パワハラ防止措置の義務化とLGBT施策

2020年6月1日から改正労働施策総合推進法が施行されました(ただし中小企業については2022年3月31日まで適用猶予)。
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75008000&dataType=0&pageNo=1

今回、同法がその30条の2第1項でパワーハラスメントの定義を明記し、事業主に対しパワハラ防止のために適切な措置を講じることを義務づけたことから、世間では同法のことをパワハラ防止法などと呼んでいるようです。
同第3項で「事業主が講ずべき措置等」を厚生労働大臣の策定する「指針」に委ねる建て付けを採っていることから、その具体的な内容は、令和2年厚生労働省告示第5号によって示されています。

事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

以前は、法務省発行のパンフレットですら、パワハラの定義につき次のように書いていました。
http://www.moj.go.jp/jinkennet/asahikawa/pawahara.pdf
「パワハラは、法令上は明確に定義されていません。何がパワハラなのか、いまだ不明確な部分もあります。しかし、一般的には「職場内での地位や権限を利用したいじめ」を指し、「職権などの優位にある権限を背景に、本来の業務範囲を超え、継続的に、相手の人格と尊厳を侵害する言動を行い、就労環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与えること」などと言われることもあります」

しかし今回、同法にパワハラの定義が明記されるとともに、「指針」においてかなり具体的にパワハラ該当行為が特定されています。これは、職場で同指針に記載されている行為が行われているのを看過した場合に事業者の責任が問われる可能性が増えたことを意味しますが、同時に気をつけなければならないことが明確になり、以前よりも予防措置を執りやすくなったとも言えます。以下、指針のポイントを抜粋します。

【パワハラの定義】
職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③労働者の就業環境が害されるものであり、
①から③までの要素を全て満たすものをいう。

①「優越的な関係を背景とした」言動
・職務上の地位が上位の者による言動
・同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

②「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動
・業務上明らかに必要性のない言動
・業務の目的を大きく逸脱した言動
・業務を遂行するための手段として不適当な言動
・当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

③「労働者の就業環境が害される」
当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。

同指針は、職場におけるパワハラの態様は多様であることを前提としつつ、以下のように、パワハラ言動をかなり具体的に例示しています。

イ 身体的な攻撃(暴行・傷害)
① 殴打、足蹴りを行うこと。
② 相手に物を投げつけること。

ロ 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
① 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
④ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。

ハ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。

ニ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。

ホ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

ヘ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

前述の通り、社内でこれら事象が生じているにもかかわらず適切な対処を怠った場合には、安全配慮義務違反として使用者の法的責任が問われることもあり得ます。しかし他方で、これら態様に類似の行動があった場合にはそれを止めるよう指示しやすくなった面もあり、労務管理上積極的に活用しやすいとも言えます。

さてこれらの中で私が最も注目したのは、相手の性的指向や性自認に関する侮辱的な言動を行うこと(ロ 精神的な攻撃①)と、本人の同意を得ることなしにその性的嗜好や性自認を暴露するいわゆるアウティング(「ヘ 個の侵害」②)が、パワハラの典型例として明示されたことです。

同性婚が合法化されたアメリカなどと異なり、日本では未だ性的マイノリティが十分な社会的認知を得られたとは私は思いません。しかしながらそれでも上場企業の間ではLGBTアライを表明し、性的マイノリティを排除しない企業であることを内外に示すところも増えており、今後この流れはますます加速していくと思われます。

LGBTフレンドリー/アライとは(株式会社アウトジャパン・ウェブサイトより)
https://www.outjapan.co.jp/lgbtcolumn_news/out_proud/2.html

社内福利厚生の同性婚対象化やトランスジェンダー従業員への合理的配慮など積極的施策が注目されますが、性的指向・性自認を理由とするパワハラ発生を抑止するという消極的施策も企業コンプライアンスの一環として、今後は重要性を増していくはずです。

なお同指針は、事業主の責務についても具体化しておりますので、最後にその部分を抜粋して引用しておきます。

【事業主の責務】
法第30条の3第2項の規定により、事業主は、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならないことその他職場におけるパワーハラスメントに起因する問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者(に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる同条第1項の広報活動、啓発活動その他の措置に協力するように努めなければならない。
また、事業主は、自らも、パワーハラスメント問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。

弁護士 國本依伸

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