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わが追憶のラフマニノフ

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす

 『シャイン』という映画をご存知でしょうか(一九九五年製作/オーストラリア)。アカデミー賞まで獲ったのに、テレビでもあまり放送されることがなく、いまでは忘れられてしまった作品です。デイヴィッド・ヘルフゴットという実在するピアニストの半生を描いたドラマで、あらすじはこんな感じです。
 デイヴィッドは幼い頃から厳しいピアノの英才教育を受けていました。音楽家に憧れながらもその夢を果たせなかった父親が、息子に希望を託したのです。やがてデイヴィッドの才能は開花し、留学の話が持ち上がります。しかし、厳格な父親は親元を離れることを許さず、ことごとく破談にしてしまいました。そんな折、イギリスから奨学金の話が舞い込みます。デイヴィッドは父親の許しを得ないまま、家を飛び出すようにしてロンドンに渡りました。そして猛練習に励み、コンクールでラフマニノフのピアノ協奏曲第三番を弾くことに決めます。それは父親が「世界でもっとも難しい曲」と呼び、いつか弾けるようになりなさいと言っていた曲でした。デイヴィッドは見事に演奏を成し遂げますが、演奏が終わった瞬間その場に倒れ、精神に異常をきたしてしまいます。
 いま考えると、私がこの映画に出会ったのは、何とも不思議な巡り合わせでした。なぜなら、私がこの映画を見ていたとき、まさに私自身にも同じようなことが起きていたからです。

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