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激突するアメリカとプーチンの核戦略 - 相互確証破壊 の立地を捨てた米戦略軍

ウクライナ情勢をめぐって核戦争の危機が高まっている。17日、NATO14か国が「核抑止」の演習を始め、航空機60機が参加してベルギーや北海の上空で核兵器の投下訓練を行っている。米空軍からB52爆撃機が参加していて、核弾頭搭載の巡航ミサイルを地上と海上の標的に空中発射する演習が行われているだろう。無論、実弾ではないが。2月に侵攻が始まって以降、核戦争についての予測と議論はずっとなされてきた。従前は、バイデンは核使用に抑制的な姿勢を見せていて、ロシアがウクライナで核を使用しても、アメリカがロシアに核報復することはないと明言していた。それがどうやら今回豹変し、核使用をオプションとする対応へと変わっている。

10月13日のニューズウィークのウィリアム・アーキンの記事や、18日の朝日新聞の高橋杉雄のコメントが、そうした米軍・ホワイトハウス・NATOの新しい方針を示唆するメッセージの発信になっていて、アメリカが対ロ核戦争に前のめりに変化した気配が窺える。おそらく米戦略軍が作戦プランを作成し、バイデンがそれを裁可し、具体的なケースに応じて臨機応変に攻撃展開できる態勢が整ったのだろう。米戦略軍がこの戦争のイニシアティブを握った瞬間でもある。キューバ危機のときの状況と似ている。プランを出した軍部は、核の作戦に万全の自信を持っている。キューバ危機のときのルメイがそうだったように。軍参謀というのはそういう習性で、自らの描いた「理想的作戦案」に有頂天となる。

9月のハリコフの反転攻勢と現在までのロシア軍の劣勢を受けて、アメリカでは軍と政府の中で強硬派が勢いを増し、発言力を強めている事情が分かる。現地の戦況を見れば、タカ派が自信を深め、立場と意見を強くするのは当然だろう。最近、ハト派の声をほとんど聞かない。キッシンジャー的な慎重論は絶えて消えた。制服トップのミリーの発言が注目される機会もない。サリバン(CIA)の声だけが聞こえる。強硬派が戦争を主導している。河田成治という元自衛官が「幸福の科学」の言論サイトで、本当はアメリカはロシアに核を使わせたいのではないかという陰謀論的な分析を披露しているけれど、私は、この深読みの憶測が当らずとも遠からずだと懐疑している。

米戦略軍とCIAは完璧な作戦プランを立てていて、核報復を含めた反撃で一気にロシア軍を殲滅する意図なのだろう。プーチン暗殺も計画に含まれているはずだ。また、小泉悠が指摘しているような、ロシアの核戦力を一掃する武装解除というレベルも見通されているに違いない。ロシアが戦術核を使えば自動的にそこまで達成できるプログラムを組んだので、早く実行したいという欲望にかられ興奮しているのだろう。ロシアがアメリカの脅威である理由は、アメリカを超える6000発の核弾頭を保有しているからで、この軍事力がロシアをしてP5の一国たらしめる物理的条件だった。これを除去できれば、21世紀のアメリカは枕を高くして眠れ、NATOは簡単にロシアに攻め込んでモスクワを占領できる。

今、アメリカはそういう誘惑と野心にかられていて、核戦争の軍事環境を周到に醸成し、ロシアを戦術核選択の回路に追い込み、プーチンに核使用決断を嗾けているように見える。この風景は、1月から2月にかけて、アメリカがプーチンを巧妙に挑発し、早く侵攻しろ、やってみろと煽って唆した進行と酷似している。老害プーチンはアメリカの挑発にまんまと乗り、無謀なギャンブルに出て、アメリカは心理作戦に見事に成功、戦争での絶対的優位のポジションを獲得した。ただ、この核のバーチャルウオーのエスカレーションは、逆のプーチンの側からしても、思惑どおりの戦略方程式への誘い込みの奏功でもある。なぜなら、プーチンが何度も正直に述べてきたとおり、通常兵器の戦いではロシアはNATOに絶対勝てないのだ。

ロシアの国家安全保障は核装備によって担保されている。ロシアにNATOが攻めてきた場合は核で反撃するぞという戦略があり、核戦争になれば戦力はイーブンであって、核戦争は双方の破滅であり、したがってNATOはロシア相手に戦争できないという基本的な論理と前提がある。プーチンはそれを幾度も放擲してアメリカを牽制し、アメリカと西側はそれを「核の脅し」とか「核の恫喝」と呼んで非難してきた。プーチン発言の意味の妥当性を否定し、暴力団の組長が市民社会を脅す不当な図に決めつけ、その歪曲表象を撒いて固めてきた。「核の脅し」と言えなくもないが、それは西側の主観的言説であり、客観的真実としては「プーチンの悲鳴」である。包囲され追い詰められた弱者が最後の切り札を示して啖呵を切る姿だろう。

通常兵器の戦いではNATOに勝てないロシアが、どうやってNATOとの間で引き分けに持ち込むか。その唯一の軍事的解は、核戦争と第三次世界大戦の瀬戸際作戦であり、北朝鮮的な核のチキンレースであり、バーチャルウォーの展開と駆け引きである。プーチンからすれば、今、アメリカが核戦争の罠の回路に嵌まってきたように見えているだろう。すなわち、後は、北朝鮮の方式と経験に則って、戦術核を倉庫から移動させるとか、運搬手段の動きを偵察衛星に撮らせるとか、核戦争の危機のレベルを上げて緊張を高める作戦工程に落とし込んで行く。キューバ危機のときは、水面下で真剣な米ソ交渉が持たれ、寸前で危機を回避する結果となった。リスクでありギャンブルだが、プーチンにはこの活路と可能性しかない。

その手の内を読んでいるアメリカが、軍とCIAが、どうやってプーチンのプログラムを解除し、核の瀬戸際作戦を無効化するか、その秘策はよく分からない。アメリカは、ロシアで反プーチンの政治が動き、①市民の抗議運動と②軍内部の反乱と③クレムリンの宮廷革命の三方向からプーチン失脚を射止めようとしているように見える。CIAが活発に工作している図が窺える。だが、9月の動員令に対する反発と抵抗は、可視的には一時的に終わって収束に向かった感があり、プーチンへの国民の支持が急速に衰えたという印象はない。プーチンの勝算は、この秋冬、アメリカと核のバーチャルウォーを熾烈に演じつつ、時間稼ぎをして、ウクライナのロシア軍を立て直し、国内の世論を持ち堪えさせ、ガス危機に直面するEU諸国で戦争疲れの気分が蔓延する状況を作り出すことだ。

相互確証破壊という核戦略の概念がある。3月か4月頃、テレビ番組で高橋杉雄が蘊蓄を垂れていた記憶があるが、次のように定義されている。

核兵器を保有して対立する2か国のどちらか一方が、相手に対し先制的に核兵器を使用した場合、もう一方の国家は破壊を免れた核戦力によって確実に報復することを保証する。これにより、先に核攻撃を行った国も相手の核兵器によって甚大な被害を受けることになるため、相互確証破壊が成立した2国間で核戦争を含む軍事衝突は理論上発生しない。アメリカのロバート・マクナマラが1965年に提唱した理論。

言葉は有名ではないけれど、核抑止の考え方を端的に語った言説であり、冷戦期はこの思想を米ソが共有して対峙し、緊張の中で平和共存を維持してきた。春に高橋杉雄がこの理屈を紹介したときは、高橋杉雄は肯定的に、常識的で公理的なセオリーとして説明していた。高橋杉雄も、核戦争不可能論の線に立っていた。米軍の基礎理論だから、当然そうした認識だったのだろう。今回、この相互確証破壊の概念が崩れた現実に気づく。概念に基づけば、米ロ2国の間で核戦争を含む軍事衝突の発生はないことになる。だが、マクナマラ理論を定立させたはずのアメリカが、具体的な核戦争の想定を言い、作戦計画を組み、核使用もオプションだと言い始めている。つまり、現時点で、アメリカはロシアとの核戦争をパーフェクトに制して勝つ自信と展望があるのだ。

マクナマラ理論は、米戦略軍においてすでにスポイルされているのである。それ以前の、キューバ危機段階のルメイ理論(ソ連殲滅)に近い位置に戻っている。敢えて言えば、米軍の現姿勢は、対ロ核戦争にウェルカムであり、完封で終わらせてやるから先に撃ってこいという強気なのだ。ウクライナ戦争の推移と現状と戦勝気分の高揚が、米軍中枢にその自信(慢心)を与えている。そして、この核戦争前のめりの態度に、中国を意識した次の大きな軍事戦略が看取できる。ロシアがウクライナ戦線で戦術核を使うとする。次の瞬間、NATOの作戦プログラムが発動して、米軍の戦術核がロシア軍部隊を破壊、さらに電光石火の大規模攻撃がロシアの核戦力全体を襲う。ロシアの虎の子である2000発の戦略核も全滅、無力化、武装解除に至らせる。

そのシミュレーションと評価が仕上がっているのだろう。米強硬派には、ロシア核戦力全滅の絵を中国に見せつけようという野望がある。アメリカと戦争したらこうなるぞと、中国に現実を見せつけ、言わば精神的な武装解除を図るという目標である。アメリカにとって敵は中国で、中国を倒して覇権国の神聖地位を守ることが国家のミッションに他ならない。ロシアなど、格下の前座に過ぎない。今、ロシアの軍事技術力(特に衛星情報探知能力等のハイテクパフォーマンス)の低劣さを実戦を通じて知ったアメリカは、最早、マクナマラ的な恐懼と謙虚さをロシアに対して持ち合わせていない。2月と同じくプーチンを粗暴に挑発して先に手を出させ、核戦争で攻撃する口実と正当性を得、手筈どおりにロシア軍を撃滅するのみだ。それがアメリカの戦略構想だと推測できる。そして、今のアメリカにはケネディがいない。

アメリカの核戦争プログラムとプーチンの核の瀬戸際作戦と、二つが対決して衝突のときを迎えている。どちらも勝利の地平に確信を持ち、駆け引きの方程式とロードマップを持っている。確実に言えるのは、核戦争のリアルが間近に迫っていることだ。バーチャルウォーは一瞬でリアルウォーに転化する。北朝鮮の場合は、韓国と中国という安全装置があり、北朝鮮とアメリカの行動を抑止する条件があった。今のアメリカとロシアにはそれがない。さらに、キューバ危機のときよりも双方の不信と断絶が大きい。本来なら、アメリカの周辺国や子分国が、アメリカに対して自制を要請しないといけないのに、いわゆる自由陣営の国民がきわめて好戦的で、核戦争の勃発を恐怖していない。マスコミに扇動されるままヒステリックにロシア叩きを絶叫している。

一時期と比べて、停戦和平を唱える者が本当に少なくなり、この戦争に対して中立の見方をする者が少なくなった。だが、ごく少数派ながら正論を発している者もいる。長銀出身の経済官僚で元ロシアトヨタ社長の西谷公明の理性的な記事には共感を覚えた。勇気のある視角と考察の提供だ。ウクライナの4‐6月期のGDPは前年比37.2%の減少、西側から今年上期に123億ドルの経済支援を受け、下期も180億ドルを受け取るが、その資金は戦費と兵器に優先的に支出され、財政赤字は毎月50億ドルに上ると報告されている。年間で500億ドルの赤字になり、全く帳尻が合わないではないか。ウクライナこそ継戦能力を失っていて、早急に停戦和平に歩を進めないと国家が破滅する。だが、そのウクライナの真実は西側ではマスコミ報道に載らない。

まさか、ロシアに親米政権を建てて、油田ガス田の資源をアメリカが差し押さえ、そこから賠償金を拠出しようという魂胆だろうか。それならベルサイユ条約のドイツへの仕置きの失敗の歴史と同じになる。


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