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信長 日輪の生 三
日論の生
三
日吉は駆けた。
正徳寺から転がるようにして、城下へ駆け戻ってきた。
市の井戸につくと、へたりこんでしまった。
腹が突き出るほどに水を飲むと、
そのまままた駆けだして、市の知った顔に片っ端から声をかけた。
「信長様にお仕えしたい。なんぞ伝手はないか」
誰もが顔をそむける。それでも何かないかと食い下がると、槍働きならどうじゃと言う。
いくさで手柄を立てれば、信長様ならすぐに重役に取り立ててくれる。
現に、滝川なにがしという流れ者が、たいそう鉄砲の扱いがうまいと、
鉄砲頭に任じられたという。
戦働きがつとまるなら、とっくにそうしている。こんなに足が短くて、小さい身体では、槍を担いで走ることもできぬ。もし戦場にでたとて、たちどころに突き殺されるに決まっていた。力なく、とぼとぼとねぐらへ戻っていると、五左衛門という河内から来たまだ若い商人が声をかけてきた。お城に炭を卸している商人で、やり手だ。毎日、あほうのようにむしろを売って歩く日吉を、何くれと気にかけてくれていた。
「お城に入る方法がある」
「お城に?なんとしても信長様に仕えたいのだ。
どうすればいい」
「わしが口を利いてやる。お前はお城で炭の管理をせい」
「炭の管理?そんな仕事があるのか」
「そんな仕事はない。だが炭を納めるものからしたら、居てくれればありがたい。
あの小さい城でも、部屋ごとの火鉢、
台所と炭を使うところを数えてみろ。結構な量だ。それにこれから信長が、もし伸びていく大将だとするなら」
「今のうちに深く食い込んでおきたいのだな」
「そうだ。お前は節約を説いて回れ。
炭は使い方ひとつだ。火鉢で使うなら、半分の炭でも同じぬくさになる。
からけし(炭の燃え残り)も無駄なく集めれば、炭の寿命は何倍にも持つ。節約を説くお前がひとり居ると燃料にかかる銭くらい、間に合うさ。
おまえはからけしを集めてまわり、
俺のいれる炭を部屋ごとに運んで回ればいい」
「あとは帳簿をちょろまかして、俺にいくらか戻してくれれば、どんな口でも利いてやる」
そう簡単に帳簿などごまかせるのだろうか。峻烈でならす信長様の帳簿をごまかすなど、知れれば恐らく大変な目にあう。とは言え、これを逃せばお城に入る手はなさそうだ。
「うむ」
日吉は大きな唾を飲み込んだ。
「頼む」
日吉は意を決して、叫んだ。
笑いながら五左衛門は受け、
「明日炭を納める日だからな。話を通してやる。お城へ来い」そう言って炭俵を積んだ馬を引いて去っていった。
信長様のお城に入るのだ。
これから、一緒に尾張統一の夢を果たすのだ。
たかが下男の口を得ただけだが、
日吉の興奮はとまらなかった。
そうだこれを機に名を変えよう。
藤吉郎。
藤吉郎はどうだ。
苗字などないが、おふくろの後添えに入った男、竹阿弥の苗字が木下というた。
木下藤吉郎。
俺は今日から木下藤吉郎だ。
おふくろは、俺が日輪の子だと言った。
ようやく梯子がついた。ここからだ。
またのどがかわいた。
水ではなく、酒がいい。
藤吉郎は踊るように、ねぐらへと駆けて行った。
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