても話してくれていた。
 サインには、イラストが描かれていた。幸福に包まれながら会場を出た。

 帰ってから気付いた。
 大好きですって伝えるの、忘れてた。

《物販で購入した本》
『やりなおし世界文学』(2022年/新潮社)→拝読中
『ちくまQブックス 苦手から始める作文教室』(2022年/筑摩書房)

会場入り口に飾られていた津村さんの本たち。
全部読もう。


津村記久子(つむら きくこ)
1978年、大阪府生まれ。
2005年『マンイーター』(『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で太宰治賞を受賞し、デビュー。
2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、
2009『ポトスライムの舟』で芥川賞、
2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、
2013年「給水塔と亀」で川端康成賞、
2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、
2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、
2019年『ディス・イズ・ザ・ディ』でサッカー本大賞、
2023『水車小屋のネネ』で谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞。
エッセイや書評も多数発表。
労働に関する小説や、「普通」の人を多く描く。



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