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2021年のベストアルバム:ダブ×アンビエントは何処へ行く?~その可能性を示す10アルバム~

BEST OF 2021」に続いて、テーマを設けての2021年の振り返り的な記事、書いていきます。

この年の音楽動向で特に印象的だったことの一つが、近年そこから多くの傑作を生みだしているダブ×アンビエントの新たな潮流において、その先を感じさせてくれるような、よりチャレンジングな仕上がりの作品が多数発表されたことでした。

(この記事における「ダブ」は基本的にBasic Channelの登場以降クラブ・ミュージックとしてヨーロッパを中心に根付いていったミニマル・ダブ~ダブ・テクノの流れやそのサウンドを指しています。それ以外の意味合いで用いる場合は都度説明を加えます)


Huerco S.、uonの台頭後、彼らが関わるWest Mineral Ltd.Motion Wardといったレーベルを中心に隆盛を見せているダブ×アンビエントの新たな潮流があります。

もちろんダブとアンビエントの関わりというのは近年始まったことでは全くなく、例えばThomas Konerの諸作やMonolake『Gobi』はその可能性を(Basic Channel以降の音響感覚を先鋭化させていくことで)示したものといえるでしょうし、Vladislav Delay『Multila』やGas『Pop』などもアプローチはそれぞれ違えどこれらの作品に並べることができるでしょう。~scapeにも今改めて聴くとそういった観点から再評価できそうな作品が結構ある気がしますし、Jan Jelinekの初期名義Grammによる『(Personal_Rock)』のグリッチ成分以外の音響もこの観点から見直すと示唆に富むものです。またアンビエント・テクノの流れでの古典といった印象の強いSun Electric『30.7.94 (Live)』もメンバーのMax Loderbauerがその後に見せる音楽性を鑑みたうえで聴いてみるとこういった流れに先立っているように聴こえてくる箇所が微かながらあります。そして更に遡るなら、Jon Hassell / Brian Eno『Fourth World Vol. 1: Possible Musics』のサウンドがすでにこういった地平の存在を示唆しているようにも思えます(ソース不確かですが、こちらに面白い発言も…)。

また先に挙げた個として際立った作品以外でも、Basic Channel以降、テクノという大きな枠の中での有力な一形態として定着していったミニマル・ダブ~ダブ・テクノの流れを受け継いだ様々なテクノ・アクトなアーティストにとってはアンビエント寄りの表現というのはそれほど違和感なく近くにあるものと認識されている印象がありますし、実際EPやアルバムなどのかたちで複数の曲をまとめて発表する際にはその中にビートがなかったり酷く存在が薄かったりするアンビエント寄りの曲がいくつか入っていることはそれほど珍しいことではありません。Northern ElectronicsHypnusSemanticaAnnulledなんかのカタログを適当に漁っていれば多分そう苦労せずにアンビエント寄りのトラックに当たることはあると思いますし、個人的にはNeel『Phobos』やNuel『Hyperboreal』などアルバムとしてアンビエント/エクスペリメンタルに振り切った傑作が出ていることもあって、イタリアのシーンは特にそういった方向性に抵抗がないのかなと想像したりしています(Luigi Tozziのアルバムとかもそういう雰囲気結構濃い気がします)。またスペインのレーベルArchivesにはテクノ・アクトがある種アナザーサイド的に開拓してきたアンビエント・トラックを、メインに取り上げて深化させたようなアルバムがちょいちょいある印象です。例えばPurlの作品とか。まあこのレーベルは初期は真摯にダブテクノって感じの作品が多いので正確にはそこからアンビエント/ドローンへ方向性シフトさせていく中で過渡的にそういう作品出してたって感じなのかもしれません。


ただこういった、いわばクラブ・ミュージックとしての基盤を保ちつつ模索/開拓されてきたダブ×アンビエントの流れと、Huerco S.、uonの台頭以降の流れには、「新たな」という表現で(強い表現になってしまいますが)差別化して捉えたくなる要因がいくつかあります。

一つはヨーロッパ(特にやはりドイツ)が中心であるミニマル・ダブ~ダブ・テクノの系譜に対して、Huerco S.、uon以降の流れはそことアメリカの地下シーンが拮抗/混交して主導している印象が強いこと。この流れで名前がよく挙がるアーティストやレーベルなど見ていくとHuerco S.はUSカンザス出身で彼のレーベルWest Mineral Ltd.も同様(ただHuerco S.はDiscogsにはBased in Berlinとあり、どこかのタイミングで拠点移してる?)、レーベルのMotion Wardはロサンゼルス拠点、uonはシカゴ出身のベルリン拠点で彼のレーベルExperiences Ltd.改め3 X Lも同様、他にもこの潮流で近年注目されてる作家だとUllaとBen BrodyはUS拠点、ExaelとPerilaはベルリン拠点と、アメリカとドイツどちらに偏るでもないバランスで面白いアーティストがいてそれらが交流しているイメージです(Ben BondyはExaelと、UllaはPerilaと共同で作品を作ったりもしています)。強いて言うならレーベルはアメリカに、そしてプレイする現場はヨーロッパにやや力が寄ってるのかなとは思ったりします。

そしてもう一つ、音楽的な面では、クラブ空間での機能性を度外視してミニマル・ダブ~ダブ・テクノ系譜のサウンドやエフェクトのニュアンスのみを取り出し、畑違いのサウンド(例えばデコンストラクテッド・クラブ以降のアブストラクトなエレクトロニック・ミュージックであったり、ASMR以降の距離感の耳をそばだてるようなアンビエントであったり…)の中にぶち込んでみせることによって耳慣れしないサウンドを目指すマインドがかなり許容される雰囲気があることも特徴といえるでしょう。なんかこういった見方はすぐにフロアとリスニングみたいな対立構造に向かってしまいがちなんですが、この潮流の中で感じるサウンドへの「耳慣れ」しなさというかフレッシュさというのは、まずミニマル・ダブ~ダブ・テクノ系譜のサウンドがしっかりと確立されていて、そのサウンド一発でそれにまつわる文脈までリスナーに届いてしまうような記号的強固さがあったうえで、それをどう新たに生かし得るかといった試みに感じるので、まあ普通にリスペクトあったうえでいろいろ実験してる感じじゃないかなあと思います。先に「クラブ空間での機能性を度外視して」と書きはしましたが、決してそれがお題目ってわけではなく結果的にそうなることが多いってだけ、くらいなテンションというか。このサウンド面での特徴は『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』著者の門脇綱生さんが制作されている「Genealogy of Dubient (Dub Ambient)」というプレイリスト聴いてもらうのが一番わかりやすいと思います。その許容範囲の広さとか掴みやすいかと。

で、この新たな潮流に関しては、例えば先のプレイリスト作ってる門脇さんなんかは遅く見積もってもPendant『Make Me Know You Sweet』(2018, West Mineral Ltd.)が出た辺りくらいにはその可能性に気付いて、以降注目作があればプレゼンはずっとされてたと思いますが、私自身は2019年辺りまではいくつか注目作聴いてはいたもののあまりピンときてなくて、その広がりや感じさせてくれる可能性がそれほど劇的なものには思えていませんでした。2019年末か2020年入ってすぐ辺りにUlla Straus『Big Room』(2019,  Quiet Time Tapes)を聴いてようやくちゃんと興味出てきた感じです。実際この広がりに関しては多分Huerco S.がレーベルを持ったことが大きくて、それによって自身のみだけでなく他のアーティストを巻き込みながらこの地平を継続して開拓していくことができ、それが私みたいな決して早耳でないリスナーにもわかりやすく伝わるレベルに表面化してきたのがここ1、2年って感じじゃないかと。特に2021年は様々な方向からその可能性を感じさせてくれる作品が出ていたと思います。

ということでようやく本題、「ダブ×アンビエント」の広がり、その進む方向性を示してくれるような2021年の作品を10作選びました。その作品が見せてくれる可能性ってところを観点に、5つのパートに分けて作品を取り上げています。



《エクスペリメンタル/クラブ》

この潮流の現在を知るうえでまずチェックしていただきたいのがここに分類する作品であったり傾向です。特徴としてはダブ的なエフェクトだったり音響感覚を、クラブ・ミュージックの構造や機能性をとことん抽象化/流体化/分解するために用いているところで、おそらくこの嗜好はデコンストラクテッド・クラブ以降の感覚から自然に生まれてきたものという感じがしますが、結果として作品を聴いているとどこかIDMへの接近を感じたり、もしくはそれの現代的な解釈に聴こえてくるところもあります(ダブ的なニュアンスのエフェクトあったりなIDMというとMidori HiranoによるMimiCof『RundSkipper』とか思い出しますが、それと比べてもここで紹介する作品はやはり非常にアブストラクトです)。クラブ・ミュージックの残骸のようなサウンドをどこかしらで残していることが多いため《エクスペリメンタル/クラブ》としていますが、この表現自体はかなり苦し紛れで、後々この辺りを指す巧い表現とか出てくるのかもしれません(もしかしてもうある?)。またこれらの作品に対して「アンビエント」という言葉が用いられ、そこへの接近が語られたり紹介される場合、それは機能的にアンビエントとして聴けるかという観点よりも音楽がテクスチャー重視の融解領域に進んでいることを指して用いられている印象で、実際聴いてると抽象的ながら結構どぎつい音響や展開が出現したりします。選んだ3作以外にもここに分類できそうな作品はたくさんあって、特にFlaty『RAILZ』、Exael『Flowered Knife Shadows』、Brin『Water Sign』は合わせて是非聴いてみてほしいです。

・Ben Bondy『Glans Intercum』

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2020年にソロとして初めての作品をドロップして以降、(ExaelやSpecial Guest DJ=uonとの共作も挟みながら)ハイペースでリリースを続けているNY拠点のBen Brodyによる作品。Huerco S.のWest Mineral Ltd.から。この人は2020年のリリース作とかだとKhotinにも通じるようなほどよい陽だまり感や曲によってはニューエイジ色もあったりなアンビエント寄りの作風って感じなんですが、今作ではかなりエグみを増した音響に振ってて、1曲目からEDMのライザーサウンドを洗濯機にぶち込んだみたいなサウンドかましたりとこの人の持つエクスペリメンタル傾向が急に前面展開されたみたいな仕上がり。2、4、7曲目ははっきりビートのある曲でこの辺は2020年の『pajeon dj tapes vol 1』からの発展という風に聴こえますが、それに比してもリズムの独創性上がってて7曲目とかBasic Rhythmが組みそうなリズムでとてもかっこいい。3、6曲目にはスローダウンした声が入っていて、こういった作風聴くともしかしてこの人サウンドのイメージとしてはダブの延長線上というよりスクリューの亜種みたいな感覚でやってるのかも?とか思ったり。アンビエントとして聴くなら断然過去の作品(これとかこれ)に分があるとは思うんですが、そこからどこへ進むかという正にこの記事でプレゼンしたい部分の模索が聴こえる作品でした。ちなみに彼2022年早々に新作出してます。


・Onsy『MetaConc』

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カイロ在住のプロデューサー、OnsyことMostafa Onsyによる作品。これについてはbandcampのページにある概要文がとても端的に作品の性質を表していて、「deconstructed bass、ダブやIDMの領域へ侵食するダークなサウンドスケープ」みたいなこと書いてあるんですが本当にそんな感じです。流体っぽいけどゴツゴツしたマテリアル性も感じる…みたいな聴き心地をまんま表すアートワークもいい。2021年はIDMの再解釈(?)みたいに思える音源で面白いのにいくつか出会いましたが、これはその中でも特に好きでした。前書き部分で近年のダブ×アンビエントの流れはアメリカとドイツが中心となって牽引してると書きましたが、この人は(レーベルはアメリカNYのQuiet Timeからですが)カイロ拠点ということですし、2020年くらいからはドイツ以外のヨーロッパ、更には欧米以外といったところへの広がりも徐々に見えてきてる感じがあります。今回のセレクトには上手く入れ込めなかったですがpicnic『picnic』がオーストラリアだったりFlatyがロシアだったり。


・yab; yvanko『Biome』

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ともにフランス出身のエクスペリメンタル/エレクトロニック・プロデューサーであるyab=Simon Lehmansとyvanko=Yvan Tekoutcheffによるデュオユニットyab; yvankoによる初アルバム。yvankoはこれ以前にいくつかソロで音源を出していて、yabはこちらで聴けるものが今のところオープンなものとしてあります。私は両者についてももちろんデュオとしても本作で初めて知ったんですが、聴いてすぐ「この人何者…??」と思うような、才気走ったサウンドで驚きました。デュオの片割れであるyvankoの過去の作品(2018年のアルバム『Pluviôse』や2019年のシングル『Dyspnée / Bouquet d'Encre』など)聴いてみるとその頃からダブ的エフェクト使いなどはしっかりあるんですが、それよりバキバキなIDMとしての印象のほうが勝っていて、この人は多分IDMがまずベースにあってそれを徐々に振り切りながら活動を展開し、このデュオで更に大胆にアブストラクト・ダブな音響物へ進んでいってるのかなという印象を持ちました。事実yvankoの作品に比してIDMのクリシェみたいなものを感じる瞬間はグッと減っていますし、本作を最初聴いた時には「IDMがベースにある」みたいなことは全く思い浮かばないほどだったので、ある種そのキャリアにおけるブレイクスルーとして位置付けられそうな独創的な一作になってます。深層の掴めない「蠢き」をしかしそのまま高解像度で鼓膜に押しつられることで、実態はともかくそのアブストラクな動きだけはクリアに認知できる、みたいな、クラブミュージックの残像を残しつつダンスとは異なる触覚性に溢れた未知エレクトロニック傑作。新種のトランス(?)なところにいってるように感じる瞬間もあります。まあ後になって考えると、2021年にIDMの再解釈を感じさせる面白作品を連発したイタリアのOOH-soundsからのリリースって時点でその背景は勘のいい人なら気付いてたと思いますが(笑) このレーベルは2022年もいろいろ引っ掻き回してくれそうで期待ですね。

*お詫び:本記事公開後しばらく、私の勘違いでyab; yvankoをyvankoによる新たなソロ・プロジェクトと認識した状態でのレビューが掲載されていました。メンバーのSimonから直接連絡いただき、情報を訂正しています。間違った認識を広めてしまったこと、大変申し訳ありません。Simonさん、早々にお知らせいただきありがとうございました。(2022/01/25, 3:00追記)



《コラージュ》

個人的に2021年の音楽で最も魅了されたのがこの流れです。コラージュという手法自体がまず記憶へのランダムアクセス的な感触を呼ぶことが多いものですが、そこにダブ的なサウンドや音響感覚が加わることで、名伏しがたい美しさや官能性が生まれていてこれはちょっとヤバいです。この記事で扱う「ダブ」がいわゆるミニマル・ダブ~ダブ・テクノのそれであるため、この流れはフレッシュなものと私には捉えられましたが、そもそもダブという手法の根源に遡れば様々な音を変形しコラージュ的に扱っていくのはむしろベーシックなアプローチと捉えられるので、ある種原点回帰的でもあるのか?

・Space Afrika『Honest Labour』

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Joshua InyangとJoshua ReidによるUKマンチェスターのテクノ・デュオSpace Afrikaによる作品。これまでにWhere To Now?やsfericからリリースがあり、妖気の漂うダブ・テクノといった風合いの作風を披露していた彼らですが、本作は2020年に発表されたミックステープ『Hybtwibt?』で見せた意匠を色濃く引き継いだオリジナル・アルバムとなっており、ミックステープ発表以前とは大きく様相の異なる、冒頭に書いたテクノ・デュオという認識から一気に逸脱する作風となっています。生活の中で記憶の底に溜まった、ストリートで遭遇しうる様々な音(インタビューの様子や事故のざわめき、スピーカーや路上ミュージシャンから届く音楽の掻い摘み)の沈澱をゴロっと掬い上げたかのようなコラージュ/ザッピング的構成は『Hybtwibt?』の最大の特徴であり、個の存在が動きながら接する、つまり文字通り一歩一歩塗り替えられていく「動的にしか認識されえない空間としての道路」を眼差す音楽といった仕上がりは本作『Honest Labour』まで地続きといった感がありますが、加えて本作ではそれが以前からの彼らの持ち味であったダブ・テクノ由来のどんよりかつ官能的なテクスチャーに包まれることによって幻影であるかのような儚さが醸し出されており、ここが正に「オリジナル」な部分であり最大の魅力です。本作は自分には2020年に感じたコラージュ×アンビエント」の流れと、この記事で触れてきている「ミニマル・ダブとアンビエントの新たな蜜月」の流れの非常に急進的な結節点という風に聴こえていて、他の時代ならともかく(なんなら去年でも危うかったかも)2021年の自分にはこれがアンビエントとの接点を持つ音楽として聴こえる要素が揃い過ぎていて、どの方面から見てもこの年のムードを表す音として出来過ぎている…。


・Kelman Duran『Night in Tijuana』

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ドミニカ系アメリカ人プロデューサーKelman Duranによる作品。ザラっとした音質のレゲエ、スピリチュアル・ジャズ、あとラテン?なんかがボワーンとした電子音に包まれたりクラシカルな弦やピアノのちょっとしたシーケンスをブリッジに混交されたミックステープ的な仕上がりの作品。ダブの影響を感じるエフェクトが特に序盤よく出てくるんですが、そのニュアンスは(サンプリングされてる音源の質感や音楽的特性もあってか)この記事でメインとしているミニマル・ダブ~ダブ・テクノの流れよりルーツ・ダブに近い印象があります。サンプリングされてる音源は打楽器が威勢よく鳴る踊れるものが多いんですが、ダブエフェクトな電子音とかそこに被さることで呪術性や催眠性が生まれてて、なぜかボケーっとアンビエント的に聴くこともできてしまう(といっても流石に寝たりはできんけど)不思議な体温のアルバム。まあこれにはクラシカルな弦やピアノのちょっとしたシーケンスが果たしてる役割も大きいとは思いますが、にしても音色一発で音楽の色合いを変えてしまえるダブ的サウンドの記号的強力さみたいなの実感する作品でした。



《チェンバー》

ダブというとその系譜からサウンドシステム~クラブでこそ映えるような鳴りをイメージしますが、ここで取り上げる作品では以前からのダブ的エフェクトやサウンドを引き継ぎつつアコースティック楽器の音をそれとわかる状態で用いており、音楽がイメージさせる規模感をうまく「チェンバー」なものに移行させています。両者ともに以前の作品に比すると意識を茫然とした状態へ持っていくような深みやトリップ性は薄らいでいますが、その分身近な距離で鳴り続けてくれる、「普段使い」な作品になってくれるかと。

・Ulla『Limitless Frame』

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West Mineral Ltd.やExperiences Ltd.などから作品をリリースしており、Huerco S.以降の流れにおいて非常に存在感の強い作家となっているUllaの作品。この人の作品はどれもアンビエントとして聴けるラインを維持しながらもビートはちゃんと入ってたり薄かったりなかったりと結構揺らいでて、自分はやっぱないに等しいような作品(『Big Room』やPerilaとの共作『Silence Box 1』)が特に好きなんですが、本作のチェンバー的展開は予想してなくて思い切ったなあと驚きました。しかもめっちゃいい。本作の後に『Big Room』や『Silence Box 1』聴き直すとこれらの時点でチェンバーな規模感や雰囲気は十分に示唆されていたように聴こえてくるのも興味深いです。


・Yosuke Tokunaga『9 Mezzotins』

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2010年代に自主レーベルTOSTからのリリースで突如として注目を集め、以降Strange RulesやAudio.Visuals.Atmosphere.などからも作品をリリースしている日本人音楽家Yosuke Tokunaga。過去の作品ではミニマル・ダブの系譜を感じさせながらも、それを抽象的かつ疎に分解していくような音楽性を見せていましたが、本作はドイツ・ベルリンのアンビエントレーベルVAAGNERからということもあってなのか楽器のサウンドをはっきりと用いた風変りチェンバー・アンビエントとでいもいうような仕上がり。こういうの出すことにもまず驚きましたが、それがこんなにいいとは…。あとYosuke Tokunagaはこの年Second Sleepからもアルバム『12 CONNECTEDNESS』をリリースしてるんですが、そちらはこれまでの作品を正統に深化させることで凄いところにいってるみたいな作品で、本作に負けず劣らずな傑作なんで是非併せてどうぞ。



《sferic》

前書き部分でその特徴にも挙げたようにレーベルとしてはまずアメリカのWest Mineral Ltd.やMotion Wardがリードしている印象の強いこの潮流ですが、ヨーロッパのアーティストを取り上げながらその急先鋒的な位置にあるレーベルがUKマンチェスターのsfericでしょう。レーベル初のリリースが2017年であることやその初期のリリースを聴くとヨーロッパのクラブ・シーンにしっかり根付いたミニマル・ダブ~ダブ・テクノのニュアンスを真摯に受け継いだサウンドという印象が強いですが、2019年にASMRの影響を取り入れいわゆる「リスニング向け」な感触の非常に強いPerilaの初アルバム『Irer Dent』をリリースして以降は、Roméo Poirier『Hotel Nota』やJake Muir『The Hum Of Your Veiled Voice』などクラブ・ミュージックの延長線上として捉えるだけでは足りない要素を抱えた意欲作を立て続けにリリースしています。そして2021年にはtau contrib『encode』、TIBSLC『Situation Based Compositions』、Space Afrika『Untitled (To Describe You) [OST]』の3作をリリース。どれもが異なる意味でのフレッシュさを感じさせてくれる作品でしたが、Space Afrikaは先に別の作品を取り上げたためここでは他2つを紹介。

・tau contrib『encode』

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この人拠点やキャリアなどあまりよくわかってないんですが(soundcloudによるとライプツィヒ拠点?)、本作の前にOtiloって名義でアルバム『6402』を2019年にリリースしてて、そこから名義変わって初のアルバムってことみたいです。ミニマル・ダブ~ダブ・テクノの系譜にあるサウンドってよくディープとかって形容される印象で、自分も深海や靄みたいな、底もしくは先が見えないイメージ(≒ディープ?)を浮かべること多いんですが、本作はそれらとサウンドは確実に近似性がありながらもめちゃくちゃ透き通った浅瀬でその底ではなく水自体の動き戯れを見つめるみたいな、掴み切れない全体性ではなく細部に無限に没入していくような類のディープさがある気がします(多分ジャケの感じにめちゃくちゃ引っ張られてる!つまりジャケット大事!)。アルバムの中で自分の好みは液状化が進んでクラブミュージックとしての概形が遠のきまくってる≒非常にアンビエントなトラックに傾いてるんですが、例えば5曲目のわりかしゴリっとしたリズムの断片が液体に紛れて流れ込んでくる感じとかは、なんなら溶けたIDMみたいに聴くこともできそうですし、《エクスペリメンタル/クラブ》のパートで取り上げた作品とどこかで繋がってるような感覚も微かに…。


・TIBSLC『Delusive Tongue Shifts - Situation Based Compositions』

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ドイツ・ライプツィヒ拠点のTIBSLCによる、おそらく初のフィジカルリリースとなったアルバム。TIBSLCという名前は「The International Billionaire's Secret Love Child」の略だそうで、日本語に訳すと「国際的億万長者の秘密の愛の子」となんだか意味深…。この人はまずおそらく本名と思われるJonas Wieseの名義で2013年頃から活動を開始し、2017年頃からはこの名義で自主リリースを中心に音源を発表しています。本作以前の自主リリース(とKIIBERBOREAから発表された『A SHELL​-​LIKE OBJECT』)を見てみると、ヴェイパー・ウェイヴ以降の3Dモデル流用感であったりポスト・インターネット的なビジョンが伺えるアートワークが目に留まるところで、サウンドにもどこかそれを表象するように妙に強調された触覚性≒3D感や音色のいかがわしさがあり、ダブエフェクトによって催される空間性もそこに寄与している印象でそこが新鮮なんですが(2022年早々にリリースされた新作もその印象を強めるものでした)、本作はアートワークではそういった趣を表面から隠してるように見えますし、サウンドもそれに合わせてなのか今までの作品に比べやけに洗練されて聴こえます。ただサウンドは洗練されたとはいえピッチ操作されたサンプルであったり妙な電子音などはいたるところに忍ばせてあって、それが小さい音でスピーカーでかけてるとそんなに意識に食い込んでこなかったりするので、何だか表面上めっちゃスタイリッシュな曇りガラスの向こうに実は変なモノ置いてあるんじゃないかって不敵さの薫る作品になってます。他の作品のほうがこの人の個性や異質さは掴みやすいと思いますが、自分はこの仕上がりはとても好き。なんかこれ聴いてると「輝くかもしれない、そしてそれ故に富や権力の磁場を生み出し得る何か、が空港を通って国内に入ってくる」みたいな、映画『アンカット・ダイヤモンド』にありそう(?)な場面が思い浮かぶんですよね。あの映画の音楽はOPNでしたが、この人やっても面白かったんじゃない?と思うような資質を感じます。



《その他》

この潮流を押し広げるような作品と取れそうなんだけど、現状それがどこを向いてどういう風に進んでいるのか上手く掴めないやつです。一作のみ。

・PDP III『Pilled Up on a Couple of Doves』

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NY拠点のサウンド・アーティスト/プロデューサーBritton Powell、UK出身で現在はベルリン拠点のチェロ奏者/作曲家Lucy Railton、そしてこの記事で紹介してきた潮流の起点として語られることの多いHuerco S.によるコラボレーション・ユニットPDP IIIの初アルバム。5曲入りで聴いた感じだと最終曲以外はぶっといドローンが鳴っていてそこに結構どんな音響でも乗せるのありな感じのパワフルなエクスペリメンタル音響セッション(?)という印象。こういったミュージシャンが複数人即興的にやる場合にドローンがあってそこにいろんな音響ぶち込むみたいなのには新鮮さ感じないんですが、なにぶんこの三人ですし、出てる音がどれもやけにヘヴィーな存在感があってそこにやられます。ドローン基調にしてるように思える4曲にしても結果的にそれぞれ様相はことなっていて、チェロが耳に留まるものもあればどうにかアンビエント的聴けそうなもの、インダストリアルなビートが深いところから湧いてくるものなど様々。それ故にこれが一つの方向性示すっていうより、この時点で思い付いたことぶちまけた一発限りのパワー・セッションってイメージが浮かびます(実際は主にBritton Powellによって長期間の編集が行われたようですが)。ユニット名付けてますけど、なんかこれ一発で終わっても驚かないような、「続き」をあまり想像できない作品。ちなみにBritton Powellは本作で初めて知ったんですが2020年のソロ作『If Anything Is』めっちゃいいんで合わせて聴くべしです。



最後に、これまで挙げた作品と合わせて聴くと面白いんじゃないかという2021年の作品をいくつか列挙しときます。

・Flaty『RAILZ

・Exael『Flowered Knife Shadows

・xphresh『xephon』(Ben BondyとSpecial Guest DJ=uonによるユニットの初作品。CFCFお好きな方とか是非な音楽性)

・Brin『Water Sign

・Yosuke Tokunaga『12 CONNECTEDNESS』(マジディープ)

・Space Afrika『Untitled (To Describe You) [OST]』(ここでもコラージュ性発揮されてます)

・picnic『picnic』(アンビエント性めっちゃ高くていいやつです)

・Pontiac Streator『Select Works . vol II

・Juri Suzue『Rotten Miso LP

・Perila『7​.​37​/​2​.​11』(2020年に自主リリース後、2021年にフィジカルで再リリース)

・KMRU & Echium『Peripheral』(これもアンビエント性高し)

・Nueen『Nova Llum

・Chantal Michelle『Night Blindness

・Junya Tokuda『Anemic Cinema

・Mu tate『Let Me Put Myself Together

・Masayoshi Fujita『Bird Ambience』(彼のEl Fog名義での初作品『Reverberate Slowly』もこの記事で触れてきた文脈における重要作です。未聴の人は絶対聴いて!)

・Pendant『To All Sides They Will Stretch Out Their Hands』(この記事で何度も名前を出した超重要人物Huerco S.の別名義Pendantによる新作。1曲目は昔のGasにかなり近い?と感じましたが、それだけで捉えられない不思議なサウンドも多々。もちろん必聴です。)

・Vladislav Delay『Rakka II』(前書き部分でこのダブ×アンビエント文脈のパイオニアの一人として名を挙げたValdislav Delayですが、その2021年作はそこにドゥーム・メタルのサウンドをぶっ込んで速度挙げたみたいな独創的かつ緊張度高い仕上がり。「アンビエント」と呼ぶにはあまりにも壮絶なサウンドですし、わかりやすくミニマル・ダブの系譜を示すような音もほとんど表れませんが、そこから巣立ったオリジネーターが今どのような表現をしているか、という観点で最も刺激的なものであると思います。)


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