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アルバムレビュー:claire rousay『a softer focus』

ドラム奏者、そしてフィールドレコーディングや電子音なども用いたソロの音楽家として活動し、前者としてはAstral SpiritsからのリリースやKen Vandermarkなどジャズ/即興の分野の音楽家との共演、後者としてはSecond Editions、Falt、Longform Editionsなど多様なレーベルからリリースを重ねbandcampでの自主リリースも積極的に行っているテキサス州サンアントニオ拠点のアーティストclaire rousay。

本作『a softer focus』は彼女が2021年4月にシカゴのエクスペリメンタル&エレクトロニックなレーベルAmerican Dreamsからリリースした一作。本作はbandcampが毎月選出しているベストアンビエントに選ばれていたり、SNS上など私の観測できる範囲でもこれまでの作品に比べ多くの方が聴き、リアクションしている印象で、またカラーが異なったり雑貨が付いていたりと様々なエディションが用意されているフィジカル版も多くが売り切れていたりと、今年のアンビエントの中でも際立った注目作といえるかと思います。


今回はclaire rousayのソロとしてのキャリア、作風の流れを追いつつ『a softer focus』の魅力に迫ってみたいと思います。記事中で取り上げている作品は全てSpotifyやApple Musicなどでも聴けますが、bandcampのサブスクに登録すればそれら含め今までのclaire rousayのソロリリースのほとんどが5ドルのプランでもダウンロード可能なのでかなりおすすめです。


claire rousayは先述したように即興演奏をメインとするドラマーとしてまず活動しており、ソロとしての制作においてもまずはドラム演奏をベースにした作品群がスタート地点となっています。

2017年頃からDane Rousay名義で発表された『blip』(Rat Tail Tapes, 2017)、『Divide』(Already Dead, 2018)、そして2019年頃からclaire rousay名義で発表された『Aerophobia』(Astral Spirits, 2019)、『It Is Just So Much More Difficult』(Falt, 2019)、『Several Erasures』(Already Dead, 2019)などがそれに当たります。これらは金物の特徴的な響きを用いたり、打面にスティックや物を置いて擦ったりドラム自体を揺らしたり、時には打楽器の範疇からはみ出すようなジャンク演奏的な側面もあったりと、アコースティックな創意工夫で響きを拡張していく方向性と、様々にペースを変える打音の連なりで魅せる堂々としたドラム・ソロの側面がそれぞれ異なるバランスで入り混じったような作品群であり、前者のエフェクティブな側面は『blip』に、後者のドラム奏者としての技量は『Aerophobia』に特に強く表れています。


以下は2019年の作品『It Is Just So Much More Difficult』リリース時に掲載されていたステートメントです。claire rousayの活動がどのように始まったかを適切に伝える文章かと思うのでそのまま掲載します(ただし、自身の表現とクィアネスとの関係については2021年のTruantsのインタビューで「それを音楽の説明に用いることとは距離を置きたい」と語っています)。

original statement for the release: I am an improviser and percussionist. I use physical objects and their potential sounds as a way to explore queerness, human physicality, and self perception. As a queer and transgender person, I am constantly aware of my physical state. Whether this is anatomic or geographic, it plays a massive role in how I view myself and interact with those around me. This awareness constantly shifts my self perception which then informs those same surroundings in a new way. This happens constantly and endlessly. I am interested in creative improvisation because of the ability to create works using it that have this ever-evolving quality that is similar to my emotional and physical experiences.



そしてclaire rousayの活動が始まった2019年には、早くもドラム演奏からの拡張というだけでは説明しきれない、新たな段階といえるような作品がリリースされます。『t4t』(No Rent Records, 2019)や『Friends』(Never Anything Records, 2019)などがこれに当たり、その内容は打楽器演奏を割合として大きく残しながらも、サイン波もしくはフィードバックのような響きやフィールドレコーディング、そして打楽器から引き出されているもののより物音に近いような雑然としたサウンドなどを編集で継いだスタイルとなっています。

『t4t』ではドラム演奏はASMR的な近さで捉えられており、冒頭でささやき声とレイヤーされることでもそれが示唆されているように思います。編集に関してはそれを用いないと現れない音の重なりが随所である一方で、時間を細かに裁断し並び替えることはあまり行わず、リアルタイムで録れたものが繋がりが保たれたまま使用されているケースが多い印象です。このカットの少なさと、打面を擦るなど一般的な奏法からやや外れるようなサウンドも用いていることなどが合わさって、1曲目の冒頭から数分間は特にASMR動画に近い感覚で耳に入ってきます。しかし時間が進むにつれ、打楽器の音の動きは徐々に器楽的に優れた即興演奏として耳に入ってくるようになっており、"カットの少なさ" が即興演奏であることの "らしさ" を伝えるものにいつの間にかシフトしているような不思議な変容を味わえます。まるで "リアルタイムで録れたものが繋がりが保たれたまま使用されている" という特徴をブリッジに、音フェチ的な動作と(楽器演奏のテクニックに裏打ちされた)即興演奏の間を揺れ動くような音の連なりです。

『Friends』は2017年から2018年にかけてrousayの人生に最も影響を与えた8名の友人へ宛てたサウンドが収められた作品。カセットテープで発表された作品ということもあってかA面にtheo, erik, meghan, alex、B面にmarcus, michaela, samantha, jenとそれぞれ4名へ宛てたサウンドが収められています。これによって4つの短編としても程よい突発性を持ったひと連なりの長編の楽曲としても聴くことができるような仕上がりになっています。『t4t』でも聴かれた "リアルタイムで録れた時間的繋がり" を維持したままオーバーレイされていくサウンドに、結果的に生まれたものかもしれませんがカンマが打たれたような切れ目や&で繋がれたような移り変わりが挟まれ、小気味いい聴き心地があります。サウンドの面でもフィードバックや簡素な電子音と思しきサウンドであったり、ルーパーで細々とした打音のループをあちこちから鳴らしたりと電子的なプロセスを積極的に用いており、パーカッションの演奏も雑味の強い音響を意図して出しているように思え、全体的にアコースティックな味わいは残しつつも適度な騒音性を持って耳を小突く物音アンサンブルのような逸品。ラストではピアノの使用もあります。



そして次の段階として言及したいのが、打楽器由来のサウンドを割合的に減らし、環境音を大胆に使用した作品群です。具体的には『a heavenly touch』(Already Dead)や『Both』(Second Editions)など2020年にリリースした作品においてこの傾向が強くなっている印象ですが、素朴なプロトタイプとして2019年の『a moment in st louis and a moment at the beach』も挙げたいところです。

『a moment in st louis and a moment at the beach』はタイトル通りといえる内容で、1曲目「a moment in st louis」と2曲目「a moment at the beach」それぞれでセントルイスとビーチでのものと思しき環境音が聴こえます。またclaire rousayが作品中に器楽的な要素を持ち込む際、ドラム以外ではファーストチョイスとなっているピアノの使用もあります。もしかしたら時期的にピアノを使った初めての作品かもしれません。フィールドレコーディングとドラム以外の楽器、この大きな2要素のスタート地点と見立てられるような一作です。

『a heavenly touch』はここまで言及してきた作品に比して明らかに使用されるサウンドの選択肢が増えている一作で、それがトータル30分の中で短いスパンで重なり移り変わっていくため、サウンドコラージュと形容してもいいような仕上がりです。野外から聴こえてくるの様々な音を捉えた室内でのフィールドレコーディング、機械の稼働音なのか自身で生成した電子音なのかわからない音、打楽器でたてた音なのか単なる物音なのかわからない音、そしてピアノの音などが入り乱れており、サウンドの取り合わせだけ見ればかなり雑然としていますが、編集においては個々の素材が持つ流れが断絶やシャッフルされるのではなく、いくつかの場面が固有の流れを保持したままオーバーラップすることで、ゴツゴツとした音響マテリアルがなだらかに聴覚を通り抜けていくような、喉につっかえない程度の異物感を摂取できる独特な作品にまとめられています。コラージュ的な音像が生まれる場面も多々ありますが、それは流れを保持したオーバーラップの中から生まれてくるものであることが多いため、例えば細かなカットアップによって生まれる速度感の(唐突なギアチェンジのような)変化はあまり現れない点が特徴的です。初めて聴いた時は扱われるサウンドの広がりから『Friends』辺りの作風からの変化が急速に感じましたが、"リアルタイムで録れた時間的繋がり" の保持など聴けば聴くほどclaire rousayらしさがきちんと繋がるかたちで収められているように思えてきます。また、本作はTone Glowのインタビューによればclaire rousayが初めてシンセサイザーを用いた録音作品ということです。これらのオーバーラップの中から立ち上がってくるコラージュ性が生む聴き心地や、シンセサイザーの使用といった要素は(後述しますが)『a softer focus』に非常にストレートに繋がってくるものです。

『Both』は対照的ともいえる2つの作品からなるアルバム。1曲目「Library」はサン・アントニオの中央図書館にマイクとスピーカーを持ち込み、そこの共鳴周波数にチューニングされたサイン波を環境音に潜り込ませたようなサイトスペシフィックな作品。空間の音に紛れていたようなサイン波がある地点から唐突にせり出し、逆に館内の音が埋もれ遠のいていくという構成となっており、共鳴周波数を発するスピーカーの位置を探し当て徐々にズームアップしていくようなイメージが浮かびます。これまでの作風からするとかなりサウンド・アート寄りのアプローチに思えます、こういった制作はこれが初めてだったようです。2曲目「Two Things」は野外から聴こえてきた音を多く用いた環境音のつづれ織り。ガサゴソとした物音、自動車の走行音、飛行機が行き交い鳥の鳴き声が聴こえ、ラジオか街宣車から流れてきたような音楽が通り過ぎる、ただの日常といった感触の音景が描き出されますが、それは常に複数の録音が重ねられることで作り出されているように聴こえ、何気ないようでいて意外と手の込んだ編集がなされたものに思えます。薄っすら架空さが漂っているというか。中盤でピアノが入ってきて以降の展開は『a heavenly touch』と地続きなオーバーラップ感が現前してきますが、前半では同じ技法がカモフラージュ的に働いている気がして興味深いです。ちなみにこの「Two Things」で用いられているフィーレコ音源はすべてJacob Wick(claire rousayとの共作リリースもあるトランぺッター)の自宅を訪ねた際に野外から聴こえてくる音や自身らの会話を録ったものであるとTone Glowのインタビューで明かしています。このインタビューでは他にもフィールドレコーディングの扱いなども語られているので是非読んでみてください。



そしてここから更に変化が加わった作品が今作『a softer focus』といえるでしょう。今作で聴き取れる変化はひとえに器楽的な要素の増加です。

日常の身支度の音を収めただけのような1曲目から繋がる2曲目「discrete (the market)」が象徴的で、開始からすぐに柔らかなシンセドローン、弦楽器、そしてピアノが入り今までになく器楽的な雰囲気のアンサンブルが形成されます。また3曲目「peak chroma」や5曲目「diluted dreams」ではオートチューンをかけたボーカルまでも登場しこれも耳を引く新しい要素です。ピアノは2019年の『Friends』や『a moment in st louis and a moment at the beach』以来claire rousayの作品において器楽的な部分を再三担ってきましたし、シンセドローンと弦楽に関しては2020年の『it was always worth it』(Longform Editions)にて本作に近しいニュアンスでの目立った使用がありましたが、本作での弦楽の使用を増加させやボーカルを加えた布陣は更にグッと踏み込んだ冒険心を感じさせます。

『it was always worth it』はclaire rousayが初めてMIDIキーボードを使用した作品で、しかもそれを入手した週に完成されたとのこと。(ourcultureのインタビューより)


しかしながらこの新しい要素と同時に、ここまで再三言及してきた物音/環境音などのオーバーラップも本作では同時に起こっており、明確に新しい要素が加わっていようともこのオーバーラップ技法をベースに描き出される音景の移り変わり、ひいては全体の流れや聴き心地は前述の作品、特に『a heavenly touch』の正統進化といえるような仕上がりになっています。『a heavenly touch』ではその聴き心地を "喉につっかえない程度の異物感を摂取できる" と表現しましたが、本作ではこれが器楽的な要素の導入などによってより喉を通りやすくなっていて、しかし依然として異物感も残してあり、この辺りのバランスがリスナー個々の好みが出るところかもしれません。本作は今までのclaire rousayの作品に比べアンビエントとして紹介/受容されている面がかなり大きくなった印象がありますが、これも喉の通りの滑らかさがある閾値を超えたということの証左に思えます(簡素なアンビエントが志向する喉の通りが透明なミネラルウォーターのそれと仮定してみるなら、本作からはまだ果肉がごろっと残った状態のミックスジュースが連想されます)。私としては本作の滑らかさと異物感のバランスは全然アリで、十分にclaire rousayらしさを感じることができるものと思います。


加えて、本作に対して私は作品単体でのサウンドの面白さはもちろんですが、これがアンビエントとして聴かれている/評価されているところにも興味深いものを感じています。

現在様々な広がりや盛り上がりを見せているアンビエントですが、その隆盛を支えているのがいくつかの確立されたスタイル(制作/演奏法)やシーンの存在です。具体例を挙げるなら例えば①Strymonなどの高性能のリバーブペダルの登場以降といえるような煌びやかな倍音/シマー的な響きのドローンを中心としたアンビエント・ドローン、そこにモジュラーシンセのシーンなども重なりYouTubeやInstagramなど動画系のチャンネルからも支持を伸ばせる態勢となった②マシンライブ/リアルタイム生成な方向性、③ニューエイジ、④日本の環境音楽の再評価以降といえるような実用性の重視または特定の環境に合わせてデザインされたクライアント・ワーク的側面の強いもの、などでしょうか。bandcampが毎月選出するベスト・アンビエントなどもこれらのいずれかに結び付けられるものの割合は相当に高いように感じますし、スタイルやシーンの確立による様々なメリット、例えば平均的なクオリティの上昇だったり紹介のしやすさ(これが好きならこれも的な数珠つなぎに聴いていける感じ)などが実を結んでいる印象です。

ですがclaire rousayはここまで紹介してきた作品の流れなどを見ればおそらく、端からアンビエントを目指して制作をしていたような作家ではなく、自分の関心のあることをまとめたり新たな要素を加えたりしていたら結果的にそれとしても聴けるようなものになっていたというタイプに思えます。

"聴き心地の滑らかさがある閾値を超えた" ことでアンビエントとしての評価もなされるようになった本作にしても、そのサウンドは先に挙げた①~④のどれにもうまく収まりはしませんし、他に結び付けられそうなスタイルやシーンも思いつかないどこか座りの悪い一作です。しかしその収まりの悪さは言い換えればフレッシュさでもあり、正直なところ①~④のスタイルにある程度収まってしまうものに対して(クオリティが高いものが多い故にそれぞれに明らかな差異を見出し難かったりで)鮮度を持って接することが難しくなってきている私にとっては、本作のサウンドは新風のように感じられました。かなり恣意的ですが、本作の評価がアンビエントの隆盛の中に確立されたスタイルやシーンにうまく結びつかない部外者的な作家が紛れ込むことを促進するようなことに繋がればとても面白いですね。

で、このような収まりの悪さ/フレッシュさがどこからくるのか考えてみると、やはりフィールドレコーディングの扱いにあるように感じます。claire rousayの作品に用いられるフィールドレコーディングは特殊な環境の奇異な響きなどではなく、日常の様々な音の総体としての雑音が圧倒的に多く、しかもそれが時間的に突飛な編集をせずノイズを取り除く目的でのトリートメントもあまり施されない状態で用いられるケースが多いように聴こえます。アンビエントやそれに近い領域の音楽ではフィールドレコーディングが用いられることは全く珍しいことではありませんが、そこでは録音時の風除けに始まり、低域のカットやタッチ、ハムなど様々な種類のノイズ除去などハプニングや意図しない響きを切除する思考/方法がそこかしこに存在しています。ある種のアンビエントや環境音楽が追い求める、それこそ細かに選定された庭のような、完璧にデザインされた音空間の実現にあってはこのような思考/方法は有効なものでしょう。しかしclaire rousayの作品では録音された素材の中から必要な響きだけを丁寧に切り取り、パーツ化した音響に後から共有される空間性を付加/調整し、それぞれが違和感なく馴染んだ音景を作り上げることはあまり目指されておらず、むしろ録れてしまった音のそれぞれに異なる空間性が大胆にレイヤー/オーバーラップされることで出現する調和しきらない音像こそが魅力となっています。また、ハプニングやエラー的な事象を避けようとする傾向は商用という領域が求めるものという側面もあるでしょう。いわゆる商用アンビエントのプラスチック的な質感であったり、商用を想定した音楽販売プラットフォームAudiostockにおけるノイズ混入判定の厳しさであったり、結び付けられそうな事柄はいくつか思い浮かびます。ただ行き過ぎたデザインには権力や息苦しさが生じるのもまた必然です。

claire rousayの作品にはそんなある種のアンビエントや環境音楽が排除したハプニングを、なるだけ引き受けようとするような思考が伺えるように思いますし、それ故の雑味や歪さ、商用が退けた、それこそ無印良品のBGMに絶対に入りえないような響きを多く含んだこのサウンドは、もしかしたら整理された空間のためにチューニングされた環境音楽より、私たちの雑然とした生活空間に親密なものかもしれません。



最後に、レビューを書くにあたって目を通したインタビューなどをいくつか挙げておきます。




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