桜の木の思い出

大学生の時、小学校時代の友人と3人で、バイクに乗って東北を旅をしたことがある。

季節は5月の連休だった。私の実家があった東京に集まり、そこから目的地も決めず、なんとなく北に向かった。あの頃はよくそういう旅をした。

国道6号線を北に進み、夜になると泊まれそうな場所を探した。初日は、茨城と福島の県境付近にある小さな漁港の無人駅舎に泊まることにした。

飲酒は出来る年齢だったがお金がないので、しらふで過ごした。一晩中ついている青白い蛍光灯の下で、やや義務的に昔の思い出を話したり、互いの近況を話したりした。

あの頃は将来が見えず、自分の能力が認められた経験もないので、自分に自信が持てなかった。

酒が入らない夜はとても弱気だった気がする。まだ20代なのに昔はよかったなという話をしながら、気づいたら寝ていて、あまりの寒さに目覚めると朝だった。

翌日はひたすら海沿いを北に向かった。当時は平(たいら)と言った常磐線の大きな駅がある町を過ぎると、特に変化のない海岸線が延々と続いた。

今もあるのかわからないが、あの頃はバイクの遠距離旅行者同士がすれ違うと、片手を額の上にかかげて挨拶をする習慣があった。ピースサインと言ったと思う。

それが通じる地域と通じない地域があったが、その旅ではすれ違う旅行者の多くがピースサインを送ってきた。いいところだと思った。風景の記憶はないが、それはよく覚えている。

その日は仙台を通り過ぎて松島に泊まった。東北なので5月のはじめなのに桜が満開だった。海のすぐそばの桜の木の下に野宿をした。外灯に照らされる満開の桜はとても美しかった。その日はあまり話をせず、桜の木を眺めながら3人並んで眠った。あの海と桜は記憶に残る風景だと思う。ずっと忘れることはない。

友人の一人は旅のあと、スペインへ留学することになっていた。もう一人の友人は職業を変えることを決めていた。自分はどんな境遇だったのか覚えていない。

海は湖のように穏やかで、朝になると桃色に静かに揺れていた。

あの時の桜はまだあの場所に立っているのだろうか。