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BEST OF 2021(1~10位)

2021年の年間ベスト1~10位です。どれもヤバいので未聴のあったりしたら是非聴いてみてください。では。


10. Fred Thomas, Aisha Orazbayeva & Lucy Railton『J.S. Bach: Three or One - Transcriptions by Fred Thomas』

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ピアニストのFred Thomasがバッハの作品(主にオルガン曲やカンタータ)をピアノ、ヴァイオリン、チェロのために編曲し、Aisha OrazbayevaとLucy Railtonと共に演奏したアルバム。バッハの音楽はかなり有名なものしか知らないのですが、あくまでその中での個人的な体感として「聴くのに脳のメモリーを使う音楽」というのがあります。多用される対位法の高度さはじめ構造的な興味深さと裏表であると思うのですが、どうしてもバッハの音楽は長時間続けて聴くことができず、15~20分くらいで集中力が切れてしまう(脳のメモリーを使い切ってしまう)のです。一つの作品、例えば「平均律クラヴィーア曲集」や「無伴奏チェロ組曲」をいろいろな奏者で聴いてみるみたいなこともそれなりにやったのですが、この印象はどうしても打破できず、バッハに対しての若干の苦手意識の原因にもなっていました。しかしながら本作、トータル1時間あるんですが、全部通して聴くのが全く苦じゃないんですよ…!こんなバッハは初めて…マジでずっと聴いとける、それこそアンビエントみたいにも…(バッハはこれまでアンビエントとはかなり遠いところにある音楽と思ってました)。これがここに含まれているバッハ作品がそもそも持つ性質なのか、それともFred Thomasの編曲によって、もしくは演奏や録音の質によって生まれたものなのかはまだ判断できていませんが、私にとってはこれは替えのきかないバッハになりました。


9. Li Yilei『之 / OF』

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中国出身、ロンドンを拠点に活躍するサウンド・アーティストLi Yileiによる作品。ロンドンで制作を開始したものの、COVID-19の影響の中で家族のイギリスのビザが切れ自身も中国に戻り、上海で検疫のため二週間ホテルに滞在したりといった中で、パンデミックの現実や隔離の中で新たに実感された時間への考えなどが作品に沁み込んだとのこと。本作は私にとって2021年で最も原点的な意味でのアンビエントとして、つまりは「興味深く聴くことも無視することもできる」音楽として印象深いものでした。そしてそうなった要因として最も大きいと考えられるのが、本作のコンパクトな時間構成です。本作は12曲トータル37分、各曲は長くても4分前後(1曲のみ5分台)、短いものは2分前後にまとめられており、この小気味よさによって音楽がリスナーをメディテーティブな没入地点へ誘うことを十分に成立させず、また同じような景色が続くことによって意識の中で無視してもいい存在へ移行していくこと(一定の法則に則ってバリエーションを生み出し続けるいわゆる自動生成的なものがよく行き着く地点)も回避し、ニュートラルな地点(それは興味深いが無視できるという、ある種矛盾した立ち位置に近いものかも)へ留めることに結び付いていると感じます。なんか体が沈み込み過ぎない椅子やクッションのような聴き心地で、人間をダメにしないクッションとして生活に入ってくれそうな音楽というか。聴いてる感覚としてはアンビエントのアルバムというよりビートテープに近い感触もあって(実際ささやかながらビート入ってる曲もある)、音数多くなく隙間を感じさせるデザインながら使用楽器や展開のバリエーションは意外とある、みたいなちょいラフな感じが、最早こうすればできる的なメソッドが確立されてしまってるといってもいいアンビエントの手法的な在り方をほんの少し押し広げている気も。そういえばローファイヒップホップが本格的に認知され始めた頃に、作業''中''のBGMとしてはアンビエントよりローファイヒップホップに分がある的な投稿をツイッターで何度か見かけたことがあるんですが(私も同意してしまうところはあります)、これは制作者が意識しているかはともかく(多分してない)そこに対抗できる作品であるようにも思います。


8. Ryan Van Haesendonck『Vauville』

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ショートフィルム、ドキュメンタリー、ダンスシアターのための作曲を行ってきたというベルギーの若手Ryan Van Haesendonckによるデビューアルバム。ノルマンディーを旅行した際に浜辺で聴いたサウンドスケープにより喚起された心象を、その地での金の音やオルガンの即興セッション、更にブリュッセルという異なる環境でのフィールドレコーディングやSilke Bullによるサックス演奏を加えることで描いた個人的な作品。8曲33分とコンパクトな作品ながら慌ただしさは全くなく、さりげないフェードで繋がれた楽曲たちがゆったりとした時間の流れや落ち着いた心象を存分に演出してくれます。ひとつのサウンドの持続や、そこに新しい要素を加えるタイミング、1曲に優しく幕を引き次のシーンへと切り替える手つき、とにかく時間配分に対する感覚が洗練されていて(おそらくショートフィルムのための作曲経験などが活かされているのでしょう)、音楽的な移り変わりを多く抱えながらアンビエントな聴き心地を全く手放さないその仕上がりがあまりに見事。個人的な心象に端を発し、何らかの物語性へと手を伸ばしながら綴られた作品という点でも、手前味噌ながら自作『白炭』と見据えてるところが近いんじゃないかと親近感を覚える一作でもありました。サックスなどの管楽器の演奏の組み込み方も素晴らしく、それこそSam Gendelとは全く異なったかたちでサックスをアンビエント的に鳴らすことに成功した作品という見方もできるかと思います(Ulla『Limitless Frame』の8曲目と近いかも)。今回選出した作品の中でもあまり広く認知されていない一作かと思いますし、是非一度聴いてみてください。


7. claire rousay『a softer focus』

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テキサス州サンアントニオ拠点のアーティストclaire rousayによる作品。2021年は本作をはじめ多数のソロ作のリリース、更にはmore eazeとの共作『an afternoon whine』も大変話題になるなど大活躍のclaire rousayでしたが、一つ選ぶならやはり私はこれ。本作について思うことはこちらで書いてしまっているので、今回新たに書くことは思いつかないんですがとにかくめっちゃ聴きました(ただ聴きすぎてやや飽きたのか、下半期に限ると2020年作の『a heavenly touch』や『it was always worth it』のほうが多く聴いてたかも)。


6. Pino Palladino, Blake Mills『Notes With Attachment』

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D'AngeloにJohn MayerにNine Inch Nails…本当に様々なアーティストのバンドで演奏しており、おそらく意識できてないところでもこの人のフレーズを知らぬうちに聴いてるんだろうみたいな著名ベーシストPino Palladinoが、カリフォルニア拠点のギタリスト/作曲家/プロデューサーであるBlake Millsと組み発表したアルバム。2021年に立て続けに作品を発表しまくったSam Gendelの参加作、そしてPino Palladinoの長いキャリアにおいて初めて自身の名がリーダー的に表記されたアルバムとしても話題になりました。本作には最初聴いた時に同年のSam Gendel作品にも通じるような聴き心地の軽さと同時に、トータルタイム30分ほどということもあって若干食い足りなさを感じたんですが、聴けば聴くほど面白が染みてきて、結果として2021年終わるまで全く飽きませんでした。特に1、3、5曲目辺りのアレンジの深みが素晴らしく、リズムの組み上げられ方や演奏のニュアンスが素晴らしいのは当然ながら、それらを踏まえたうえで楽曲を頭の中で「歌って」再現できてしまうようなポップなフレーズの強さが楽曲を通して、あらゆる楽器に散りばめられている印象です。インストで、かつ一つの楽器が主旋律を担い続けるような構成でないにも関わらず、楽曲をそういう風に認識できてしまう要因は正直うまく掴めないんですが(新しい要素が入るごとに他の音が半身引くようなナチュラルな比重の移り変わりがあるとかか?)、例えば同年のSam Gendel『Fresh Bread』に顕著なラフなセッション的な録音ではこういう楽曲ってまずできない印象なのでやっぱり作り込みってとこが大きいんですかね。でもそれでいて偏執的な録音作品といった感触が前景化している感はなく、むしろ最初聴いた時に感じたような軽さによって、いつでも負荷を感じずに再生できてしまうのが本当に魅力的。一方で2、4、8曲目辺りはセッション的な趣の強い楽曲に感じますし、6曲目「Chris Dave」は楽曲の核をなすフレーズはしっかりありながらもリズムのギミックや随所でのベースの動きが「歌って再現」的なことを拒否する複雑さを備えていたり、展開にちょっとプログレっぽさ感じる7曲目もベースのフレーズのリズム解釈とか分析するとすごい面白そう(&ここでのBlake Millsのギターめっちゃ面白い)だったり…と魅力の異なる楽曲が互い違いに配置されてる感じも気が利いている……。まだまだ発見できてない味わい方がめちゃくちゃありそうな、本当に恐ろしい出来の一作。


5. Anne Guthrie『Gyropedie』

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フレンチホルン奏者、サウンドアーティスト、そしてS.E.M. Ensembleのディレクターとしての顔も持つAnne Guthrieによる作品。この人の関わった作品では個人的に2015年にAnother Timbreからリリースされた『Extinguishment』が印象に残っていて、そこでの川の底から「水辺の記憶」を探るようなサウンドビジョンに大変感銘を受けたのですが、本作もそれに近い空気感がありながらより自然に没入へ誘う作品でした。作風としてはフィールドレコーディングに、弦や彼女のメイン楽器であるフレンチホルンなどの疎らな演奏、手元でたてたような物音などが重なる音響作品としかいえない感じですが、全体を通して「野原」とでもいえそうな風景を何かしらの枠や筒を通して映し続けるような、気の長い定点観測的マインドが魅力的です。よく聴くと一発録りの素材をそのまま、とは考えにくい音の交差が多くあり、繊細な編集で作られた風景ではあると思うのですが、A面では(それこそ『Extinguishment』の川が朽ち果てた後の)野原を金属の筒を通して見続けていたらその筒の中で小人がガラクタ市を始めたみたいな情景が、そして一転してB面では川の中に半分浸かった画角のカメラを通して、その川を背にして行われているコンサート(と片付け)の様子を見ているようなイメージが意識の上に切れ目なく浮かびます。LPでのリリースを意識してかAB面でやや雰囲気が異なりますが、先の例えで筒とカメラとしたような何らかの物によって風景を切り取っている感覚は共通し、それ故に本作はイヤホンやヘッドホンである種「覗く」ようにプライベートな距離感で聴くことにとてもフィットします(バイノーラル的な機材や細工も用いているのかも)。そしてそうやって聴いていると、見慣れた野原や川沿いに何か新鮮なものを見出し意識が勝手にズームアップするみたいな、さながら「道草」的な状態が何度も訪れます。私は自宅の横があまり手入れのされない空き地(ほぼ野原といっていい状態)なので、その周辺でフィールドレコーディングする機会は多いものの、「野原の音ってなんか録ったところでどうにもならないな…」と思ってしまうことが結構あるんですが、本作には「野原」をこういう風に、片手間に接することが惜しいほどの発見や煌めきに満ちた風景として切り取ることができるのかという希望を感じました。


4. Michèle Bokanowski『Musique De Courts Métrages, Music of Patrick Bokanowski’s Short Films』

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1970年代にPierre SchaefferやEliane Radigueに師事した経験を持ち、しかしながらそれらの師とも明確にことなるミュージック・コンクレートもしくはコラージュ・ミュージックの創作を続け、近年にはMotusRecollection GRMなどからも作品が発表されているフランスの作曲家Michèle Bokanowski。本作は彼女が夫であるPatrick Bokanowskiの短編映画のために制作した音楽を全てまとめた2枚組CDアルバム。収録曲は年代順に並べられており最も古い1972年の作品から最新の2019年の作品まで、50年近い足跡を辿ることができる作品集となっています。作風としては電子音や変形された具体音、楽器のサウンドなども自由に用い編集でまとめた抽象的な音響作品としか表現しようのないものなのですが、音の移り変わりを持ちつつムードの持続が感じられる点が多くの作品に見られる特徴かと思います。私は収録曲のうち映画まで観たことがあるのは「La Plage (1991)」のみなのですが、この作品は抽象的な映像が展開され、映像内部にその発生源を持つ音はなく、含まれる音声は音楽のみという成り立ちになっており、あくまで推測ですが今作に収録されている他作品もおそらくそのようなかたちで映像に関わっているのではないかと思います。一般的に映画の音響というのは多くの場合演者のセリフであったりその周りの環境音などがまずあったうえで、それらの補助やガイドとして働く音楽が加わるケースが多いと思うのですが、本作のMichèle Bokanowskiの音楽はそのようなものとは異なり音楽自体が映像と対等に足並みを揃えて語るというか、音楽を聴くだけで映像のリズムを想像させてしまうような力を持っていて、いわゆるサウンドトラックと呼ばれるような音楽よりも映画自体の価値に直接的に結びついている印象です(もちろんこれには短編映画というフォーマットだから可能であるという側面もあるでしょう。サウンドトラックとして音楽が個別に発表されるものの多くが長編映画であると思うので)。一般的に、映画に対してその音楽のみを聴いて「映画自体を観たに等しい」と言ってしまうのはとんでもない暴論かと思いますが、これに関してはちょっとそれを口にしてしまいそうになるというか、映画全体が持つ機能や価値を本当に等しくその内に宿している、「音楽」というより「映画の半身」というべきものに感じます。


3. Takuma Watanabe『Last Afternoon』

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可変的ユニットCOMBOPIANOとしての活動で知られ、近年は弦楽アンサンブルのための作曲や映画音楽を中心に活動を続ける渡邊琢磨による作品。聴こえてくる音は主に弦楽と電子音、更に声とピアノといったあたりで、要素としてはどれも数えきれないほど聴いてきたものなはずなんですが、ちょっと驚くほど「いい音」に聴こえるんですよね。特に電子音がヤバくて、例えば本作のマスタリングを担当しているジム・オルークの近年の作品(特に『sleep like it's winter』)では電子音の立ち上がりや消え入りにアコースティック楽器のような繊細なニュアンス、ひいては(便利な言葉ですが)有機的な感触を得るんですが、本作では電子音の音色の表面の手触りというか粒立ちというか、テクスチャーとしか言いようのない部分でそれに近いものを感じさせられます。そしてその有機的な感触があるが故に1、3、7曲目での、電子音と弦楽が空間系エフェクトなどで溶け合うのではなく密に拮抗している様が物凄い威力をもって響きます。一方で5曲目は溶け合いが目指されいるように感じますし、6曲目ではまた異なった関係性があるように思えたり…。他にも弦のロングトーンと移高が続く2曲目は、ロングトーンを伸ばしてる中にまるで他の奏者の挙動を伺っているような妙な間を感じられたりと、なかなか上手くまとめられないですがめっちゃ聴きどころ多い作品です。あとこれ、近年映画音楽の作曲が多かった先入観でリリースされてすぐの頃完全にサントラと思って聴いていました(本作はサントラではなくオリジナルアルバム)。ただこちらのインタビューによると先に自分で映像を作って、それを念頭に音楽を作るという手順を取ったそうなのである意味サントラともいえそうですね。例えば「架空の映画のサウンドトラック」っていうよく見聞きする言葉、これって実際に制作されてはいない映画の映像的イメージや脚本的な物語の大枠のみがある状態でそこに音楽を付けた、みたいなものがその言葉に正しく当てはまる例かと思うのですが、『Last Afternoon』は出発点はそれに近いものでありながら実際に映像まで作ってしまって(結果的に「架空の」を脱してしまって)、更に音楽もこのクオリティっていう…。なんか本作の後では「架空の映画のサントラ」とか「サントラ的」とか軽々しく言えなくなりそうですね。


2. Grouper『Shade』

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シンガーソングライターとしての基盤を持ちながらドローン的な音響への親密さやカセット録音の粗んだ質感などを抱き込み、フォークとローファイなアンビエントの理想的な結実点を示す作品群をリリースし続ける米国の音楽家リズ・ハリス=Grouperの新作。彼女の過去作、中でもドローンへの傾倒を前景化させた『AIA: Alien Observer』『AIA: Dream Loss』やピアノと歌で彼岸を描き出す『Ruins』は個人的に大変な愛聴盤でありますが、本作はギターと歌が非常に印象的なアルバムになっており、『Ruins』と近しい感触がありながらピアノとギターという楽器の特性により音の身軽さに違いが見える仕上がりです。『Ruins』は2014年のリリース以来様々な場面で聴いてきて、特にこの作品の疲れた状態で椅子やベッドなどに腰かけて聴いた時に体に沈み込む感覚をくれる(=眠りに近い領域に持っていってくれる)ところには何度も救われてきました。ですが今回の『Shade』は決して溌溂とした音楽ではないものの『Ruins』が眠りであればこちらは覚醒、に向けてのやや軽快な足取りを感じるサウンドで、Grouperらしい目の前の景色が霞み解像度を落としていくような催眠性は持ちつつもギリギリのところで能動的な活動を阻害しない音楽になっています。『Ruins』が一日の終わりの朝に聴きたい作品とすればこちらは始まりの夜に聴きたい、つまりは『Ruins』に匹敵するほど自分には欠かせない作品となっていきそうです。


1. Space Afrika『Honest Labour』

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Joshua InyangとJoshua ReidによるUKマンチェスターのテクノ・デュオSpace Afrikaによる作品。

これまでにWhere To Now?やsfericからリリースがあり、妖気の漂うダブ・テクノといった風合いの作風を披露していた彼らですが、本作は2020年に発表されたミックステープ『Hybtwibt?』で見せた意匠を色濃く引き継いだオリジナル・アルバムとなっており、ミックステープ発表以前とは大きく様相の異なる、冒頭に書いたテクノ・デュオという認識から一気に逸脱する作風となっています。

生活の中で記憶の底に溜まった、ストリートで遭遇しうる様々な音(インタビューの様子や事故のざわめき、スピーカーや路上ミュージシャンから届く音楽の掻い摘み)の沈澱をゴロっと掬い上げたかのようなコラージュ/ザッピング的構成は『Hybtwibt?』の最大の特徴であり、個の存在が動きながら接する、つまり文字通り一歩一歩塗り替えられていく「動的にしか認識されえない空間としての道路」を眼差す音楽といった仕上がりは本作『Honest Labour』まで地続きといった感がありますが、加えて本作ではそれが以前からの彼らの持ち味であったミニマル・ダブ由来のどんよりかつ官能的なテクスチャーに包まれることによって幻影であるかのような儚さが醸し出されており、ここが正に「オリジナル」な部分であり最大の魅力です(この要素の融合には本作リリースの前々月にsfericからリリースされた『Untitled (To Describe You)』に収録されているサントラ作品の制作経験が活きたという側面もありそうです)。

そのサウンドは『Raw Trax』の頃のBasic RhythmがKing Midas Soundのメルトダウンな、もしくは2010年以降のBurialの埃の中から亡霊が立ち上がるようなサウンドの意匠を纏ったというか、それらを水中に沈めた鏡に映して眺めたような、とにかく非常に「UKの音」を感じさせるもので、実際(2022年の作品になってしまいますが)Burial『ANTIDAWN』と眼差しの方向はかなり近いと思うのですが、それと比べても特に時間感覚の面で本作は数段ラディカルに感じますし、「道路」を感じさせる音楽としてMobb Deep『The Infamous』などにも匹敵するような緊張感とロマンティシズムの混交を秘めた作品ではないかと。結果として本作は、ロックダウンによって(人間にとって)静的な空間へと変容してしまった道路、それを眺めた時に浮かび上がる記憶/心象との濃厚な親和性を感じる作品となっていて、そこへ向けた「環境音楽」としてこれほど相応しいものがあるかという程のマジで完璧な出来……。

(ちなみにBurialは彼らのRAのミックスにも入ってます。)

またパンデミック的なビジョンをなるだけ切り離して捉えてみても、本作は2020年に自分が感じた「コラージュ×アンビエント」の流れと、この2021年のベスト記事で何度も言及してきている「ミニマル・ダブとアンビエントの新たな蜜月」の流れの非常に急進的な結節点と捉えることもできるため、他の時代ならともかく(なんなら去年でも危うかったかも)2021年の自分にはこれがアンビエントとの接点を持つ音楽として聴こえる要素が揃い過ぎていて、ほんとどの方面から見てもこの年のムードを表す音として出来過ぎている…。

『Honest Labour』はビートの入っている割合や低域の比重が高いサウンドのバランスなどなど、その仕上がりは現在制作のメソッドとそれに伴ういくつかのスタイルがかなり強く確立された感のあるアンビエントの認識には全然当てはまってくれないものかと思いますが、私は最近「スタイル」の前景化や固定化は音楽が「興味深く聴くことも無視することもできる」という非常に曖昧で矛盾しているとも取れるような地点へ留ろうとした時に意図せぬ方向への重りとして働いてしまうのではないか?と考えているので(これについては他に書く予定の記事で触れます)、そういった観点からすると流動的な成り立ちの本作は、少し前段ではアンビエントとの接点を持つ音楽と控えめな表現をしましたが、こういうのこそ今アンビエントとして聴かれることを欲している音楽だと一聴して感じさせてくれるものでありました。



まとめ

以上30作、目を通していただきありがとうございます。最後にこの年の音楽を振り返った中での気付きを簡潔に。

作品の感想の中でも何度か述べていますが2021年は自分にしては映画をたくさん観た年で、それは単に今まで有名なものすらあまり観ていなかったのでいろいろ観てみようと思い立ったってだけで、それを音楽を捉える感覚とリンクさせようとか得た知見を何か書く際に役立てようみたいなことは全く考えていなかったんですが、結果的にこうやって印象深いものを選び言葉を連ねてみると実際にサントラである作品からそういった制作での経験が活かされているように感じられる作品、そして聴いている私がシーンの移り変わりやその切り取り方のニュアンスから映画的な何かしらを感じるものなどディテールは様々ですが、映画との関わりがあったりそれを想像してしまうような作品に強く惹かれていた部分は相当あったと思います。

また、そういった作品の中でも多く該当するものがあるんですが、時間的にコンパクトに(だいたい30分前後くらいに)まとめられたアルバムにやられるって経験が多かったことも特徴的でした。これについてはちょっと思うところがあるので別に記事かいて掘り下げてみようかと考えています。

こんな長いの最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!!

あと面白いと思ったら拡散、サポートなどいただけるとありがたいです。てかシンプルに金欠なので助けてくれ~!


プレイリスト付けるの忘れてました。これには迷った末に削ったものとか含めて50作くらい入ってます。


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