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本当は恐ろしい映画『めがね』の話

 2007年に公開された荻上直子監督の映画『めがね』は、全編与論島でロケが行われました。携帯電話も通じない、とある海辺の地に訪れた旅人と、そこに暮らす人たち(地元民でないのがミソ)や謎の女性との関わりを描く、なんとも捉えどころのない、ゆる〜い映画です。衝撃的な出来事や手に汗握る展開などとは無縁ですが、フィルムに記録されたその海はひたすらに美しく、観る者を魅了します。

 いわゆるご当地映画とは違い、舞台が与論であることはもとより、島であることさえ明示されていません(たったひとつ、ヒントが隠されています)。それでもこの作品の影響力は絶大で、聖地巡礼のように島を訪れるファンがいまだに多く見られます。
 一方、あまりの何事もなさに眠りの世界へとドロップアウトしてしまう者も多いといいます。かように人を選ぶ作品と言えるでしょう。
 そしてこの映画への批判で多く目にするのは、人物に生活感がないという意見。無理もありません。

 なぜなら、この映画に登場するのはすべて死者だからです。

 冒頭、小さなスーツケースひとつ引きずって空港からあらわれた主人公タエコ(小林聡美)は、ほどなく青く穏やかな海に面した浜辺にたどり着きます。不思議な色に染まるのたりのたりとした海面。これはまさに三途の川を思わせます。
 彼女はここで過ごすうち、やがて頑なな心をほぐしていくのですが、最初はこの場所に強烈な拒否感を示しています。その感情は、実は自分が死んだ事に対するものなのでしょう。死という事実を認識できず戸惑っている霊が、煩悩をひとつひとつ手放し、成仏していく過程を描いているのがこの映画なのです。
 彼女は映画の半ばでたったひとつのスーツケースを捨て、編んでいた毛糸のナニモノかを人にゆずり、最後には生活に必要不可欠な眼鏡まで失くしてしまいます。でも、それでいて見せるのはなんとも晴れやかな表情。実に見事な成仏ぶりではありませんか。

 タエコの成仏を手助けするのがサクラさん(もたいまさこ)。サクラさんは浜辺=賽の河原で、かき氷屋を開いています。かき氷と引き換えに受け取るのは金銭ではありません。客の大事にしているものでさえあれば、種類や多寡は問わないのです。すなわち未だ成仏できない霊にかき氷=水を供えて煩悩を引き受ける行為に他なりません。河原で石を積む子供を救いにやってくる地蔵菩薩の役割とも考えられます。彼女の滞在する期間が救済の期間。春から梅雨までのごく短い間なのです。

 ぼんやり観ていると、あの世かと思わせるほどふわふわするばかりの場面が続くなか、ハルナ(市川実日子)だけが時折その状況に疑念を呈します。唐突に「あー死にたい」ともらしたり、プラナリアの話をしながら「永遠の命」に憧れたり、サクラさんに捌かれる魚を見て「人間は死んだらどうなるのか」と問うたり。生と死。この映画にはふさわしからぬ話題に見えて、実は本質をストレートに表現しているのです。彼女は死んでいるのに半分気づいていて、それでもなお生きることにすがりつこうとしているようです。

 ユウジ(光石研)はサクラさんのかき氷を食べて、この地に身を置くことを決めたと言います。自らの成仏をひとまず後回しにして、迷える魂がいっとき休める場所を設えることで、サクラさんをサポートする役回りを選んだのですね。

 ヨモギくん(加瀬亮)は、タエコの後を追ってこの場所にやってきました。「後を追って」。つまり、まあそういうこと。

 魂たちは浜辺で修行も行います。あの「メルシー体操」が成仏するための修行です。体操と呼ぶにはあまりに意味不明な動きも、一種のヨガのようなものと考えれば納得できますね。
 タエコたちと一緒に体操しているのは、もしかすると海難事故か何かで海へ消えてしまった子供たちなのでしょうか……。

 すでに死んでしまった人たちばかりが、心許ない時間をゆるゆると過ごすこの映画の終わり近く、ユウジの愛犬コージが白黒茶の子犬を産みます。オスじゃなかったのかよ! という場面ですが、唯一「めがね」を掛けていない犬だけが、未来へと続く強い生命力を感じさせます。
「めがね」の象徴するものって、われわれ人間が生きていくうえで染み付いてしまった先入観や偏見、あるいは欲望なのかもしれませんね。

 その筋のうるさがたからは意味のない雰囲気だけの映画と揶揄されることもある『めがね』。見方によっては死の匂いに満ちた、ブラックな映画であるというおはなしでした。ほら、海辺に集まった人々の過ごし方を思い出してください。そう、「たそがれ」。それこそ人生の最期を象徴する言葉ではないですか。

 さて、この死を巡る映画がどうして与論で撮影されたのでしょう。
 それは、この島で連綿と引き継がれてきた死生観と深く関わってくるのですが、それはまた別の機会に。

※コージとして名演技を見せていた女優犬「ケン」は2018年の早春、惜しくも亡くなりました。安らかな最期だったそうで、きっと迷わずあちらの世界へ渡って行ったのだと思います。合掌。
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山の国に住みつつ与論島をテーマに活動中。なぜ? どうして? その顛末は note 本文にて公開中!

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海のない県に暮らしつつ海を想う日々。台風情報はついつい島を気にしてしまいます。