内田真一の真夏の本能寺 - 円キャリートレード解消の恐怖が株暴落の真相だった
東証が 8/5 に史上最大の下落幅4451円安をつけた翌々日、8/7 に日銀副総裁の内田真一が「金融資本市場が不安定な状況で利上げすることはない」と発言、植田和男がコミットしていた「引き続き利上げを続ける」方針を修正した。事実上の方針再転換(≒撤回)であり、アベノミクス量的緩和路線への逆戻りである。その発言を受け、一時141円台まで是正されていた為替が146円台まで戻る結果となり、その影響で 8/7 の東証は、朝方、前日比936円安と下落していた局面から上げ戻し、終値414円高となった。暴落した株価が元に戻った。8/5 に年初値を割り込んで3万1458円まで落ちた株価は、再び3万5000円の水準に戻って推移している。アベノミクス終焉かと喝采したのも束の間、日銀の裏切りであっと言う間に円安バブルの復活劇となった。8/5 に「円安株高バブルの崩壊」の分析を示した木内登英も驚いただろう。
内田真一の発言は、8/7 朝に、函館での金融経済懇談会の場での発言として発表された。ブルームバーグが 10:41、日経が 10:42 、読売が 11:27、ロイターが11:30 に記事を上げている。木内登英の 8/7 のNRI記事では、午前10時半に講演テキストが公表され、そこでこの旋回が発信されたとある。中身を検証するべく日銀のサイトを覗くと、「最近の金融経済情勢と金融政策 - 運営函館市金融経済懇談会における挨拶」と題したPDFが載っていた。全15ページの内容を確認すると、P.9 に「金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはありません」と記述がある。この講演テキストがいつ作成されたのかは不明だが、P.9 に「ここ 1 週間弱の株価・為替相場の大幅な変動が影響」とあり、8/2 - 8/5 の株安を意識して短期で編集・完成された文書資料だと分かる。
メッセージは、株安を招くような金利政策は慎むという意味であり、木内登英が批判しているとおり、一週間前に表明した植田和男の新方針を否定する趣旨である。総裁と副総裁が政策で逆の見解を示したところの、お粗末な日銀首脳不一致に他ならない。普通の中央銀行ではあり得ない失態だ。植田和男はしばらく表に顔を出せないだろう。テキストは 8/7 の午前10時半に公表されたと木内登英は証言している。が、おそらく、日経とブルームバーグに対してはもっと早い時点で概要が伝えられ、記事が準備されていたと思われる。そう推測する根拠は、日経とブルームバーグの記事が、見出しも記述もほとんどコピペしたように同じだからである。2社の記事は午前10時40分すぎに上がっている。午前10時半に15ページのPDF資料を(メール等で)見て、たった10分間でこの記事は書けない。
原稿の校正校閲作業やデスクの承認を考えれば、記者が記事を書く時間は5分以下となる。あり得ない。つまり、日経とブルームバーグの配信は、予め内田真一と謀議し腹合わせした上での計画的行動なのだ。そう考えるのが自然だ。当日の東証に影響を及ぼすための工作である。無論、アベノミクス継続派(ハト派と呼ばれる)の内田真一は、函館の 8/7 の場を機会に、何らか植田和男の方針を骨抜きにしようと策していたかもしれない。が、それを後押しするもっと大きな力が 8/6 に蠢いていたはずで、謀略を裏で差配し牽引した権力者は麻生太郎(と菅義偉)ではないかと想像する。これは大きな政治だし、日銀副総裁の立場の内田真一が単独でできる決定ではあるまい。日経とブルームバーグの50分後に続いた読売とロイターは、先の2社の速報を見て事態を知った可能性がある。朝日とNHKが遅れて最後に報じた。
植田和男は事前に何も知らされず、8/7 朝に(本能寺の信長のように)寝首を掻かれたと考えられる。8/5 の歴史的暴落を受けて、翌 8/6 に内田真一と植田和男がどこで何をしていたか刻一刻が興味深い。内田真一が誰と会い誰と連絡をとっていたか、現代史の問題として真実を探求する必要があるだろう。「現代史の問題」という表現は決して大袈裟ではない。私は前回記事を書いたとき、アメリカの最近(7/31-8/5)の株下落は、国内の景気減速の影響だと、マスコミ報道を鵜呑みにして見当をつけていた。が、どうやらそうではなく、真の要因は、実は植田和男の利上げ路線転換の表明だったのである。内田真一の「本能寺」の後、ネット内に「円キャリートレード」の情報が頻繁に踊るようになり、今回の日米の株暴落の真相を解説している。「円キャリートレード」による世界市場の投機構造こそが根本問題だった。
日銀が金利を引き上げると、日本だけでなく、世界の株式市場が暴落してしまう。私は常々、東証はNYSEのサブセットだと言い、夜間に米資がマネーを転がす二軍市場だと指摘していたのだが、今回はまさに灯台もと暗しで、その真実と実態を忘れていて面目ない。彼ら(ヘッジファンド・海外投機筋)は、ゼロ金利の円を借り、世界の金融市場でマネーゲームに興じて株価を膨張させていたのである。特別に安いコストで資金調達できるのが日本の円だった。その状態が長く続いて固定化し、常態化し、世界金融市場のマネーの運用と循環を支える土台となっていた。彼ら巨大投機資本のビジネスにおいて前提的な要件となり基盤的な資源となっていた。その条件が失われれば、彼らは想定した利回りでマネーゲームをドライブできなくなる。それゆえに、日銀の利上げは戦慄するインパクトでありダメージだった。
アベノミクスの(じゃぶじゃぶと言われる)異次元金融緩和は、マネーの洪水供給で日本の株価を爆騰させただけでなく、海外投機筋を潤し、彼らのエンジンになり、世界の株式市場を膨張させる手段となっていた。蛇口から放出される日銀の円は、実体経済には全く回らなかったが、何も機能せず滞留し堆積していたのではなく、ゼロコストの元資として国内だけでなく世界のマネー資本に重宝され活用され、便利な打ち出の小槌の役割を果たしていたのだ。今回、下落していたNY株価が一瞬で戻り、マスコミが「景気減速懸念が後退したため」と書いているのは、実は全くの虚構で、景気減速どうのこうのはNYの株価と何も関係がなかった。景気減速は株安の真の原因ではない。日銀の利上げアナウンスこそが米国株を暴落させていたのだ。まさに世界の金融資本市場は一つであり、そこで暴利を貪る生き物の利害と生理は一つである。
日本の庶民が犠牲をかぶり、超物価高を耐えて生活を削ることで、彼らマネー資本に美味しい利殖活動の条件を提供している。私は、今回の反動工作の首謀者を麻生太郎だと目星をつけるが、それ以上の権力、すなわちやんごとなき方面からの指示と圧力もあったかもしれない。さて、円キャリートレード清算の恐怖が今回の歴史的株安の真相だったとして、一度は謀略で量的緩和継続に戻したとしても、長く続かないのは言うまでもない。誰かがいつか利上げを敢行しないといけない。まさか、株価維持のために永久にゼロ金利(0.25%)続行というわけにはいかないだろう。円は現在150円近くまで下がり、秋の食料品値上げラッシュの襲来が確実な状況で、自民党は総選挙を迎える。本来の作戦は、利上げによる株暴落と総選挙の間隔を空け、ショックを癒すことだった。利上げ方針をリセットしたため、この岸田文雄の作戦は水泡に帰した。
利上げをリセットしなければ、円は1ドル135円から130円に是正され、物価高が緩和され、その成果の上で自民党は解散総選挙ができただろう。利上げをリセットしたため、円は160円を超えて170円に向かうかもしれない。円安バブルは確実に株高バブルをもたらす。木内登英が分析しているとおりだ。円が1ドル160円を超えれば、株は4万円を超え4万5000円を目指す局面となる。そのとき、国民の怨嗟を怖れた新総裁が再び利上げに動いた場合、株の暴落幅は今回を超えて極大化するに違いない。物価高と生活苦が選挙にどのような影響を与えるかは、4月の韓国と島根、7月の英国とフランスの結果が明確に答えを示している。日本の民意だけが例外になるとは思えない。総選挙を意識し、下野を怖れたからこそ、株暴落を覚悟で利上げに踏み切ったのではなかったのか。金融経済ではなく実体経済を重視したのではなかったか。
次に日銀が利上げしたとき、どこまで巨大な暴落となるか見当もつかない。木内登英の観測では、2万7000円が利上げ後の株価予想値であり、したがって2万7000円より上の膨張部分が円安バブルである。利上げ後 - そこからはもう二度と修正できない - に、そのバブル膨張部分が吹っ飛んだとき、果たして新NISAの契約口座を持続する初心者がいるだろうか。それとも、本当に永久にゼロ金利(0.25%)を続け、1ドル200円を超えても続け、神聖アベノミクスの祖法を永遠に固守するつもりだろうか。ただひたすら株価を維持し膨張させるために。
最後に、ここまで書いて、「資本主義発展の二つの道」の概念を思い出した。社会科学(政策科学)の方法論として、われわれの世代に馴染みが深い概念だ。大学の講義でよく登場した。大塚久雄が議論の核として常に提唱し、戦後アカデミーのスタンダードの認識として定着していた教科書的理論で、すなわち講座派の理論であり、レーニンに由来する。最近は誰も言わなくなったが、常に「二つの道」の分岐であり選択なのだなと痛感させられ、大塚久雄の色褪せぬ説得力に感じ入る。新自由主義化して富を一部に集中させる私欲本位の資本主義か、公共主義化して万人の富を平等に形成する資本主義か、二つの道の対立なのだ。金利は引き上げなければならない。