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アルバムレビュー:Ellen Arkbro & Johan Graden『I get along without you very well』

Subtextからのリリースが印象深いスウェーデン出身の作曲家Ellen Arkbroと、同じくスウェーデン出身で主にジャズのフィールドで活動しているピアニストJohan Gradenが、Thrill Jockeyより発表したコラボレーション・アルバム。

Ellen ArkbroはSubtextからの2つのアルバム『For Organ And Brass』と『Chords』、そして2021年に自主リリースされた『Sounds while waiting』でも用いられているように、オルガン作品の印象が強い音楽家で、個人的には過去にHästköttskandalenというユニットで活動を共にしていたKali Malone、Maria W. Horn、Marta Forsbergなどと並んでスウェーデン出身の注目すべきドローン作家の一人という認識をしています。

Johan Gradenについては今作で初めてその名を知ったんですが、前述したように基本的にはジャズのフィールドで活動している印象です。過去リリースしたアルバム『Bakgrundsmusik』や『Olägenheter』で共演しているクラリネット/サックス系をメインに操るリード奏者Per 'Texas' JohanssonやドラマーのKonrad Agnasは本作にも参加しており、これまでの彼の活動によって築かれたスウェーデン出身のジャズ・ミュージシャンの人脈は本作にも色濃く反映されています。加えて、作品ページにある紹介文によると、彼は現在ヨルダンを拠点としていて、現地の実験的なポップシーンのメンバーとしても活躍しているそうです。
また、本作に参加しているベーシストVilhelm Bromanderが今年1月にWarm Winters Ltd.からリリースした『aurora』は、Johan Gradenはじめ本作と重複するメンバーが複数人参加した室内楽作品となっており、音楽のムードや規模感としても本作と重なるものを感じられる一作なので、是非合わせてチェックしていただきたいところです。

本作『I get along without you very well』でまず驚くべきはなによりEllen Arkbroが歌を歌っている、しかも他の楽器などは演奏せずにしっかりと専念しているという部分でしょう。そう、本作はEllenの歌、Johanのピアノ、そして管楽器やベース、ドラムからなる室内楽アンサンブルによる「歌曲集」なのです。前述のように私はEllenに対してはオルガン・ドローン的な色合いの強い音楽家と認識していたため、再生してまず歌声が耳に入った時は単純に驚きました。

しかしながらその出来は感動的なほどに素晴らしく、歌と楽器が織りなすアンサンブルとしての鳴りは付け焼き刃なところが全くない、音と音が深く結びついた「理想形」とすらいえるものになっていると感じます。
特に耳と心を引かれる/惹かれるのが複数の楽器が音のアタックを揃えて発音するその瞬間と、それに至るまでの間、もしくは呼吸感です。本作はクリックに合わせて演奏されたものではないため、非常に大らかかつ繊細なテンポの伸び縮み(いわゆるルバート)を生成しながら音楽が進んでいくのですが、その感覚を深く伝えることが作曲のレベルでも意識されている印象で、とにかく複数の楽器が文字通り「息を揃えて」発音する箇所のそれぞれに不揃いなニュアンスが鮮やかに耳に入ります。再生して最初の音、Ellenの声と複数の楽器(管楽器にベースのピッツィカート、あとJohanによるオルガン?)の重なりからしてそうですが、アルバム中で表れる様々な音の重なりの中でも特にEllenの声と他の楽器の発音が重なる箇所は、その瞬間のみで音楽としての充足を存分に感じさせるほど素晴らしいです。

思えばEllenがこれまでの音楽活動で多く取り上げてきたオルガンは、(個体によって組み合わせや管の数、構造などに差異はあるものの)例えば金管と木管とリード管という具合に、異なる発音体が束ねられた構造をしており、それをストップと呼ばれる機工によって操作し一つの音色を形作る楽器です。これはすなわちオルガンの発音自体に、複数の楽器(パイプ)が息を揃えて発音を行うアンサンブル的性質が潜んでいるということでもあります。『I get along without you very well』における複数の楽器の発音の重なりやそこに至るまでの間には、ジャズの即興演奏の中で紡がれる「交感」の色合いだけでなく、そういったオルガンが持つ機械仕掛けなアンサンブル性からのフィードバックによる新たな鋭敏さや、個人がその鍵盤でドローン的な演奏を行う時の感覚がたしかに息づいているように思うのです。

『I get along without you very well』はサウンドの表面的な印象としては例えばHubro、Jazzland、そしてECM辺りから出てる北欧のミュージシャンの室内楽的な作品になんとなく近いように聴こえるので(例えばこれとかこれとかこれのどこか荘厳な雰囲気と、Jóhann Jóhannsson『Copenhagen Dreams』やBrad Mehldau『Mon chien stupide』なんかのあまり規模感大きくない映画のサントラ的な親しみやすさがどちらもあるような……)、Ellenのこれまでの音響的な探求に振り切ったかのようなドローン作品とは一見距離があるようにも感じられますし、ともすればJohan Gradenをはじめとした室内楽ジャズをバックにEllenが歌っている(だけ)、といったステレオタイプな前後関係が見えてもおかしくはなさそうなんですが、少なくとも私にはあまりそういう風に聴こえないのは、おそらく前述したような感覚でもってアンサンブルが形成されているからではないか?と推測する次第です。そう、まるでこのアンサンブル自体が一つの「オルガン」となり、一つの意思の下で演奏されているかのように。

作品ページの紹介文によると、本作の制作にあたってEllenとJohanは長い時間をかけて音楽はもとより哲学や創造的実践について多くの会話をし、お互いの考え方や在り方を探ったそうです。
音と音楽の差異、音は何を以って音楽となり何を以ってそうではなくなるのかといった問いは、いくらでも恣意的に運用出来てしまう危ういものですが、「いくつかの音が息を揃えて発音されたその瞬間、多くの人はそれを音楽と認識するのではないだろうか」「そしてそれは、音楽において最も尊い瞬間なのではないか」といった誇大な妄想すら浮かんでしまう本作の息遣いは、そういった時間の積み重ねの理想的な結実に思えてなりません。


Ellen Arkbroの過去作『Chords』はこちらで取り上げています。



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