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エンドロールは流れない

この街は退廃していた。
先の大戦で敗れ、戦勝国と結んだ条約には多額の賠償金が課せられていた。その負債支払いのために大量に出回った貨幣で通貨価値は底なしに暴落し、ついには人々の中の道徳的規範の方も喪失してしまったらしい。
キャバレー、麻薬、売春などの刹那的な娯楽が流行し、警察ももはや介入してこなかった。

ひとりの男が、かつて書店や映画館などが軒を連ね、本国随一と言われた文化通り ——今では違法のナイトパブに建て替えられてしまった ——をよろよろと歩いていた。まるで風が吹けば倒れてしまいそうな貧弱な身体で一歩一歩あてもなく進んでいる。男は死に場所を探しているのだ。もうこの世界に未練は無い。昨日、男は労働によって得た少ない稼ぎで密売人から拳銃を買った。それを破れたジーンズに忍ばせ、歩き続ける。

その昔、男にも夢があった。まだギムナジウムに通っていた頃、美術の教師に絵を褒められ、それ以来、画家になりたいと強く願っていたのだ。しかし、その夢も儚く、男はギムナジウム卒業後、国が発布した徴兵制度により前線に送られたのだった。そして、戦争に敗れると復員軍人として半ば強制的に工場労働に駆り出され、その頃にはもう自分が画家になりたいと願っていたことなど思い出せなくなっていた。

男は思う。皆が口にする夢や希望など、誰かからの、はたまたどこかからの借り物でその場その場で最適なものを選びとっているだけだ。ギムナジウムにいた頃は、美術がその他の科目よりも比較的優秀な成績を修めていたから、画家になりたいと思っていたし、戦争に駆り出されれば一人でも多くの敵を殺し、果てにある勝利を切に願っていた。国に帰ってきてからも、来るべき明るい社会のために、必死に働いた。流れ着いた環境の中で、夢や生きがいを見つけてはひた走る。その繰り返しだ。きっとあの頃 ——まだこの世界に希望を持ち精神が健全だった頃 ——に農業に勤しめと言われていたら、立派なジャガイモを作るため、必死に汗を流していたことだろう。それが自らの夢だと言わんばかりに。

男は気がつけば広場に流れ着いていた。そこは退廃的かつ刹那的ムードに包まれ、パブから流れ出てきた多くの男女がまるで何かに突き動かされているように踊り狂っていた。暗澹たる思いが男の体中にじわじわと広がってゆく。男は広場の端に腰を下ろし、ポケットの中に手を入れた。冷たく重い塊の感触が指に伝わり、ゆっくりとそれを取り出す。男は銃口を自らの脳天に向けた。広場で踊り狂う男女は先ほどよりも過激さを増し、絡み合い、縺れ合いながら踊り狂っている。

男は引き金を引いた。耳をつんざくような大きな音が野放図と化した広場に響き渡った。広場にいた男女たちにはまるでその音が聞こえていないようで、ただただ踊り続けている。

夜はまだ終わらない。

そのお金で旅に出ます。