ララバイ

もしかしたらどこかにあるかもしれない物話の一場面。

ある男がある女を何が尖ったもので刺す。

女の強い執着に対する苛立ちと恐怖から。

女は倒れ込む。元から計算済みだったかのように、不自然にゆっくりと。

倒れたその体からは承認欲求の血と、そこに流れていた確かな恋心が流れ出して男の目にふれる。

早くこの女の体から逃げ出したいつむじ辺りの黒髪が、毛先の金髪に押されて居心地が悪そうにいるのも見える。

その隙間からは自堕落の瞳が虚に床の染みを見ているのが透ける。

よく見ると不揃いなまつ毛。
瞼の無数の皺。
塗りすぎの口紅。

そうして男は漸く、この女が自分をどのような気持ちで好きだったのか知るのだ。

どのくらいやり過ぎの気合いで、
どれだけ不器用に、
どんなに真っ直ぐに、
この女が自分を愛していたのかを。

男の手からは感情が滑り落ち、
もう何も考えられなくなるだろう。

ただ時計台の上で、針が左向きに動くのを両手を合わせて願うのみだ。

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