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成長は続くよどこまでも?

𝑡𝑒𝑥𝑡: 養老まにあっくす

 全日空が五千億の赤字だという。私自身は航空業界と何のかかわりもないのだが、祖父と父が航空会社に勤めていた(ちなみに全日空ではない)。祖父の若い頃については詳しく知らないが、父は文字通りのヒコーキおたくである。米国は軍事費に夥しい税金を注ぎ込んでいるので、各州に航空公園みたいな施設があって、昔の戦闘機などが一般公開されているらしい。私も子供のころ連れて行かれたことがあるのだが、あのときばかりは父親の方が子供であった。
 しかし何の因果か、祖父から父へと受け継がれてきた男のロマンも私には伝わらず、むしろ乗り物酔いがひどかったので、飛行機はもっとも乗りたくない乗り物のひとつであった。とはいえ、日本航空も過去に経営破綻しているし、今回の全日空のようなことがあれば、子供でも「お父さんの会社は大丈夫かしら」くらいのことは気になる。だから、いまでも航空業界のニュースはなんとなく耳に入ってしまう。
 この大赤字は、言うまでもなくコロナの影響が大きい。本来ならオリンピックの特需で赤字どころか大幅な黒字を見込めたはずの機材や人員の増強が、かえって仇になってしまったというわけである。だが、それ以前から全日空の急速な拡大路線には懸念の声もあった。天災ではないが、リーマンショックのようなことがもう一度起きないとも限らない。
 この半年ほどを振り返ってしみじみ思うのは、私たちの暮らしの中で、じつは「なくても済む」ものやことが、いかに多かったかということである。それをよく示しているのがテレワークである。私が勤めていた会社は、もともと人によっては在宅勤務だったが、これを機にオフィスを引き払って、完全にテレワークに移行した。もちろん、大企業の場合はおいそれと簡単には行かないだろうし、テレワーク自体が難しい業種もある。しかし、実際にやってみると、いままではできなかったのではなく、できないと思っていただけということがよくわかった。本気でやればできるのに、やるきっかけがないだけだったのである。
 そういう目で見てみると、仕事や旅行でのフライトも、現在は制限されているために著しく減少している面はあるものの、本当にそんなにたくさん必要だったのかという疑問が浮かぶ。ガルブレイスは「供給が需要を作る」と言ったが、われわれが「成長」と呼んできたものは、過剰な供給によって消費を作り出してきただけだったのではないか。
 いったい何がわれわれに成長を強制するのだろう。お上は成長戦略会議なるものを飽きもせず開催しているが、一体どこまで成長し続けるつもりか。企業も企業で、成長率前年比何パーセントみたいな空しいレースをいつまでやるつもりなのか。冷静になって考えれば、永遠に成長などできるわけがない。われわれの子供や孫たちが大人なっても、同じことが続けられると思うのか。
 半沢直樹が、日航と政権との「持ちつ持たれつ」の関係、それによって起こった危機と再生を下敷きにしていることはよく知られている。この手のドラマではしばしば行政や組織の「腐敗」が描かれるが、われわれの社会が抱えている問題を病変に例えるなら、壊死性の疾患よりももっと相応しい病名がある。それは何かと言うと、癌である。なぜなら、自然界において無限に成長し続けることができるのは、唯一癌細胞だけだからである。
(二〇二〇年十月)


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