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大谷翔平とアメリカ資本主義の精神 - 成功と模範と同化のアイコン

大谷翔平とMLBについての報道が異常に多い。マスコミもそうだが、ネット記事も過剰に溢れていて、一日中シャワーを浴び続ける洗脳状態となっている。大谷翔平の活躍が毎日熱狂的に報じられ、日本中がその礼賛の洪水に漬かり、全国民にMLBへの関心と興味が扇動されている。大越健介の報ステは、WBC開催の前後から大谷翔平をトップニュースに持って来る編集が目立つようになり、先日は、冒頭から「スィーパー」を特集して延々と解説していた。他の時事の話題を脇に押しやっていた。報ステが夜のワイドショーとなって久しいが、今回のムーブメントは特別で違和感を禁じ得ない。何かが起きている。裏で政治的なものが蠢いている事態を直観する。思想現象としての大谷翔平という問題を設定できる気がするし、政治学の視角から対象化して分析を加える必要を感じる。

報道によると、MLBは今年から運営方式を変更し、全球団が他29球団と総当たりする対戦カードに組み直し、異なるリーグに所属するスター選手のプレーを地域のファンが楽しめる編成に変えた。3月のWBCの興行の大成功を受けての導入であり、WBCでスーパースターとなった大谷翔平の存在が影響していると言われている。また、MLBは今季から極端な守備シフトを禁止するルール改訂を行い、右方向に打球が飛ぶ大谷翔平に有利なシステムとなった。MLBが大谷翔平がヨリ好成績を残せる制度に変え、それをファンが満喫できる環境へと作り変えている。MLBが大谷翔平の二刀流をエンドースし、さらに巨大なカリスマへと押し上げ、それによってMLBの人気と事業を飛躍的に発展させる戦略が推進されている。大谷翔平はMLBのシンボルであり、戦略のエンジンそのものだ。

最近は、MLBの周辺から大谷翔平へのやっかみや軽口は全く聞こえなくなり、対戦チームの監督も、フィールドで競争関係にあるスター選手たちも、異口同音に尊敬と崇拝と感嘆の言葉ばかり並べている。そう言うしかなく、「大谷リスペクト」のコードとプロトコルにアラインするしかないのだろう。2年前、大谷翔平がオールスター戦に選ばれた当時、二刀流の活躍に対して「宇宙人だ」とか「サイボーグだ」とか「人間じゃない」とかいう評が飛んでいたが、その口調はどこか見下げてキワモノ視する悪意が含まれ、邪魔者扱いして、正規な野球選手として認めたくないという偏見が滲んでいた。が、マーケティング重視のMLBの論理と方針がそれを払拭し、また、『パラサイト』やBTSの顕彰に見られる「東アジア配慮」「東アジア懐柔」の空気感も影響したのか、大谷翔平がMLBの象徴となる。

7日夜に放送されたテレ朝のWBC特集番組で、MLB最高幹部のジム・スモールが登場し、今年のWBC成功を契機に20年後の欧州で野球の普及を成功させると野望を語っていた。MLBは世界戦略を立てていて、ジャパニーズである大谷翔平はその戦略のキーなのだ。ざっくり言えば、その戦略設計は、NATOの戦略とシンクロナイズしていて、英国のTPP入りとも平仄を合わせた関係にある。単なるスポーツビジネスの動機と展開だけではない。チェコの代表チームがやたら注目され持て囃されるのも偶然ではないだろう。純粋に商業的論理でベースボールの世界市場を広げたいのなら、中国への進出を考えてよいはずだが、MLBの念頭には中国はない。デカップリングして捨てている。アメリカの世界戦略(パクス・アメリカーナ)とMLBの世界戦略とはコンセプトとドメイニングが同じなのだ。

日刊ゲンダイの記事によると、大谷翔平の私生活はきわめてストイックで、血液検査をして項目値をチェックし、筋肉等の身体機能の保持強化に必要な栄養分を摂取する食事法を厳守しているらしい。投球練習のルーティンや技術補正のタスクワークと同じで、食生活も身体作りの過程として制御されている。菓子やジュースは口に入れない。アルコールはオフも含めて一切口にしない。WBC中にも選手間でドリンクパーティを開催した絵があったが、酒席に出る機会はあっても、サプリをミネラルウォーターで流し込んでいる。また、女性関係の接触も自制していて、WBC中に日本の局の女子アナが誘惑を仕掛けたけれど、興味を示す素振りも示さなかったとある。感心させられる。28歳で生理的欲求も旺盛な男子の身体なのに、それを遮断した生活に徹している。求道に徹して24時間修行する道元のようだ。

煩悩を自然として肯定して女性交際を始めたら、そのための物理的時間を割かないといけなくなる。大谷翔平は、選手間懇親の一次会でサプリを流し込んだ後、二次会は欠席し、夜中にジムでトレーニングしていたそうだ。その欠かせない日課があり、プライベートタイムで余計な人間関係を割り込ませられないのだ。栄養摂取の食事は自炊調理していて、これも大事な時間であり、誰かが邪魔に入るわけにはいかない。身体機能の保持調節は、投手と打者の二人分を同時にやる必要があり、管理する項目も二役分あることになる。トレーニングの課題も同じ。技能のエンジニアリングとインプルーブも投打がある。誰にもできないパフォーマンスができるのは、誰も作り得てない未到達の身体機能があって高度にメンテナンスされているからだ。それは科学技術が成し得ていて、純粋に科学技術の指示に従っているから可能なのだ。

アメリカ人はその種の考え方と生き方が大好きで、サイエンス・テクノロジーの宗教の信者である。技術工学の神を崇め、その思想と一体化し、合理主義の教義が要請するメソッドを生活化した人間が理想だ。大谷翔平は、人間生理工学を自らに実践する禁欲者(ascetic)であり、絶えず能力向上の地平を求めて励み、そして結果を出すengineerである。アメリカ人の一番好きな人間類型であり、絶賛され憧憬される模範となっている。大谷翔平は、その事情と意味をよく知っていて、意識的にその価値観の共同体のロールモデルを演じている。ここで想起するのは、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』であり、そこで示されているベンジャミン・フランクリンの説教集に他ならない(岩波文庫 大塚訳 P.40-43)。ウェーバーはそれを「資本主義の精神」と呼び、「エートス」と呼んで意義づけている。

大谷翔平は、ジャパニーズでありながら禁欲的プロテスタンティズムの体現者であり、科学を敬虔に信仰して不断に技術開発するドクターであり、前人未踏の壁に挑戦するアスリートである。アメリカ人にとって鏡のような理想の男に違いない。その大谷翔平が、昨年後半あたりから雰囲気が変わってきた。顔つきと生き方が変わった。一昨年までは、謙虚で誠実で控え目な日本人らしい日本人だった。現在は、自信と野心を前面に出して周囲を睥睨するアメリカ人になっている。拡大する自我を隠さない態度に変貌している。果たして、今でもフィールドやベンチのゴミを拾ってポケットに入れる清掃習慣を続けているだろうか。今年の年収は85億円と言われ、MLB選手の中でダントツのトップ。うち45億円がスポンサー収入で、現役MLB選手の中で最多の17社と契約している。その中の1社がニューバランスで、契約金が50億円(長期総額)だそうだ。

それまで契約していたアシックスを袖にして、ニューバランスに切り替えた。この件についても日刊ゲンダイが記事にしている。業界が騒然とし、これまで献身的に大谷翔平をサポートしてきたアシックスに同情の声が上がっているらしい。日本人として許せない気分になる。日本人であれば、アメリカ市場でのアシックスの拡販に協力するのが当然ではないか。ポルシェとアンバサダー契約して2900万円の車に乗っているが、日本人としてはトヨタと契約して広告塔になってもらいたい。日本人の感情としては、日本メーカーのブランドを世界で宣伝するセールスマンの役割を大谷翔平に期待する。大谷翔平はその視線を知りながら、それを切り捨てるように、自己をグローバル人格として自認し、日本の国益事情を意識的に排除して、グローバル資本主義のアイドルとして振る舞っている。それがスタンダードなのだとプレゼンテーションして日本人に納得させている。

明らかに思想と行動が変わった。最も驚いたのは、そして私の中で大谷翔平の評価が決定的に変わったのは、WBC予選出場のために一時帰国した際、空港から直接にエマニュエルを訪ねた事件だ。誰よりも先にエマニュエルに挨拶に向かったのであり、迎えたエマニュエルが得意げに日本人に事実と意味を知らしめた。ここまで来れば、大谷翔平現象は十分に政治であり、重大なイデオロギー問題だろう。何が起きているのか、どういう政治の構造と作為なのかは一目瞭然で、アメリカによる日本の植民地支配という文脈で説明されるべき無残な現実と言う以外ない。WBCとMLB絡みの報道はすべてそうだ。台湾有事へ向けての刻一刻の、別側面のプログラム進行であり、日本人の政治教育(洗脳)過程に他ならない。問題なのは、大谷翔平がそれを自分から価値選択して行動している事実である。寸毫の躊躇もなく、内面に抵抗の欠片もない。優等生だった大谷翔平は、昔からこんな男だっただろうか。

昨年11月、暗号資産取引所の「FTX」が破綻したとき、大谷翔平がグローバル・アンバサダー契約しているという情報に接して驚かされた。本当に本人の判断で契約していたのか、誰かの影響でそうなっていたのか、数年前の大谷翔平からは考えられない変化と転換である。禁欲的プロテスタンティズムは自己目的的に金儲けをする。利殖を美徳とする。資本を貪欲に蓄積する。ハングリーにメイクマネーする。大谷翔平の私生活において、舌や胃袋や生殖器官で快楽を享受し愉悦するドーパミン・タイムはほとんど無いはずだ。常に緊張して、自己管理とトレーニングに没頭し、真剣勝負に臨む日々が続いているはずである。あと何年もそういうハードな時間が続く。成績と名誉を維持するためにも、合理主義の神に即く厳しい克己生活を続けなければいけない。大谷翔平は、現代の禁欲的プロテスタンティズムすなわちアメリカ資本主義の精神を体現し、実践し、成功者となり英雄となっている。

それが善であり、普遍的な生き方であると日本人に教えている。新自由主義のシンボルである。そうして大谷翔平が活躍し称賛されればされるほど、日本の中の格差と貧困の問題は意識されなくなる。問題ではなくなる。それは自己責任だという結論で固まって揺るぎない信念になる。国民の思想がアメリカと同じになる。



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