『試合後』ー短編ー
※2021/01/12 作品 1546文字
「あの日のこと、覚えてる?」
あの日、歩道橋の真ん中で
君と、勝負した日のことを。
「いつの日よ。」
それは、君が初めて僕に負けた日で、
「ほら、僕が初めて君に勝った日だよ。」
「私、まだ負けてないもん。」
お互いの人生を賭けた日でもあった。
あの日を境に、
地元に帰ることにした。
ーー退屈だったからね。
会社の退職手続きや家具の引越しで、
慌ただしい数ヶ月を終えて、
地元に戻ることが出来た。
「はぁ〜ぁあ!つっかれた〜。」
椅子から立ち上がり、両手を上げる。
大きく息を吸って、欠伸をする。
「…おっさんかよ。」
ーーわーぉ、怖ーい、怖ーい(棒)。
ロボットのように、棒読みをする。
「怖い子ですねー(棒)。」
「おいっ、引っ張叩くぞ。」
ーー女の子って、怖ー(棒)。
地元に戻ってからは、
ほとんど毎日、香奈子が家に来る。
「ってか、なんで居んの?」
家に来る理由を聞くと、本人曰く、
「何となーく。暇だしー。」
用もなく、暇つぶしに来るみたいだ。
「ここは漫画喫茶ではないんだし…
あっ、そうだ。金とるぞー!
満喫料〜、満喫料〜。」
ホイ、ホイっと、右手で手招きをする。
「やだね〜。逆に、お金取りまーす。
可愛い子といられるレンタル料でー。」
「おいおい。借りた覚えは、一切ない。」
こんなにもだらしなく生きる香奈子が、
あの日、命を賭けた勝負を
先に仕掛けてきた人には、見えないな。
「んじゃ!相殺ってことで!」
「何が相殺やぁぁ!帰れぇぇえ!!」
頭からネジが1本、思いっきり吹き飛んだ。
「うっわ〜、引くわ〜。」
あまりの発狂っぷりを見た香奈子が、
毒舌な発言をかましてきた。
「し、知らねーよ。」
「はいっ!颯斗の負け〜。」
両手を叩き、声のテンションを上げてきた。
「いや、負けてねーし。」
まだ、何も勝負してねーし。
「えー、相手を感情的に
喋らせたら、勝ちなのよ!?」
「いつからしてた!?」
そんな勝負、受けた覚えはない。
「颯斗が棒読みになった時から。
棒読みがスタートの合図でしょ?」
「聞いてないぞぉぉぉおおお!!!」
そんな設定にした覚えもない。
「はいっ!またまた、颯斗の負け〜。」
両手を嬉しそうに叩くチンパンジー。
「くっそ…」
勝手に巻き込まれて
負けとか、意味わかんねぇ。
「ぜってぇ、次こそは、勝ってやる!」
「へぇ〜、やれるものなら
やってみなさいよ。受けて立つわ!」
バッチバチに、目線をぶつけ合う。
「あっち向いてホイッ!!」
ーーは?いきなり何!?
思わず、香奈子が指さす方を見た。
「よっわ〜い。また、颯斗の負けね!」
「うぅ…」
歯をかみ締めて、拳に力が加わる。
「それより、颯斗。
それ、提出しなくていいの?」
香奈子がパソコンの方を指さした。
「あっ。忘れてた…」
ネット上に公開する小説を、
さっき、書き終えたところだった。
「…やっべ。」
急いでパソコンに向かい、
投稿サイトのホームページを開く。
「颯斗って、ほんと、釣られるよねー。」
「…はぁ!?
香奈子の口が、達者なだけだよ。」
ここにいる香奈子は、人を巧みに操る
能力を持った、超絶サイコパスな人間だ。
「えっ。颯斗の耳、壊れちゃったの?
今、治してあげるね。」
「ちょっ…いてぇ、いてぇって。」
これ、耳をつけるどころか、
耳を引きちぎろうとしてるぞ、絶対。
「わっざとっだよー!」
ほんと、調子に乗った猿みたいだ。
いや、それだと、猿に失礼だな。
「…申し訳ない。」
「あれぇ?何に、謝ってんのかなぁ?」
ジロジロと、顔を覗きに来る。
「猿だよ、猿。
いいから、あっち行ってて。」
「私、猿じゃないもん。
だから、あっち行かなーい!」
ーーくっそ、腹立つ。
だけど、香奈子が元気になれて良かった。
「はい、はい。」
「お猿のあんたが、あっち行きなよ!」
ーーごめん、訂正する。
やっぱり、加奈子は、お調子者だ。
当たり前のように思える毎日に、"同じ日がないこと"を知った。きっと、あなたのその行動にも、"同じ行動はない"でしょう。"かけがえのない毎日"と"あなたのその何気ない行動"は、たった一度の出来事なのよね。ありがとう。