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第12回 obachan DNA

近くのショッピングモールで催されたスイーツフェアなるものに行き、シフォンケーキを20個くらい買った。ここで言う20個というカウントは、カット&個包装済みのものを1個とするのであって、あの穴の開いたホールのシフォンケーキを1個とするわけではない。仮にあの穴の開いた状態のホールシフォンケーキを20個買ったとするならば、一体私はどこに向かって生きているんだということになってしまう。
 
このシフォンケーキのお店であるが、「今は亡き私の母の友人の学生時代の友人の息子さんご夫婦」が営んでいる。ちなみに話は変わるが、こういう言い方をした時に「それめちゃくちゃ他人じゃん!」と一蹴するのはいかがなものかと思う。だって、このつなぎ方って下手すると世界中の人にたどり着けちゃうわけだから。
 
例えば、「私の高校時代の友人の地元の幼なじみの元カレが勤めている会社の事務の女性の旦那さんがドイツ人なんだけど、どのドイツ人のお母さんが大学時代にお世話になった教授が今はスウェーデンに住んでて、その教授のお隣の…」とかなった時点で、いとも簡単に国境を越えまくっている。だから究極的に言ってしまえば、この世界に他人なんていないかもしれない。だから私は応援している。「今は亡き私の母の友人の学生時代の友人の息子さんご夫婦」が営んでいる、そのシフォンケーキ屋さんを。
 
話を戻して、そのまあまあな量のシフォンケーキを紙袋いっぱいに入れてもらって歩いていたところ、自宅近くで顔見知りの男性に声をかけられた。以下、彼と私の会話である。
 
男:こんちわーっす。
私:シフォンケーキ食べる?
男:いいんすか?
私:いいよ。チョコレート味あげる。はい。
男:俺、甘いもん大好きなんすよ。ありがとうございます。
私:いいよ。
男:どうしたんすか? めっちゃ買いましたね。
私:そう。近所の人に配るから。これからピンポン攻撃するから。
男:まじっすか! 俺も今日、朝からずっとピンポン攻撃してんすよ! じゃ、また!
 
そう言って走り去った男性は青色のジャケットを着ていて、背中に白文字を背負っているのだった。
「SAGAWA」。
 
その後、「シフォンケーキ好き?」を繰り返した私のピンポン攻撃はご近所の数軒にわたって続いたわけであるが、無事に自分の分以外はもらっていただいた。とはいえ、自宅にたどり着いたときの紙袋は、シフォンケーキが満タンだった頃よりも膨れ上がり、重量も増しているのだから不思議である。以下、ご近所さんと私の会話である(ご近所さんを「友」とする)。
 
私:シフォンケーキ好き?
友:好き! エビチリ好き?
私:好き!
友:今日、冷凍のお取り寄せ届いた。ちょっと待ってて!
(シフォンケーキとエビチリを交換)
私:ありがとう!
友:こちらこそありがとう!
 
こういうことが、どこに行っても繰り返されてしまうのだ。結果として、シフォンケーキまみれだった紙袋は、エビチリやら、みかんやら、せんべいやら、栗羊かんやら、そばやらでパンパンとなった。ふふ。
 
私もまだ若かった頃は、これが全然理解できなかった。どうして、どうして、どうして、おばちゃんって食べ物配ってるんだろう。それで母に言ったことがある。かくいう私の母も、それをしていたからだ。
 
私:なんでそんな食べ物配るの? 相手の好みもわかんないし、迷惑かもしれないじゃん
母:えええ? おかしなこと言うね!
 
待って。私がおかしいの? 私、何かおかしなこと言ってるの? 至極まっとうじゃない? 相手の好みを気遣っててむしろ奥ゆかしくない? どういうこと? 私が間違ってるの? まず私のお母さん大丈夫? 私のお母さんの解答は大丈夫? 成立してる? これが正解なの? 問いが悪いの?
 
そうして年月は過ぎて、母はさっさとあの世に引っ越した。気づけば私もおばちゃんであるし、気づけば私も母と同じことをしている。私はこの食べ物を配るという習慣を誰に教わったわけではない。もちろん母にも教わっていない。それなのに、なぜかおばちゃんになったら食べ物を配っている。
 
たぶんこれが「おばちゃんDNA」の正体だ。世界の女性のことは存じ上げないが、日本の女性(自分を女性と認識している人を当然含む)には、おばちゃんになると発動されるDNAがあるのだと思う。そしてそのDNAが発動されると、どうにもこうにも食べ物を配ってしまうのだ。関西のって有名だもんね「飴ちゃん」。
 
そして交換した食べ物って、普段自分が選ばないものであることも少なくない。ゆえに新たな味の発見に一役買っているシステムであることも知った。そしてもうひとつ、このシステムには貴重なメリットがある。それは、手土産の目利きができるようになることだ。おばちゃんたちって、地元のおいしい食べ物の情報に本当に詳しい。ネットなんて軽く凌駕してるし、ちょっとした手土産を用意できる力がちゃんと身につく。
 
そういうことなら、ちゃんと教えてからあの世に引っ越してほしいよね。なんてことを、春のお彼岸に思った。

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