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nina3word / 余震 / 微雨 / 小箱 /

 直下型地震が部屋を襲ったのは昨日と変わり映えしない今日のことだった。
 空が白々と明け、早朝だというのに鴉がやけに五月蝿く鳴いていた。
 けれど、それは今思えば、だ。
 地鳴りが聞こえた、だとか、猫がびくびくしてたとか、金魚が水槽から飛び跳ねたとかTwitterでは色んな情報が錯綜していて、なんだか見たこともないような渦を巻いた雲の写真だとかが、たくさんTLに流れていたのを見た。
 実際、そんな不穏な空気を俺が感じたかというと、それはまた別の話で。

 重い布団から抜け出しカーテンを全開にし部屋を見渡すと、三段目から上の棚の本が踊り狂って、バッサバッサと布団の上に落下して、ゲーセンで取ったフィギュアが飾り棚から飛び出ては、所構わずシャッフルされて昨日とは違う敵と乱闘していた。
 PCのモニターは机の上に突っ伏して倒れている。
 本棚の奥に隠していた4℃の小箱までもが寝てた俺の顔面をめがけて飛び出してから、床に転がっていた。
 箱の鋭い角が頬を掠ったのか、肌がピリピリとする。
 興奮と不安が入り交じった昂った頭で箱の蓋を開くと、誕生石のついた指輪が変わらずに箱の中で光沢を放っている。
(はぁ)
 なんと女々しいんだろうか、俺は。
 誕生日に貰ったネクタイも手紙も連絡先も、消去した。
 なのに、受け取って貰えなかったこの指輪を何故、今なお捨てられないのか。
 こうして大事に仕舞っているのか。
(あいつ、元気にしてるかな……地震大丈夫だろうか……)
 少し位置のずれたTVを元の位置に戻してから電源を入れると、ヘルメットを被って冷静を装ったアナウンサーが必死にニュースを読んでいた。
 心細い一人暮らしの俺に、例え画面の向こう側だとしても人の声はありがたかった。
 余震は今も続いている。
 とりあえず、崩れた本のタイトルも見ずに適当に束ねて本棚に入れ直し、無惨にも腕が折れたフィギュアとか足がもげたフィギュアをゴミ箱に捨ててから、布団を上げ、どこからともなく出てきた埃を掃除機で吸い込んだ。
 外の景色は変わりがない。
 どこも崩れてはいないし、誰かが慌てた様子も困った顔をした人も歩いてはいない、変わり映えしない日常が続いていた。
 少し空気が肌寒いくらいなだけの。
 震源地に近い大学の休講を知らせるメールが届いた。
 母親からはLINEがきていた。
 ひと言簡単な返事をしてから、電気ケトルのスイッチを押し、台所とは呼ぶにはお粗末な一口コンロでフライパンを熱し2個卵を落とし塩胡椒して、水を少しだけ差し、蓋をした。蒸し焼きにしている間に、古い冷蔵庫のこれまたお粗末な冷凍庫からラップで包まれたご飯を一食分取り出し、レンジでチンをする。インスタントの味噌汁を椀にあけ湯を注ぐ。温かい湯気が立つ白飯の上に旅行の友を振りかけ、その上に乗っけた目玉焼きの黄身を崩しながら頬張る。半熟加減の目玉焼きと温かい味噌汁が俺を少し満たした。

 洗濯機を回してから、その間に食器を片して、洗い終わって皿を拭いて、洗濯物を小さなベランダの軒下に吊る。
 それからは特にやる事もない。
 やるせなさと虚しさを自覚しないよう、Twitterの画面をただ凝視していた。
 気付くと辺りはもう日が落ちて暗くなっている。

“深夜1時に本震より大きな余震が起こる”

 不吉な予言が凄いスピードで拡散されている。
 俺は血の気が引き、体温が下がったような気分になって急に怖くなった。
 何もかもが怖い。
 電気を付けても薄暗いこの部屋で一人いることも、腕や脚のもげたフィギュアみたいに壊れてゆくことも。
 足元の床が均衡を崩しガラガラと崩れていく感覚。地面は見えない。
 つけっぱなしのTVから聞こえる声が今度は不安を掻き立てる。

 予言が当たらないとは限らない。
 もし当たらなかったら、今日の俺を思いっきり笑い飛ばせばいいだけの話だ。

 念のため、防水仕様のバックパックに少しの食料とペットボトル、ナイフ、充電器が付いたラジオなんかを詰めて、枕元に置いた。
 微雨でも傘はあった方がいいな。
 いや、待て、両手が塞がってしまうのは良くないはずだ。
 撥水加工のウィンドブレイカーも隙間に詰める。雨靴はないから、念の為に防水スプレーを噴いておこうか――――。

 予言が当たった時のため、俺は服を着て、バックパックと小箱を枕元に置き、靴を履いて布団に潜り込んだ。
 もし俺が、明日の朝も生きていたならあいつに連絡してみようかな。


                                      了

〈 余震 〉
〈 微雨 〉
〈 小箱 〉

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