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途上国ベンチャーで働いてみた:コロナ対応病床を確保せよ(通算330日目)

2020年6月に入る頃、私たちはto B営業に精を出していた。職場向けの衛生管理コンサルタント事業を始め、各所にEメールやSNSマーケを通じてPRを続けるうちに、少しずつ企業からの前向きな反応が得られるようになってきていた。

とはいえ、そもそも現地社員の中で営業トークができるメンバーは一人しかおらず、営業資料の作り方からコールドコールのスクリプトまで、私から日本人の若手駐在社員に伝え、それをもとに若手駐在社員が現地社員をトレーニングし、1-2ヶ月をかけて共に成長を目指した。コロナ禍でなかなか対面アポイントには至らず、そういった準備やトレーニングに割く時間があったことが、後々の自走できる組織化の実現に大きく寄与したことは間違いなかった。また、この過程で少しずつ力をつけていった現地社員は、自身が獲得したアポイント先の企業から最終的に案件が得られる経験を積むことができたこの時期、自信と会社への精神的なコミットメントを大きく高めていった。

そう、この時期、私たちは大きな日系企業から案件を得ることに成功したのだ。彼らの要望に応えるため、これまでになかった取り組みとして、私たちはコロナ対応病床を外国人である日本人のために確実に確保してくれる病院を探し当て、契約に漕ぎ着けていた。

その頃、国内の病院はコロナに対応するか否か、選択を迫られていた。コロナ対応病床を開ければ、コロナ患者は入るが一般患者は決して近付いてくれなくなる。また、コロナに対する恐怖心が先行していたこの時期、コロナ対応に応じる医師や病院スタッフもまた限られていた。政府系病院であれば経費も政府負担であるので通達に従うまでだが、中間富裕層以上の層が利用する民間病院にとってその選択は経営上悩ましいものだった。ただでさえ感染したらどうなるのか誰にも明白なことは言えない状況にあったコロナに罹ってしまった場合のことを考えれば、多くの日系企業が信頼できる民間病院と提携しておきたいと考えるのは自然なことだった。情報が錯綜し且つ刻々と状況が変わる中、私と現地社員は名の知れていた高級病院から中規模の病院まで10ヶ所以上直接足を運び、コロナ対応可否、専門医および診療科、院内動線、大部屋から個室やICUに至るまでの費用、設備etc.を確認し、提携案に乗ってくれる先を探した。しかし、概ねどこも病床予約は受け付けないという表向きの理由を掲げ、実態は政府上層部富裕層の予約枠対応に追われていた(彼らはコロナに対応する代わりに補助金を積み増すよう政府とのネゴシエーションにも余念がなかった)。

最終的に契約締結に至った先は、現地社員が偶々、警察関係団体向けにコロナ病床の枠を開放した病院があるとニュースを見て知り、ダメ元でノックした大病院であった。600を超える病床数を持ち、外観も立派であったが、立地が工業エリアにあるせいかあまり市民認知度が浸透しておらず、日本人には皆目知られていない病院だった。初めから、運良くCOOに直接コンタクトが取れたことも幸いしたのだろうが、何より、その病院幹部との面談の直前に、日本の某政府系援助機関に私たちの取り組みを伝え、暗黙のお墨付きを得られていたことが大きかったと思う。某援助機関の名を出したところで、先方も利があると踏んだのだろう、即日提携が実現した。

こうして、いざという時に頼ることのできるコロナ対応医療機関を擁し、私たちの企業向けコロナ対応支援サービスは口コミ式に広がっていった。同時に、もはややるしかないところまで需要が明白になってきた事業があった。PCR検査事業だ。

日系企業の担当者たちは口を揃えて言った。「医療機関との提携に加え、日本の検査事業者にPCR検査を行なってもらえるならば、安心して駐在に戻れる。」

私たちは、もともとバングラ現地で臨床検査事業ライセンスを取得している検査機関として、健康診断サービスの提供を行なっていた。血液検査、尿検査、便潜血etc.基本的な検査を行う設備と技師人材を擁していた。しかし、PCR検査となると簡単ではない。感染性の高い検体を扱う検査室の運営となると、一般的な検査のための設備や動線の配慮では不十分であり、世界的には米国疾病予防管理センター(CDC)や世界保健機構(WHO)が検査室の基準を示すBio Safety Level(BSL)というものを定めている。コロナ検査を行う施設の運営に関しても暫定的なガイドラインが示されており、当然、内容に準拠した設備や動線を整えなければならない。

さらに、バングラ政府は政府で、PCR検査を行うことができる検査機関というものを既に政府系の幾つかの機関に絞って公表していた。それは即ち、指定の機関以外、とりわけ民間が勝手に検査事業を始められないことを意味していた。

そしてなにより、資金が無い。2年ほど前に調達した資金はほぼ底をついており、PCR検査設備に残りの資金を費やして回収できませんでした、となっては取り返しがつかない。

さてどうするか。

そうこうしているうちに、民間の検査事業者のうち、政府に覚えのめでたい5事業者が先んじてPCR検査事業の許認可を得て、サービスを開始したとのニュースが飛び込んできた。彼らは、健康診断サービス事業者としての私たちの競合事業者たちでもあった。うかうかしている時間はもはやなかった。

(続)

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