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マイクル・コナリーの「ラスト・コヨーテ」を読む

ボッシュシリーズ第四作。「ラスト・コヨーテ」1995年の作品だ。舞台は1994年4月。ロサンゼルス地震の三か月後という設定となっている。彼は直属上司のハーベイ・パウンズを殴ったかどで停職中の身となり、命令によりカウンセリングを受けさせられているのだった。

ロサンゼルス地震は1994年1月17日早朝、マグニチュードは6.7、震源は14.6キロと極めて浅く、広い範囲で商業施設や高速道路が倒壊するなど甚大な被害をもたらした。ボッシュの家はウッドロー・ウィルソン・ドライブを上った高台にあり彼が解決に導いた「ドール・メーカー事件」が映画化されそのアドバイザリー・フィーによって購入したものだった。それは刑事の給与では望むことのできない価格のものであった。しかし家はこの地震で「倒壊」の判定を受け建物への立ち入りが禁じられていた。にも拘らずボッシュは調査官の目を盗んで家に入り込みそこで生活しているのだった。また一緒に暮らす関係に踏み切れずにいたシルヴィアは地震の直後に彼のもとを去っていた。

過酷な殺人事件の捜査の仕事に加えて地震とパートナーとの離別がボッシュに過度なストレスを加え、それがパウンズに対する暴力という形で爆発したのだろうか。刑事の職に戻る為にはどうしてもこのカウンセリングを受けて職場復帰可能という診断を手に入れる必要があったが、担当のカウンセラーイノーホスのことを信用しきれないでいるボッシュは素直に投げかけられてくる質問に答えることができず悶々とするばかりだった。

質問に質問で答えるような態度を重ねるボッシュにイノーホスは「あなたの使命はなんなのか話して」と尋ねる。ボッシュは説明しようと努力するものの言葉にすることができない。壊れた家に戻り暗闇を見つめて今日起こったことをつらつらと振り返るボッシュに降ってきたのは、自分の使命が一体なんであったかというものだった。それは自分の母親が殺された事件を調査することだ。

ボッシュの母マージョリー・ロウは1961年、ボッシュが11歳の時に殺された。彼女は売春婦だった。当時彼女は子どもの親権を剥奪されボッシュは少年施設に送り込まれていた。ボッシュを施設から取り戻そうとあがいていたある日、彼女はハリウッド大通りにある路地で蓋のないゴミ箱のなかから死体となって発見されたのだった。行きずりの犯行に見える事件で当時の捜査はおざなりなものに過ぎなかった。
停職中のボッシュはバッチも銃も車も取り上げられてしまっていた。彼はハリウッド署に立ち寄った際にパウンズの警察手帳からバッチを拝借してそれを使って過去の資料や聞き込みを始めるのだった。

入手した捜査資料から当時捜査にあたった刑事がクロード・イーノとジェイク・マッキトリックの二人だとわかった。調書を読むボッシュの目には捜査資料の一部が抜き取られていることが浮かび上がってくる。当時マージョリーのポン引きだったジョニー・フォックスという男は一番に怪しい立ち位置だが、尋問記録も残されず容疑者から外されており、また何故か事件に当時大物検事であったアーノウ・コンクリンという人物が絡んて来ているのだった。コンクリンがどう関係しているのか。ジョニー・フォックスはその後どうなったのか。

地震で通行不能になった道路を迂回してサンタモニカに向かうボッシュ。それは封印していた過去へ向かう旅だった。訪ねた先は事件当時母と常に行動を共にし、時にはボッシュの面倒をみてくれていたもう一人の売春婦であった女性、メリディス・ロマーンの家だった。稼業から足を洗い長く音信不通となっていた相手だが、数年前にふとクリスマスカードが送られてきたが、ボッシュは返事をしないまま引き出しにしまいこんでいたのだった。

幼かった当時のボッシュには知る由もなかった過去の出来事を辿り当時の関係者を訪ね回るうちに、母親が行きずりの何者か殺されたのではなく、何か裏に事情があって殺されたに違いないと確信していく。そしてボッシュの行動は過去を暴き出すと同時に新たな事件を呼び寄せてしまうのだった。

ボッシュが家の近くや裏庭からコヨーテを見かけるシーンは非常に印象的で心に残るものだった。僕はこのシーンがどの物語で描かれていたのか完全に忘れていたのだけど、それは本書であった。都市化が進み、ボッシュの住む高台も宅地開発が進んでおり、コヨーテの姿は希少なものになりつつあって、ボッシュが見かけた痩せたコヨーテは、その地域に住む最後のコヨーテかもしれない。そんなコヨーテの姿にボッシュは自分自身を投影して見ていたのだった。

少年期から突然の喪失感と解けない謎を抱え過酷ともいえる人生を送ってきたボッシュが己の「使命」として母親を殺した真犯人を追う物語は間違いなくボッシュシリーズの中核にある物語であり、そしてやっぱり本書も予想の遥か上に向かう結末は瞠目すべき展開でありました。

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