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信長 獅子の生 五

獅子の生

美濃境を越えた。
物見の報告では、稲葉山の攻囲を脱した道三が長良川沿いに陣を敷いているという。
その報を聞いて戦場へと駆け付けたが、
劣勢は明らかだった。
義龍は一万八千余、対する道三と信長の軍は二千八百かそこらといったもの。
それでも戦線は膠着し、一晩を明かした。

朝霧と静寂。
靄の隙間から、ふいに義龍方の竹腰道鎮がつっかけた。
五百程度。歩兵で、道三の前衛を押すが、
すぐに乱れて、退却しようとする。
決戦にいきり立つ道三軍は、すぐに追い討ちをかけようとした。

誘いだっ。
信長が叫ぶと同時に、歩兵が割れ、騎馬が疾駆してきた。新手は総勢で五千はいる。
あっという間に道三の前衛は崩され、陣深くまで入り込まれてかき回された。

危うい。
信長は馬腹を蹴ろうとした。
いずこか。まがまがしく、いやらしい、影の声がした。
「やめるがようござんす。旦那が討ちとられたら、遊んでもらえなくなる。くくく」振り返るが、影は居ない。だが我に返った。
我が兵、たかだか千で突っ込んで何になる。
この戦、どこかで勝負所がくる。
それまで耐えるのだ。
目を細め、戦況に集中する。
一番奥の軍、つまりは義龍の軍だけが、他の陣から離れすぎている。
それにどうだ。
迂回してあの丘から逆落としをかければ、あるいは首がとれるのではないか。

考えるのと同時に、ふれを出し、信長は走り出していた。
丘に登ると義龍は目前に居た。
この戦の万にひとつの勝ち目。
信長は丘を駆け下りようとした。

その時だ。
義龍の軍は動き出した。すぐに速度をあげると、槍の穂先のように、道三の陣へと突っ込んでいく。
竹腰道鎮の攻撃で、痛手をこうむっていた道三の陣への、致命の一撃となる。

道三。ここまでの男なのか。
今助けてやる。俺が助けてやる。
義龍の軍を追うように、信長は軍を走らせた。
狙いは義龍の首ただひとつ。

道三は自軍の先頭に立って、大なぎなたをふるい、道を拓く。
血路。
すぐそこだ。血路は信長に伸びている。

今ひとり。
今一騎。

目が合った。
道三、ここまで来い。もう少しだ。

瞬間の静寂。

道三の額に矢が突き立った。
馬上からくずおれる。

視線が合った。
いくらか笑ったようだった。

義龍軍から大歓声があがった。

撤退。
言うが早いか信長の軍は疾駆し始めた。

これが、多勢に無勢ということか。何もできなかった。追撃から逃れながら信長はひとりごちた。

道三

思い出すのは、最後。道三の微笑だった。


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