「事業にかかる任意後見制度 Business Lasting Power of Attorney」(福田智子著)の感想とまとめ

自分の肌感覚としては、任意後見制度はまだまだ十分には利用されていない。医療福祉関係者と話をしても、彼ら彼女らが想定している後見とは法定後見制度であり、そもそも任意後見についてはその存在すらあまり知られていない。
他方、行政書士・司法書士・弁護士などの士業側はいわゆる終活ブームの中で、遺言と任意後見をセットで提供するスタイルの拡張を図ってきている。遺言・死後事務委任・任意後見を3点セットで「販売」する手法もある(移行型任意後見を採用して財産管理契約も締結するなら4点セットになる)。近時は、遺言と任意後見と家族信託(民事信託)を3点セットとするパターンもある。正しく活用すれば、自分に合った法的サービスを活用して人生をより充実させる市民が増えるはずであり、われわれ士業や関連事業者は事業拡大に繋がるし、みながWin-Winになり得る。

ただ、これら制度を活用する側のニーズや条件は様々であり、例えば遺言と信託と任意後見を組み合わせるにしても、それぞれをどのように組成してどう組み合わせるのがその人にとってベストであるか見出すことは、必ずしも容易ではない。
かつて弁護士業界は、任意整理・破産・個人再生の3種のうちどれが当該クライアントに相応しいか見極める術を発達させていったが、これらは択一的選択だったので、それほど複雑ではなかった。他方、遺言・信託・任意後見は重複活用が出来る上、組み合わせも自在。そのため3つの組み合わせだけでも、
・遺言と信託と任意後見を3つとも使う
・遺言と信託
・遺言と任意後見
・信託と任意後見
・遺言のみ
・信託のみ
・任意後見のみ
の7種がありうる。その上、遺言・信託・任意後見のいずれもそれぞれの内容そのものを自由に組成できるため、組み合わせと活用のパターンは理論上は無限になり得る。
とはいえ知見を集積すれば、ある程度のパターン化は可能であるはずだと自分は考えてきた。どこかにそういった知見を集約化した文献その他情報がないかと常にアンテナを張ってきた。もしかするとネットでの大量集客などに成功した司法書士法人の中にはそういった知見やマニュアルが存在するのかもしれないが、今のところ自分はまだ辿り着けていない。

前置きが長くなったが、「高齢社会における信託活用のグランドデザイン第1巻 ”信託制度のグローバルな展開と我が国の課題”」(日本評論社)所収の「事業にかかる任意後見制度 Business Lasting Power of Attorney」(福田智子著)は、そういった自分の問題関心にかなりの程度応えてくれるものであった。
同稿では「事業にかかる任意後見制度」を「経営に携わる者(会社役員および個人事業主)の認知機能が低下した場合における事業の継続および承継に関する制度」と定義している。イギリスのBusiness Lasting Power of Attorney(BLPA)制度を参考にしたものとのこと。
もともと自分は、経営権は後継者に譲ったものの支配権(株式)をそのままにしていたがために判断能力が著しく減退した創業者株主によって事業運営に支障を来した中小企業に触れた経験から、事業承継分野での任意後見活用拡大は喫緊の課題だと認識していた。そこへ実務にも通じた研究者によって執筆された同稿が現れた。

まず任意後見業務のうち、事業にかかる業務を身上監護業務から切り離す発想が自分には全く無かった。確かに任意後見人は複数選任が可能であるし、たとえ単独選任であっても任意後見契約書の中で事業にかかる部分とそれ以外の業務を明確に意識して分けるだけでも活用度はかなり変わってくると思われる。

また同稿は「事業にかかる任意後見制度」の活用可能性を、会社の取締役、会社株主、個人事業主、不動産業、専門職の5種に分けて分析している。その分析に当たっては、①本人の認知機能低下に伴って必要となる対応、②事業にかかる任意後見制度利用の要否、③任意後見利用に替わる代替手法についてそれぞれ検討している。その検討結果は文末に一覧表として整理されており、それが理解をより一層助けてくれる。
例えば株主については、本人の認知機能が低下しているにもかかわらず会社支配権、株主総会での議決権を保持していることが問題なので、事業にかかる任意後見制度の利用によりそれを克服する方法が示されている。この点については、近年士業からよく提案されている「家族信託」による代替も可能であるが、この場面ではこの両者の選択は択一的である。同稿は、会社法各規定や利益相反を考慮して、それぞれの場合に誰を事業における任意後見人或いは受託者に選任すべきかまで検討を進めている。ただ自分には一読了解とまではいかなかったので、著者に直接教えを請う機会を何とか得られないものかと考えている。

なお著者は現在、茨城大学に所属しておられる研究者。経歴を見ると1973年生まれで立命館大学法学部法律学科を1996年に卒業しており、自分と大学の同級生であったようだ。何となく聞き覚えのある名前のような気もするが。


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