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BEST OF 2022

2022年の年間ベストです。30作選び順位を付けました。全作感想付きなので記事が長くなってしまい読みにくいかもしれませんが、どれも素晴らしい作品なのでザっとスクロールしてアートワーク目に留まったものだけでも聴いてみていただければ幸いです。画像をクリックで試聴などできるサイトへ飛びます。ではどうぞ。


30. Blackhaine『Armour II』

UKプレストンのラッパーによる新作。エクスペリメンタル/アブストラクト度合いでは2021年の『And Salford Falls Apart』には劣る印象ですが、しかしながらこの雰囲気の統一感は私にはめちゃくちゃ魅力的。そもそも彼の音に惹かれたのはデビューEP『Armour』の正に雰囲気の部分だったのでその続編たる本作がそこを崩さずしっかりと継承してくれていることに嬉しさがありました。近いシーンの音楽として語られている印象のIceboy Violet『The Vanity Project』やCoby Sey『Conduit』もよかったんですが、繰り返し聴いたのは本作でした。


29. a0n0『City Lights』

実験音楽などを扱うレーベル「時の崖」の運営者でもある日本・仙台の音楽家a0n0が、2020年より異常なペースでリリースを続けるイタリアのレーベルSUPERPANGよりリリースした一作。再生即目の前を覆う電子ノイズ、切れ目となるフィールドレコーディング、ラストに配された彩の異なるリミックス×2、からなる全編22分。例えば一発録りで作られてるだとか、何らかのそういった性質があるのかはわからないんですが、この作品自分にとってはバチーンと「むきだし」の衝撃に当てられたかと思うとこちらが起き上がるのも待たずさっさと次に行ってるみたいな清々しさから「パンク」な魅力が溢れまくってる作品って印象になってます。ノイズミュージックとしても存在感抜群の図太い音響が鳴っていながら、どの音もあまり即物的には聴こえず、「色」が付いてるように感じられるからなのか、繰り返し聴いてるとどれも「いい曲だな」と思えてくるのがまた不思議で面白い。


28. Prison Religion『Hard Industrial B.O.P.』

USリッチモンドの2人組Prison Religionが、Lee GambleのレーベルUIQよりリリースした作品。2021年に『28』というなかなかにエグい作品を出したS280Fがプロデューサーとして関わっています。メタル領域のエクストリームな音楽(特にブラックメタルとかドゥーム)とクラブ/エレクトロニック方面の音の混交って5年前くらい(?)から年々増えてる印象で、おそらくその流れはもうある程度定着した(落ち着いた)ものになってるのかもしれませんが、自分はそこに最初あまりうまくノレなかった分ここ2年くらい興味が増してきていて、本作はそこに強烈にかましてくれる一作でした。まあ厳密にいうと彼らはエクストリームなロック・ミュージックとはいってもハードコア・パンクの流れみたいですが、サウンドは(もちろん前のめりな音の放射だったり曲の短さがそれを感じさせるうえで)メタルの流れを組み込んだ作品に引けを取らないヘヴィーさも十二分に備えています。自分はこういうタイプの音楽って聴きたくなる機会も一度に聴き続けられる時間もそう多く/長くないので、こういう短い時間でインパクトくれる潔い作品がポイント高くなりますね。近い感触の音楽としてDanse NoireからリリースされたBlightcaster『Blightcaster』もよかったんですが、電子音の振り切れたグシャグシャ具合などでこちらがよりヤバさ感じさせたかなと。2022年にUIQはこれとSafa『Ibtihalat』の2作出したのみなんですが、どっちも全然違うタイプのヤバさがあるので未聴の方は聴いて下さい。


27. Yunzero『Butterfly DNA』

メルボルン拠点のプロデューサーYunzeroがHUERCO S.のレーベルWest Mineral Ltd.よりリリースした作品。こちらの記事で取り上げたダブ×アンビエントの潮流では今年も良作が多数出ていて、同じくWest Mineralからの流体化したR&Bもしくはダウンテンポ化したSlowdive『Pygmalion』みたいにも聴こえるPontiac Streator『Sone Glo』、この潮流の中でも極エクスペリメンタルからエキゾ・ダブ~チェンバー・アンビエント(?)な作風まで雑多に披露してきたBen Bondyのいつになく穏やかな(しかしサウンドの彩りは凄まじい)セルフタイトル作『Ben Bondy』、ExaelとPerilaが組んでシューゲ化(?)した音楽性を披露したbaby bong『baby bong』、Dublin『Dublin』はじめ新興レーベルwherethetimegoesからの諸作品、他にもLai『Pome』やTIBSLC『How To Open Your Eyes In The Eye Of A Sandstorm』などよかったんですが、最も気に入ったのがこれでした。本作は収録トラックの制作期間が2013~2021年とかなり長く、そのためかトラック毎にかなり作風にバラつきがあるんですが、そこをなんとかミニマル・ダブ的な空間処理だったり音質トリートメントが繋いでいる印象です。それに加えて曲間なく移り変わっていく収録形態なため、聴いてる感覚はさながらミニマル・ダブ~ダブ・テクノの拡大解釈をテーマとしたDJミックスのよう。なので先に挙げた作品に比べると(作品の統一性を担保しているのは「アンビエンス」だと思いますが)ダンス・ミュージックとしての威力強めですが、そこがよかった。


26. Denzel Curry『Melt My Eyez See Your Future』

2022年は友人にヒップホップのレコメンドをすることがあったのがきっかけになって好きなヒップホップの作品をよく聴き返していました。で、新譜はというとその合間にたまに聴く程度だったんですが本作は特に気に入って繰り返し聴きました。Denzel Curryは2018年の『TA13OO』がめっちゃ好きなんですが本作は(第一印象はそこまでではなかったのに)もしかしたらそれ以上に好きかも。なんかエグく攻めてくるところと気楽に言葉流すように出すとこ、生演奏でメローなブーンバップ(?)的なアプローチとトラップ以降な感じのダークな音、などのバランスがどれも絶妙に今の自分に丁度よかった作品です。


25. Nick Storring『Music from Wéi 成为』

トロント在住の作曲家Nick Storringによる作品。彼の作品はプロフィールによるとEve Egoyan, Quatuor Bozziniなど私の知っているような演奏家にも取り上げられているそうで、いわゆる現代音楽の文脈にも接した活動を行っているようです。しかしながら録音作品として発表されているものについてはその多くが非常に多種多様な楽器を自ら演奏し、それを端正なクラシカル由来のセンスだけでなくコンクレート的感性も多分に加えたうえで編まれる「one-person-orchestra」な成り立ちとなっています。私は彼の作品はデビュー作となるEntr’acteからの『Rife』以来ほとんどチェックしていなかったんですが、それ以降もOrange Milk、Never Anything、mappaなどのレーベルからコンスタントに作品を発表していたんですね…。ということで今回これを書くにあたって一通り聴いてみたんですが、それらの作品ではその「one-person-orchestra」の作風が格段に深化していて、特に2020年の『My Magic Dreams Have Lost Their Spell』と2021年の『Newfoundout』は今更ながら素晴らしい傑作……!で、本題のこの『Music from Wéi 成为』ですが、ここではこれまでの作品で本当に夥しい種類用いられていた楽器が基本的にピアノ(コンピュータ制御のアコースティックピアノであるディスクラヴィアなど特殊なものも含む)に絞られていて、これまでの雑多といえるような彩りのサウンドとは対照的なほど音響面での統一感を持って進行する一作になっています。しかしピアノのみとはいっても内部奏法であったり、おそらくE-bowなどを駆使して出したと思われる持続音、グラニュライズ的なエフェクトサウンドなども含まれているため、再生する度にそこかしこに細工が見つかる、彼らしい奥深い作り込みがしっかり伺える作品にもなっていて、自分らしいピアノへの向き合い方を突き詰めた仕上がりがお見事。ピアノ使ってるところはもちろん和声的な部分やサウンドの工夫など、同年リリースのDuval Timothy『Meeting with a Judas Tree』と並べて聴いても面白いのでは。


24. Jasmine Myra『Horizons』

UKリーズのサックス奏者/作曲家/バンドリーダーによるデビュー作。柔らかい音色のピアノやギターなどに導かれるサックスの心地よいアドリブラインから、自分にはまず柔らかな印象の音楽として聴こえてきたんですが、しかし聴き込めば聴き込むほどにこれ確実に大部分が「踊れる」ことを手放さずに作曲されていて、本当に見事なバランスで優美さと躍動性が同時に身体に入って来る音楽になっています。録音の質感もまろやかで楽器が空間を共有しているニュアンスもありつつ特にベースのアタック感はしっかり感じられたりと、音楽性と強く結びついていてとてもいい。あと本作、ストリングスのアレンジも随所で効いているいるんですが、それが入るとメロディーの感じが久石譲っぽく聴こえてくるところがあって面白いです。


23. Romance『Once Upon A Time』

インダストリアル~ダンスミュージック~アンビエント、そしてエクスペリメンタルをシンセを鍵として横断/混在させるようなリリースを展開するレーベルEcstaticよりコンスタントに作品を発表しているロンドン拠点の作家Romanceによるアルバム。これまでも程よく靄がかったシンセアンビエントを聴かせていて、更に2021年のNot Wavingとのコラボ作『Eyes Of Fate』ではシンセの運動性が増しアンビエントとスリリングなエレクトロニック・ミュージックのいいとこ取りみたいな作風を披露していましたが、本作ではなんとセリーヌ・ディオンの楽曲をサンプリング、スローダウンし、ヴェイパー以降な感触も多分に備えた世俗/秘境が同居するかのような、レア・グルーヴならぬドメジャー・アンビエンスな傑作。てか自身の持つ感覚を頼りに既存の音楽に潜む「アンビエンス」を掘り起こすって考えるとやってることは思いっきりレア・グルーヴな作品なんだろうなこれ。bandcampの作品ページの紹介文がかなりよくて、eccojamsとかFloral ShoppeとかBasinskiとか例に出されるのはお決まりですがClams Casinoの名前まで出ていて、たしかに音の感触としてはそれが一番近いのかも。2022年は(あくまで自分がよく聴いてる電子音楽とアンビエントの範囲で)声の存在感なり用い方が面白い引っかかりを生んでる作品が多かった印象なんですが、本作はその急先鋒でした。ちなみに本作にはカセット(既に売り切れ)にのみ含まれていた楽曲があったようで、それらは最近別途『In My Hour Of Weakness, I Found A Sweetness』というタイトルでリリースされています。


22. Julia Reidy『World in World』

Editions Megoなどから作品をリリースしてきたベルリン拠点のギタリスト/作曲家Julia Reidyによる作品。これまでの作品では複雑なエフェクトを纏ったギターと声によって、フォーキーさとどこかサイケな感触が入り混じる電子的な音響を生み出していましたが、本作はエフェクトが後退しギターのクリーンなトーンが軸となるかなりフォーキーな仕上がり。ただその一見シンプルになったかのような変化の中でポイントになってるのが本作で用いられている純正律ギター(ジャケに写ってるフレットの位置がだいぶ複雑なことになってるやつ)で、平均律に慣れた耳には少し違和感のある、しかし魅力的な音の連なりがそこかしこにこだましています。純正律はそのメリットとしてうなりのない和音が得られることがまず挙げられることが多いですが、ここではディレイ/ルーパー系のエフェクトの多用で聴きなれない音程が折り重なることで、むしろ平均律によって文字通り均された「音程」という表現領域のあわいを触れ回るような、複雑な揺らぎのニュアンスが生み出されているように感じます。bandcampの紹介文ではGrouperの名前が出されていて、それらのアンビエントもしくはドローン・フォークと呼ばれる音楽家や、古くはアシッド・フォークの系譜にある音楽家たちも、更にはギターの空間系のエフェクトを多用するあらゆる音楽も、この「あわい」に触れるために様々な方法を用いている、と言えそうですが、本作はそこに新規なアプローチで踏み込んだなかなか画期的な作品ではないでしょうか。あととても朧げに用いられる声の存在もすごくよくて、手元の楽器を何処までも心地よく鳴らし続けた結果自然に発声していまってるみたいなその在り方が、同年のCaterina Barbieri『Spirit Exit』と少し通じるような気も(彼女のメイン楽器はシンセですが、たしか『Ecstatic Computation』リリース時のインタビューで「自分の音楽はギター・ミュージックだと思っている」みたいなこと言ってたはず)。


21. Dialect『Advanced Myth』

リヴァプールの作曲家Andrew PM HuntによるプロジェクトDialectの作品。ミニマルなフレーズの繰り返しや素朴なメロディーが慎まやかに編まれた器楽作品としての面と、くすんだ音質の(自然も動物も人間も含んだ)種々の世界の音を貼り合わせたコラージュ的側面がなんとなく同居してしまってる、みたいな不思議なテンションの作品。曲間がフェードイン/アウトで繋がれていることもあって、それらの側面にも切れ目がなく、何も考えなくともその同居をぼんやり飲み込めてしまうみたいな聴き心地がとてもいい。いくつもの曲が繋がれた形式なので移り変わりや展開はもちろん十分にあるんですが、全編通して「凪」な印象を受けます。その同居の塩梅や力加減が今の自分にあまりにしっくり来たため本作完全に新作だと思ってずっと聴いてたんですが、これオリジナルは2015年に出てて今年LP化されジャケなども新たに再発ってパターンだったみたいです。まあそう言われればこれ初めて聴いた時(2021年の『under~between』は聴いていたのでそれとの比較で)この人こんな音質で作るタイプの人だったけ?とは思いましたが……。ずっと新作として聴いてたので(今からこれ削って選び直すの面倒なので)再発ですが入れときます。


20. ulla『foam』

昨年の記事「2021年のベストアルバム:ダブ×アンビエントは何処へ行く?~その可能性を示す10アルバム~」でも取り上げたように、近年のダブ×アンビエント流れの注目作家でありながらこと近作『Limitless Frame』や『Hope Sonata』においてはチェンバー・ジャズ(?)な意匠も組み込み新たな顔を見せていたullaの新作。なんと今度は思いっきりグリッチ・エレクトロニカ化しています。正に本来の流れから「切り出された」感ありありなピアノや声のサンプルの濁った浮遊で描かれる重心の不安定なループとたわみの音楽。なんとも懐かしさを感じてしまうサウンドではありますが、Stephan Mathieu『FrequencyLib』よりも幻想的なレイヤーで、sora『re.sort』よりも底の抜けたような空間性をアピールする、個人的にめちゃくちゃツボなところに入って来る正にスウィートスポットな仕上がりでこれは逆らえない。ほとんどの曲で声を使ってくるとこや、サンプルの纏ったノイズが浮上/カットのニュアンスをより際立たせるとこなど、サンプリングで作る時の官能発声ポイントを蒸留抽出した音楽みたいにも聴こえます。最高。


19. Cadu Tenório『Lágrima』

2014年にリリースされたCadu Tenório + Marcio Bulk『Banquete』が記憶に残っているブラジル・リオデジャネイロの音楽家Cadu Tenórioによる作品。声が溶け込んだパッド系の音色がやや不協和な色合いで空間を染め上げ、グリッド上をランダムにバラつくようにキックが打たれ続けるところに、スローダウンされた歌声サンプルが乗る、このサウンドの取り合わせがあまりに素晴らしく、もうほぼこの印象だけで全編持って行かれるみたいなアルバム。「涙」を意味するタイトルと、キャプションに書かれた親友へのメッセージも相まって、アンビエントらしき音響が哀歌として鳴り響く、正に自分が聴いてみたかった表現形態の傑作でした。歌声の用い方の点では同年のRomance『Once Upon A Time』と、スリリングな和声ひいては音響の編み方の部分ではPan Daijing『Tissues』なんかと並べて聴きたい一作でもありますね。


18. Batu『Opal』

UKはブリストル拠点のテクノ/ベース・ミュージックのプロデューサーBatuによるアルバム。音源リリースだけ辿ってみてもキャリアは10年近くになるようですがアルバム作品のリリースはこれが初だそうです。リリースは自身のレーベルTimedanceから。この人は2021年に出した12インチ『I Own Your Energy』が、エッジーな音が飛び交いつつそれらがビルドアップ感にばっちり繋がったハイエナジーなテクノミュージックで印象に残ってたんですが、今作はエッジーさがなんか他のところ向いてる感じで、風変りな音色は相変わらず沢山用いてるんですがなぜかまろやか(?)な印象が残ります。音に不思議な丸みと立体性があるというか……。それらの音は機能の面でも「踊れる」ことに繋がってるように感じられる時もあれば、なんだかよくわからない場面も結構あってなかなか変な、でも面白いバランスの作品出してきたな~と。終始踊れるといった観点とはまた異なる視点で、しかしアルバム作品としての流れはめちゃくちゃ練られているので途中のウェイトレス(?)な時間の存在も全然違和感はなく、なかなかハマれる作品です。機能性をキープしつつエレクトロニック/シンセ・ミュージックとしての遊びを入れまくるみたいなことをこの年一番巧くやったアルバムかもしれませんね。


17. Klein『Cave in the Wind』

キャリア初期にNONやHyperdubからEPをリリース、2019年の『Lifetime』で大いに騒がれ(これ今聴いてもヤバい)、エクスペリメンタルとクラブを横断する異形の新鋭的なイメージだった、と思ったら2021年にはクラシック音楽のレーベルPentatoneから穏やかなアンビエント(?)作品『Harmattan』をリリース、活動の先が読めない印象を強めていたタイミングでリリースされたまたまたクセがすごい一作。実験的アンビエント作品、と一応いえるかもしれませんが『Harmattan』と比べるとそれ以前の作品に見られた悪夢的コラージュの感覚が全編に充満、場面によってはNNWすら想起させる不穏さとフリーキーさに至っています。しかしながら興味深いのがその音の混在を流体的に聴かせてしまう展開の作り方で、先にNNWの名前出しちゃいましたがこの辺の感じ踏まえるとMichèle Bokanowskiがスクリュードだったりクラブ・ミュージックや現代的なR&Bの音響感覚で音楽作ったら……みたいなifが一番近いのかも。聴いてると「Cascaded Collage」って語が浮かんできました。


16. John Also Bennett『Out there in the middle of nowhere』

2019年にShelter Pressからリリースされた名作『Erg Herbe』が印象深い音楽家John Also Bennettによる新作。サウスダコタのバッドランドを巡るパンデミック・ロードトリップや、妻のChristina Vantzouと共に移住したクレタ島の崖っぷちの村Livanianaの環境/経験が反映された作品とのこと。独自の微分音調律で奏でられるラップスティールギターと、そのフレーズをリアルタイムでMIDI変換しトリガーされるヤマハのシンセサイザーによる演奏がアルバムの核ですが、空間に放たれると何処までも真っすぐに伸びていくようなそのサウンドは、(ジャケの絵による先入観も大いにありそうですが)遮るもののないバッドランドの崖上の景色、更には人気のない静けさや空気の乾燥具合までも連想させられてしまうような、濃密な空間性と気配を帯びています。伸びやかに広がる音が地平線に吸い込まれ消えてゆくのを眺めるかのような発音の「間」や時間の使い方も素晴らしく贅沢で、「この人今自分とは全然違う時間感覚の中で生きてるんだろうな」とか「あなたは何処にいるの?(何処にいればそんな風に音がだせるの?)」といったことが頭に浮かぶほど。まるで時間が止まったかと錯覚するような「真っすぐに伸びていく」音の性質がそうさせるのか、再生すると聴いているこちらの身体の動きが固まり、一方で意識は鋭く音の肌理に向かうしかなく、双方がマクロ/ミクロな時間感覚に引き裂かれるような得難い体験をさせてくれる作品です。


15. Wojciech Rusin『Syphon』

ポーランドの作曲家Wojciech Rusinによる作品。本作は「錬金術」三部作と位置付けられた作品の第二作にあたるそうです(第一昨は2019年にAkashic Recordsからリリースされた『The Funnel』)。ソプラノ歌手のEden GirmaとEmmy Broughtonが参加しその歌声を多数の曲で中心に据えながら、中世とルネッサンス期の音楽の引用、3Dプリントされた楽器などの使用、電子的な加工編集なども組み合わされ、なんとも形容の難しいバランスの音楽が生まれています。ジャンルでいうならモダン・クラシカルとかに分類されるのかな……でもこれだけ明確な旋律や器楽の要素を持ちながらも、何度も聴いていてもなかなか記憶に定着しない掴み難さがある辺り、それで済ませられない抽象性や複雑性を獲得できているように思います。ただそこを現状自分の言葉ではなかなか表現できないので、今回挙げる作品の中でも(リスナーとして大いに惹かれつつ)自分の手に余るものを感じる一作です。そういった手に余る感じと、あと単純にソプラノ・ボイスなんかがしっかり組み込まれている辺りで、Pan Daijing『Tissues』に通じる作品という印象もあるので、合わせて是非。本作をリリースしたレーベルのAD 93はこの年他にもCoby『Conduit』やMoin『Paste』などをリリースし、間違いなく最も勢いのあるレーベルの一つだったと思いますが、私が一番惹かれたのは本作でした。


14. IHVH『Agnostic』

共にTouchからのリリースが印象深い音楽家であるMark Van HoenとZachary PaulによるユニットIHVHによる作品。リリースはTouchの運営者でもあるMike Hardingが並行して運営しているAsh Internationalから。本作聴いての第一印象は「これDrøne(Mark Van HoenとMike Hardingによるユニット)の一代傑作『The Stilling』と同じ地平にある音楽じゃん!」というものだったんですが、調べてみるとこれ元々は『The Stilling』と同じ2020年に限定的にリリースされていて、2022年に再発という流れだったみたいです。雑多なサンプリング音声に官能的なswellだけでなく呻きや嘶きのニュアンスも持つストリングス、ドローン・ミュージックからのフィードバックとしてもたらされたと思しき線的な展開の在り方などなど……どれもやはり『The Stilling』と通じる部分にはなってしまうんですが、今の自分こういうの本当にどうしようもなく好きですね。(ちなみに『The Stilling』については「コラージュ×アンビエントで振り返る2020年の音楽」で取り上げてしっかり書いていますので是非。)


13. Carmen Villain『Only Love From Now On』

ノルウェーはオスロ拠点の音楽家Carmen Villainによる作品。Arve AnriksenやJohanna Scheie Orellanaも参加し、いわゆる第四世界音楽の再評価ここに極まれりって感じのアンビエント・ジャズを聴かせてくれます。2022年はSmalltown Supersoundが本当にいい作品を連発していて、本作に加えて、同じくベストに入れてるDeathprod『Sow Your Gold In The White Foliated Earth』、他にもArve Henriksen, Kjetil Husebø『Sequential Stream』、Anja Lauvdal『From A Story Now Lost』、rRoxymore『Perpetual Now』、Kelly Lee Owens『LP.8』とか素晴らしかったです。この年のベスト・レーベルはここでしょう。


12. Deathprod『Sow Your Gold In The White Foliated Earth』

ノルウェーはオスロの作曲家Deathprodが、Harry Partchが制作した楽器のために書いた作曲作品集(演奏はケルンの楽団Ensemble Musikfabrik)。ハリー・パーチは独自のチューニングを施した多数の楽器の発明で知られるアメリカの作曲家ですが、本作にはその魅力が非常にわかりやすく表れている印象です。聴きなれない音律の描く模様が虚ろな色合いの残響を呼び込んだり、また曲によってはまばらに鳴るサウンドが金網のフェンスに枝を当てて走らせる様を想起させたり。パーチはその音律に’’「ギリシアやアジア」の抑揚を反映している’’とも語っていたそうですが、たしかにそれとなくアジアっぽさを感じる曲もなくはないです。ただここではそれが「癒し」に近い雰囲気より儀式性を映し出す方向に向かってるのが作曲者の個性という気がします。で、そのトーンが私はとても好みです。


11. Park Jiha『The Gleam』

韓国出身のマルチ楽器奏者、作曲家Park Jihaによる作品。ジャケが非常にインパクトありますが、これはsaenghwang(セングァン?)という韓国の楽器で、日本の雅楽の笙にも似た構造とサウンドを持っています(元々は中国の笙に由来する楽器だそうです)。本作はこれに加えYanggeumというダルシマーに近い韓国の伝統楽器、そしてグロッケンシュピールを用いて、安藤忠雄が設計した地下壕で録音された即興演奏をベースにした作品とのこと。作品のテーマには「光」が据えられていて、安藤忠雄の地下壕の天井には部屋を横切る光の道(有名な「光の教会」と同様のあの感じでしょうか)があったことも作品概要に記されています。それによる先入観も多少はあると思いますが、たしかに聴いているとくっきりと光の差す室内を思い浮かべてしまうような音楽で、器楽作品であることと録音の質感などで同年に発表されたDeathprod『Sow Your Gold In The White Foliated Earth』と通じるものを感じます。と同時にDeathprodは光の遮られた屋内を、本作は光が差す屋内を想像させるところが対照的でもあり、自分にとっては並べて聴きたくなる作品になってます。


10. Racine『Amitiés』

モントリオールの音楽家Racineによる作品。冒頭こそハーモニウムの演奏風景(親が演奏しているところをiphoneで録ったものだそう)から始まりますが、そこからは電子音をメインにインダストリーかつデコンストラクテッド・クラブ以降なエグさも携えて綴られる、時に舞踏作品のための音楽のようにも官能的なチェンバー・アンビエントのようにも聴こえる作品って仕上がりになってます。ストリングス系をはじめ明確にアコースティック楽器を思わせるサウンドや声も多々使用されていますが、これらはキャプションによると大部分がデジタルのいわゆるソフト音源やyoutubeからのサンプリングによるもののようです(知らずに聴いていてもそうじゃないかなと思うようなテクスチャーです)。個人的に今のソフト音源やソフトシンセの生むサウンドってとても面白いと思っているんですが(最近「機材」としてはマジでそういうのばっか買ってます)、それを活かした音楽として自分が思い浮かべるものにこれかなり近くて、いろんな意味で「あ~先にやられてしまった」というような悔しさすら滲むほど魅力的に聴こえました。特にアタックの強いストリングス系のサウンドで躍動感を生む手つきだったり、ところどころで耳に食い込んでくるようなエグい音色の作りはめっちゃ勉強になる…。そして古典的な意味での「作曲」の部分というか、断片的な扱われ方をされているように聴こえる箇所でもフレーズがどれも自分好みなのもポイント高い(この辺の惹かれ具合はyolabmi『For Wind Poetry』と近いかも)。あと本作と同じくDanse NoireからリリースされたBlightcaster『Blightcaster』もめっちゃいいです。今年この2作しか出してないけど特に印象に残ったレーベルの1つでした。


9. Ripatti Deluxe『Speed Demon』

2020年の『Rakka』リリース以降ちょっと心配になるような異常なテンションの作品を立て続けに出してるVladislav Delayですが、今年もEivind Aarsetとの共作『Singles』とソロ新作となるVladislav Delay『Isoviha』があったうえで極めつけにドロップされたのがこの謎なネーミングの新名義での一作。Delay名義での近作は何よりドゥーミーという表現もちらつくほどのサウンドの重さエグさが印象的でしたが、今作はそれも踏まえつつ2021年にSasu Ripatti名義でPlanet Muから出したジュークな作風の『Fun Is Not A Straight Line』のノリも飲み込んで、更にいろんなリズムも試してるみたいな印象です。かなり忙しない印象のアルバムではありますが、その辺の表現含め現在進行形でいろんな音楽聴いてるんだろうなというのが伝わる多彩さ。現在最もホットなNyege Nyege Tapesに真っ向から対抗できるほどのユーモアと求心性を感じます(というかその辺りの音に触発されてるように聴こえる部分も少しある気がします)。特に7曲目はブラックメタル切り刻んだ(?)みたいなサンプル使いやら、スタスタすっ飛ばすツービート的なドラムが挿入されるやらでなんでこの人がこんなん作ってるんだとわけわからなくて聴く度笑えてきます。


8. Vic Bang『Burung』

Vic Bangはアルゼンチン・ブエノスアイレス出身のアーティストVictoria Barcaによるプロジェクト。今作で初めて知ったんですが、なんだかおもちゃの音具っぽいサウンドが明瞭な音像で四方からリズミックに鳴るやたらと風通しよく楽しい音楽。2022年はエレクトロニカの再発見的な方向性に聴こえる作品が多数リリースされ話題にもなっていた印象ですが、今作も聴いてるとサウンドからなんとなく「トイトロニカ」という言葉が浮かんできたりします。しかしながら本作は他の再発見的な作品の多くが直接的に近似性を認識できるサウンドを出しているのに比べそのような傾向が非常に薄い印象で、異なるサウンドの配列/美学に基づきながら相通ずる感触に辿り着いてる稀有な例なんじゃないかと感じます。音の成形/配列どちらのレベルでもその点的な扱いのセンスがずば抜けてて、分析まではできてませんがリズムも相当面白いです。あとここまで書いた今思い当たりましたが、もしかしたらレイ・ハラカミに近いのかもしれません。


7. KMRU & Aho Ssan『Limen』

2022年エグい音出しまし大賞。2020年Edtions Megoからの『Peel』で一躍現代アンビエントの注目作家となったKMRUと、同じく2020年Subtextからの『Simulacrum』でデコンストラクテッド・クラブの臨界点的なサウンドを提示し驚愕のデビューを飾ったAho Ssan、個人的には結構意外だった組み合わせのコラボ作。Aho Ssanが現代でも随一のエグい音を出せる人物であることは『Simulacrum』で証明済みでしたが、今作はそれをドローン的というか、グリッドを異化するのではなくそもそもそれがない地平に塗りたくるように用いることもできるのかというところで驚きがありました。サウンドの面ではAho Ssanのセンスが支配的に感じられる時間が多いですが、このような用い方はKMRUと組むことなしにはなかなか成しえなかったんじゃないでしょうか。しかし1曲目のなんというかOutput Portalを外部モジュレーションでシバキ倒したみたいな音がガンガン振りかけられるような容赦なくまだらな音の層の迫力ったらないですね。しかしこんだけ表面上カオティックに変質し続けてるように音を重ねてるのが、それでもある種モード的といえるようなピッチの「地続き」性を保っているように感じられるところがまた凄い。耳の向け方を少し変えるだけで「ノイズ」と「ドローン」どちらにも認識が振れ得るような、マジで境界線上の音楽。サウンド面での破綻ギリギリを攻めるみたいな凄みはBen Frostに近いものも感じます。


6. Leo Okagawa / Ayami Suzuki『Live at Ftarri, September 12, 2021』

共に東京を拠点に活動しているLeo OkagawaとAyami Suzukiが水道橋のCDショップ兼ライブスペースであるFtarriで行ったデュオ演奏の録音。Leo Okagawaによるエレクトロニクス、シンセ類が放つスタティックな音響の地平にAyami Suzukiの声が遠巻きから現れ、徐々に前後関係が逆転していくような導入~前半の流れがまずとても魅力的で、特に冒頭の滲んでいた風景がゆっくりと鮮明に表れてくるような音の立ち上がりは自然に、しかし確実に深くこちらの意識を「聴取」のモードに導いてくれる最高な時間。冒頭先に聴こえてくるのがOkagawaさんの音なこともあって、それは最初のうちは演奏というフレームにおける「地」、つまりそれ自体被写体(これは音楽なので被聴体?)として認識されているんですが、時間が進み、Suzukiさんの声が旋律的な動きを形成していくにつれ、劇的な変化はなく鳴り続けているはずのOkagawaさんの音はいつの間にか、さながら長回しで声の動きを捉えるカメラの作動音のように、被写体となり得ない存在にすげ変わっている感覚があり、先に「前後関係の逆転」と書きましたが、むしろ聴取のモードに入った意識によって彼の音が追い越される時間があるというのがより正確かもしれません。鳴り自体は終始明瞭に思えるOkagawaさんの音がこのような「存在の濃淡」をダイナミックに変位させるのがとても興味深い。彼のソロ作品では変位の具合はここまでダイナミックではなかったように思うので、やはり声が意識を引き付ける力とか関係してるんでしょうかね。本作最初聴いた時になぜかタル・ベーラの映画のことが頭に浮かんだんですが、そういえば彼の映画でも多用される長回しによってカメラの存在が意識から消える時間が(決して多くはないですが)あるような気がします。だいぶ話逸れますがアルフォンソ・キュアロンの映画だと長回しが続けば続くほど撮影者という存在が鑑賞者の脳内にチラついてくる印象なので、この辺の感覚の表れ方の違いって考えてみると面白いですね。とまあこれほど長回しゆえの感覚であったりそれについての思考を刺激される作品なので、本作の最もいい部分はもしかしたら39分1トラックという長さなのかもしれません。


5. yolabmi『For Wind Poetry』

東京在住の音楽家yolabmiによる、2019年の『Life In A Shell』、2021年の『By The Sea』に続く三部作の最終作という位置付けの新作。ミュージック・コンクレート的といったらいいのか、スリリングな音のカットが入る冒頭の「Reborn (+Felt)」に始まり、随所で波の音や水中でたつ物音を思わせるサウンドを纏いながら、進むにつれ穏やかなアンビエントへと、まるで漂流物が浜辺に上げられるように辿り着く、とてもイマジネーティブなアルバム。彼は現在モジュラーをメインに扱い音楽活動を行っているようで、本作はそれによると思われる豊かなシンセサウンドがまず挙げられる魅力ですが、1曲目の展開の作り方なんかはDAWを使った手の込んだ編集によるものとも思える感じで(これもモジュラーのみでやってたら凄い)、予めの仕込みや編集と即興どういうバランスで作ってるのか気になるところ。で、もちろんそういったサウンド面だけでも素晴らしいんですが、この作品に自分が強く惹かれるのは案外曲の基幹となっているフレーズの美しさっていう古典的な部分にある気がします。細かいところで耳に留まったり興味を引くポイントは多々あれど、正直「そんなことよりどれもめっちゃいい曲じゃん」ってのが最も全面にくる印象。最後の2曲とかマジで名曲だと思う。


4. Pan Daijing『Tissues』

PANなどからリリースを重ねる注目の新鋭作家でありながら個人的には今までの作品があんまりピンときていなかったPan Daijing新作。本作には一発でやられました。作品概要にはなんじゃろいろいろと書いてあって、どうも本作は本来舞台作品的な性質のもののようですが、正直コンセプトやそういった背景がどうでもよくなるくらい音だけでやられてしまいました。ただ1曲55分という形式なのでそこまで繰り返し聴けておらず(聴いたの多分十数回くらい?)、そのためまだ聴く度に音に新鮮味があるので、現状この作品について浮かんでくるのはここの音ヤベーの連鎖でしかないです。例えば序盤からしばらく続く声と電子ドローンの重なりにおける、声の明瞭さを全く阻害しない電子音の作り込み(この点はLeo Okagawa / Ayami Suzuki『Live at Ftarri, September 12, 2021』と通じるようでいて、しかしその実現の仕方はかなり異なっているように思えます)。更に23分辺りからの各段に威力を増して迫りくるドローン音響のエグさかっこよさ素晴らしさ。そして43:30辺りから鳴るギター(?)のようなサウンドの絶妙なアタック感などなど……。私は年間ベスト毎年書く最も強い理由がそれまで「なんかヤベー」と思って聴いてた作品の「なんか」の部分を出来る限り明文化するためなんですが、本作についてはまだそこに至れない、というか至りたくない(音だけに浸っていたい)、それほどサウンドの魅力が尽きない一作です。なんかこういう作品ってそれを評価しようとするスタンスからだと清々しい敗北感(?)があってちょっと笑えてきますね。でもそういうの最高。まあコンセプトが大事な作品ではあるんじゃないかとは思うので、現状のこの評価は片手落ちでしょうが、いや~でもマジ凄いです。


3. Christina Vantzou, Michael Harrison and John Also Bennett『Christina Vantzou, Michael Harrison and John Also Bennett』

2022年にどちらも新作をリリースするなど活動の目立ったChristina VantzouとJohn Also Bennett(両者は夫婦なんだそうです。知らなかった)が、Michael Harrisonという音楽家を迎えたコラボ作。詳細を知らず一聴してすぐ「これは……La Monte Young『The Well-Tuned Piano』のあの感じ…!」となったんですが、調べてみたらなんとMichael HarrisonはLa Monte Young(とPandit Pran Nath)に師事し、正にその『The Well-Tuned Piano』にも調律(!)で関わった人物とのこと。通りで……。この作品自体、やはりその魅力は『The Well-Tuned Piano』と相通じるところ、純正律と揺蕩うような演奏によって伸びやかに広がる、耳慣れない、しかし心地よい揺らぎ(純正律に対してその魅力を「揺らぎ」とするのはなんだか矛盾している気もしますが、聴いているとなぜかこの言葉が浮かんできます)にあると思うのですが、全編5時間に及ぶ『The Well-Tuned Piano』に対して、こちらは明確に区切られた8曲からなる全50分にまとめられているので、単純に日常的に聴きやすいサイズ感なのがありがたい。ピアノ以外にもシンセの音が控えめに、ピアノの音と品よく滲み合うように入ってるのもそれとなく起伏を生んでいます。とにかく不思議になってくるレベルで鎮静的な作用の得られる音楽で、今年出た作品の中では個人的に最も「アンビエント」的に接する音楽として重宝した一作でした。何がこういった鎮静感を生むのか、もちろんまずはチューニングによるものが大きいとは思うのですが、本作にはありがたいことに演奏に用いられたチューニングの詳細が付いているので同じ設定で適当に弾いてみるとやはりそれだけではなさそうで、Michael Harrisonが熱心に研究しているという北インド古典音楽(ラーガやそれを用いた即興演奏)への理解があったうえで生まれてくるものなのかなと推測するところです。2023年はインド音楽聴いたり調べたりしてみよう。


2. Caterina Barbieri『Spirit Exit』

Editions Megoからリリースされた2019年作『Ecstatic Computation』でそれまでのドローンからアルペジオを多用した作風へと軸足を移しフレッシュな印象を残したイタリア出身の音楽家による新作。アルペジオ多用の作風を更に押し進め、そこに大胆な声の使用(5曲目「Broken Melody」では最早歌と形容していいような動きを見せる)が絡み、前作より数段ポップな印象のエレクトロニック・ミュージックに。しかしながら1曲目の幕開けや曲中の随所にスクラッチと歪みとリバースが入り混じったような実験的なサウンドも挿入されたりといい塩梅で紛れ込んでる。とにかく全編シンセの鳴りが心地よく、最初の印象は「ポップすぎるかな…」という感じだったのが段々病みつきになってきてかなり繰り返し聴きました。特に声の使用が秀でた効果を上げている5曲目と、先行シングルとしてもリリースされたノリノリすぎる7曲目「Terminal Clock」は曲単位でもよく聴きたくなる素晴らしい出来。別に作風が近いわけではないけどそれこそOPN並みに今気持ちよくシンセを鳴らせる人なんじゃないかなこの人。


1. OMSB『ALONE』/Ellen Arkbro & Johan Graden『I get along without you very well

年間ベストでは毎年(その時の一時的な気分をよりしっかりと残すために)無理やりにでも順位付けるようにしてるんですが、今年は2つの作品を1位にしました。この2作は単純に2022年最も繰り返し聴いた思い入れ深い作品だっただけでなく、リリースがそれぞれ上半期/下半期だったこと、そして「孤独」を冠した/感じさせるタイトルに通じるものがあること、などの理由でどうも1位/2位を決めるより並べるのがしっくりきました。『ALONE』はリリースされてからというもの本当に毎日のように聴いていて、トラックが最高なのももちろんなんですがとにかく食らう言葉が全編に詰まっていてもうこのリリックの完成度だけで「自分の今年はこれ」と思わされるレベルでした。ただそれだけ会心のラインが出まくるような作品でありながらこれ聴いてて何か精神的負荷というか消化するのにエナジー要るなあみたいな重さや息苦しさは全然感じなくて、状況問わず毎日のように聴いたってのがその証ですが自分にとっては自然体で聴ける作品でもありました。OMSBの前2作、『Mr. ''All Bad'' Jordan』と『Think Good』からも本作に通じるマインドセットは感じられなくはなかったと思いますし記憶に残るようなラインもそれぞれあったんですが、この「自然体で聴ける」って面においては『ALONE』は自分にとっては比じゃないくらい馴染むものでした。私が本作について書けるのはこのくらいです。あとどうしてそれほど「自然体」で聴けるのかというところで、こちらのレビューがとても興味深かったです(素晴らしいレビューです)。『I get along without you very well』については思うことはこちらのレビューに書いているので割愛。本作はこのレビューがきっかけでHEADZからの日本盤リリースに際しライナーノーツも担当させていただきました。私は(テーマなどを設定せず選ぶ)年間ベストでは基本的に自身が仕事として関わらせていただいた作品は対象外にしているんですが、本作は勝手に愛聴した後に依頼をいただいた珍しいパターンだったことと、何よりこれなしで今年の音楽聴取を総括することは難しいため、例外的に入れています。


以上になります。最後までお読みいただきありがとうございます。全体通しての感想はあまり思い浮かばないんですが、一応自分が聴くような範囲の音楽ではこの年は声の存在感や扱いに耳を引かれる音楽が多かったかなという印象はあります(これについては後程別記事でまとめるつもりです)。あと今年の特に後半の自分の気分としてサンプリングよりも自らシンセ弄って生成した音に惹かれるってのがあって、この年間ベストでも選定なり特に順位付けの部分でそれは反映されたかなあと。30作(正確には31作)っていうそれなりの数選んでますがもちろん泣く泣く削ったみたいな作品も多数あって、特にSteve Lehman Sélébéyone『Xaybu: The Unseen』、Qasim Naqvi, Wadada Leo Smith, Andrew Cyrille『Two Centuries』、Adela Mede『Szabads​á​g』、Ben Bondy『Ben Bondy』、Malibu『Places of Pity』は最後まで悩みました。
ということで末尾のプレイリストには候補作的なの含め60作くらい入れてます。もうしっかり2023年ですが、2022年はお世話になりました。ありがとうございました。


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