終戦後に詠まれた短歌

前回、太平洋戦争終戦直後に詠まれた歌を紹介しました。
今回は戦後に詠まれた太平洋戦争の歌を紹介します。これらの歌の作者は少年少女の時代に終戦を経験されました。

・障子閉めて母と祖父母は泣きゐたり悲しみの声知りたるはじめ
 中根誠『境界』

障子を通して母と祖父母の泣き声が、読む者の心に響き渡る一首です。作者はこの時4歳です。
下の句「悲しみの声知りたるはじめ」が表すのは、家族の命を奪われた者のその深い悲しみを理解した瞬間。その時の心の動きや瞬間の重さを非常に繊細かつ深く表現しています。戦争によって引き起こされた家族の離散、喪失感を静かに切実に表現し、平和は決して当たり前ではないことを、私たちに教えてくれます。

・八月の六日、九日、十五日 雲の寡黙をだれが裁くや
 由田欣一『酔生夢死』

日付が示すのは広島と長崎の原爆投下の日と太平洋戦争終結の日。
「雲の寡黙」をどう解釈するかは難しい。戦争に突き進むのを止めなかった当時の人々のことかもしれません。戦争の犠牲や影響をどう評価するか、歴史の教訓をどう活かすかという問題を現代人に突きつけているのかもしれません。

・変節も生くるためらし教師らの詫びひとつなく戦争終る
 由田欣一『酔生夢死』

戦後、教師たちが過去の教育や変節について謝罪しなかったことを描いている歌です。また、社会全体が戦争に関してどのような責任を持ち、どのような反省をすべきかを問いかける作品とも言えます。

・玉音とふ敗戦放送聞く正午みな黙しゐて蝉なくばかり
 西川和栄「心の花 2017年11月 1429号」

炎天下、正午の静けさの中で、人々が昭和天皇の玉音放送を黙って聞いている様子が浮かび上がります。
その静寂を打ち破るかのように、蝉の鳴き声だけが耳につく。この蝉の鳴き声が、戦争の終結を知った人々の心情、戦争の結果、沈黙や喪失を象徴しているかのようです。
歴史的な瞬間の重さと、その場にいた人々の感情を繊細に捉えています。

・兄君は特攻隊員 昭和二十年三月知覧より飛びたたれしと
 松井千也子「心の花 2016年03月 1409号」

兄が知覧から出撃して戦死したことを淡々と、結句言い差しで詠んだ作品。この淡々とした具合に、戦争の悲惨さを感じました。

戦争詠は短歌の大きなジャンルであり、この他にも無数の歌が詠まれ、歴史の中で記録されてきました。それらの歌は、単に過去の凄惨な出来事を伝えるだけでなく、日本の感情や精神を形作る重要な要素として位置づけられるのではないでしょうか。
戦争体験者の歌には、短歌としての芸術的価値や歴史的な記録としての価値に加え、現代人の歴史や社会に対する理解を深め、また、平和の尊さを再認識させる力が宿っていると感じます。

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