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会食恐怖と母

私は6歳頃から成人するまで、会食恐怖症でした。
今回はそのことについて書きたいと思います。
なかなかしんどい内容ですので、興味がある方のみ読み進めてください。
私の体験が会食恐怖で苦しむ方の参考になれたら幸いです。


会食恐怖の始まり

始まった原因は定かではありません。
小学校1年生頃から、食事の時に人の視線が怖く、食べ物が喉を通らなくなってしまいました。

その症状が出るのは、
「慣れない環境に居る時」でした。
人の多い場所や、初めての場所などです。

家では普通に食べることができました。
学校では、新年度のクラス替えをしたばかりの時は、ほとんど食べてなかったように思います。
クラスにも慣れてくると、ある程度は食べることができました。
それでも全体量の三分の一くらいだったと思います。
幸いにも私の通っていた小学校では、給食を残すことに対して厳しくありませんでした。

問題は外食の時でした。
家族と居ても、知らない人が周りに居る環境になると、
まるで喉がきゅっと閉じたようになり、食べ物を飲み込むことが出来ません。
無理に食べようとすると、気分が悪くなりました。
外食の時は決まってそうなりました。


まだ小さかった私は、そのことを母に伝えることが出来ませんでした。
「食べられない」という異常事態を、どう説明したら良いのかわからなかったからです。
それに加え、母は『普通』ではないことをとても嫌がる人でした。
6歳にしてそれを感じていたかはわかりませんが、私はその普通ではない状況を、母に言ってはいけないと感じていました。


つき続けた嘘

人前で食べることが私にとってはとても大きな恐怖でした。
そのような場面になった時、私は嘘をつくようになりました。
お腹が痛い、気持ちが悪い。
そう言って食べることを回避してきました。
過度の緊張により、本当に気分が悪い時もありましたが、
「食べられない」ことをうまく説明できない私は、嘘をつくことでしか自分を守ることができませんでした。

子供会や習い事でのイベントも、私にとっては怖いものでした。
クリスマスパーティーなどのイベントでお菓子をもらっても、それすら喉を通りません。
クッキーの一枚すら食べられなかった時は、子供ながらに自分に絶望したのを覚えています。


子どもがそのような問題を抱えている時、異変に気付き、不安を取り除くのは親の役割ではないかと思います。
私がつき続けた嘘を、母は信じていました。
会食恐怖についての知識を持っていなかったであろう母は、その言葉を信じるしかなかったのかもしれません。
しかし母は、『普通』であることを良しとしていました。
世間体を何よりも気にする母にとって、
「娘が外食時に決まって体調を崩して食べられないのは、もともと小食だからである」
つまり異常ではない。という事実を認識しているほうが、安心できたのだと思います。
母は『普通』である私しか見ていませんでした。


消えてなくなりたい

もともと集団行動が苦手な上に、会食の恐怖も抱えている私にとって、修学旅行は恐怖以外の何物でもありませんでした。
小学校、中学校、高校と、それぞれ辛いエピソードしかありませんが、中でも小学校の時、少人数の班に分かれて昼食を取った時のこと。ラーメン屋に入った私の班は、もちろん一人につき一杯のラーメンを注文します。
私は目の前に出されたラーメンを、一口も食べることができませんでした。
周りに居た他のお客さんたちも徐々に食べない私を気にし始め、心配してくれました。しかし周りに気にされて心配されるほど、私の喉は固く閉じてしまうのです。

「お腹が痛い」と嘘をつくと、お店の方が正露丸を出してくれました。
ですが私はその薬さえも飲み込むことができませんでした。

作っていただいたラーメンを一口も食べることが出来ずに、好意で出してもたった薬も飲めず、申し訳なさで本当に消えてなくなりたい気持ちでした。

中学生になり友達と遊ぶ時も、やはり会食の恐怖に悩まされました。
嘘をついたり繕ったりしなければならないことが辛くて、友達と遊ぶことも少なくなりました。


母に告げる

そんな中、突然母にそのことを告げる日がやってきます。
中学生の時です。叔母と母と三人で食事に行きました。
レストランに行く時ははなるべく量の少ないものや、グラタンなど喉を通りやすいものを注文していました。時と場合により、軽食だと少しは食べられることがあったからです。

ですがその日は、叔母がステーキをご馳走してくれたのです。
私は断れず、目の前に豪華なステーキが出されましたが、案の定、体がこわばり喉が閉じ、一口も食べられませんでした。

家に帰って母は激怒しました。
それはそうです。母の怒りもわかります。
叔母がお金を出してくれた食事に一口も手を付けず、お店にも迷惑をかけました。母が怒るのも無理はありません。

私は母に謝り、なんとかごまかそうとしましたがごまかしきれず、
「人の視線が怖くて食べられない」
と言いました。


母はヒステリックに叫びました。
「そんなのアンタの自意識過剰じゃない!!」



その通りです。間違いありません。
確かに、自意識の過剰から恐怖を感じ、体に異常が現れるのでしょう。
お店に入ったら、店員さんもお客さんも全員が私に注目しているわけがありません。

ですがわたしはその恐怖を、6歳の頃から一人で抱えていました。
誰にも言えず、一人で苦しみ、こんな自分はおかしいのだと、自分を否定することしかできませんでした。


母に言ったらこうなることがわかっていたからです。
私にとって母に拒絶されることが一番の恐怖でした。



最後まで書きたかったのですが、長くなったので今回はここまでにします。
次は私が会食恐怖を克服した経緯について書きたいと思います。

重たい話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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