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松原耕二の欺瞞と偽善 - 報道1930は放送法の「政治的公平」を守っているのか

先週、2022年の日本の出生数の見込値が発表され、初めて80万人割れすることが確実となり、国会論議でも取り上げられて関心を呼ぶ状況となった。国立社会保障・人口問題研の推計よりも11年早く少子化が進んだ結果となり、マスコミは衝撃を伝える論調で説明している。政府の想定よりも出生数が急速に減少した要因は、2020年からのコロナ禍の直撃が大きく、若者が結婚を手控え、夫婦が出産を遅らせ、独身男女の出会いが少なくなった等の事情が挙げられる。だが、関連の本を何冊か読むと、2022年の出生数が80万人割れするという事態は、すでに何年も前から専門家によって予測されていたことが分かる。前田正子の2018年の岩波本にも、山田昌弘の2021年の光文社新書にも、この点は指摘され警鐘が鳴らされていて、関係者の間では既知で織り込み済みの事項だった。

この数字は厚労省が人口動態統計として作成しているもので、2022年12月に調査実施され、2023年2月28日公開と予定が決まっていた政府資料である。岸田文雄は、2月28日にこの数字が発表されることを前提に、「異次元の少子化対策」「子ども予算倍増」の政策を派手に言挙げし、今国会の目玉にしようと画策した永田町政治の真相が透けて見える。巧妙に国会戦略を設計し、この数字をマスコミを使って騒がせる工程を布石していたのだ。岸田文雄の「異次元の少子化対策」「子ども予算倍増」には何の中身もない。キャッチコピーだけだ。だが、こうして衝撃の数字を出して世間に波紋を広げれば、マスコミがそれなりに報道のネタにし、国民の関心を惹き付けることができる。岸田文雄はそう思惑して国会対策の手を打ったのであり、6月の骨太の方針で消費税大増税を打ち上げる魂胆なのだろう。

■ 防衛論議を隠す囮作戦としての「異次元の少子化対策」

無論、第一の目的は、防衛費倍増やミサイル配備の問題を隠す狙いである。敵基地攻撃能力として導入するトマホークの問題を国会論戦のテーマから排除するためだ。台湾有事や防衛費43兆円の問題を野党に質問・追及させず、国会論議の攻防から省き、マスコミに報道させないために、その代替物として「異次元の少子化対策」を持ってきたのである。用意周到に目くらましのアジェンダを準備し、報道表面の材料に仕立て、国民の関心を向けさせているのだ。台湾有事と中距離ミサイルから目を背けさせている。要するに、「異次元の少子化対策」は当て馬であり、毛鉤であり、触れられたくない戦争政策を隠蔽するための狡猾な囮に他ならない。囮の看板だから中身がないのである。台湾有事とミサイル配備と防衛費倍増から、国民の視線が散ってくれればいい。

それが岸田文雄の作戦である。野党もそれに協力している。野党だけでなくマスコミも連携している。私だけでなく、少なくない国民が、この通常国会は台湾有事とトマホークと防衛費43兆円が争点になるだろうと開会前に予想した。12月に岸田文雄が安保3文書を閣議決定し、防衛費43兆円を決め、トマホーク配備を決めたとき、マスコミは少なからずこの問題に焦点を当てて取り上げ、来年の国会で議論の中心になるだろうと国民の期待を煽っていた。報道1930で松原耕二が当時何を垂れていたか御存じだろうか。何度も言っていたのは、「国会で何も議論されてないのに」の不満であり、「国民の間で何の議論もされてないのに」の辣言だった。国会で何も議論をせず、マスコミで政策の中身を討論する通過儀礼も入れず、リークだけで防衛費倍増とトマホーク配備を既成事実化するのは怪しからんと批判していた。読者の皆様もご記憶にあるはずだ。

■ 国会もマスコミ報道も防衛問題は脇役以下 - 主役はウクライナ

さて、いよいよ年が開けて国会が始まった。マスコミ報道はどうだろうか。松原耕二の報道1930は、今年になっても毎日毎晩、ウクライナの戦況報道のアップデートばかりだ。兵頭慎治や高橋杉雄や頭の悪そうな元自衛隊幹部が出張って「ロシア軍は弱い、必ず負ける」というワンパターンの戦局分析に興じている。駒木明義や東野篤子が顔をせり出して露骨なプーチン叩きを咆哮している。松原耕二と堤伸輔がそれに相槌を打ち、彼らと調子を合わせて「プーチンの被害妄想」「独裁者の歪んだ歴史観」のナラティブ・トークを反復している。去年1年間そればかりだったが、今年もずっと同じ演目が続く。7時半から30分間はウクライナ情勢で埋め、当夜の本題が何であっても防衛研と元自衛隊が登壇する。飽くことなく執拗に戦争プロパガンダを散布する。CIAが制作・統括したコンテンツとメッセージを流す。

去年12月の松原耕二の話を素直に聞けば、今年1月以降はマスコミがトマホークと防衛費の問題を集中的に取り上げ、国会で野党主導の論戦の見せ場が作られ、日本共産党が防衛官僚から仕入れた「爆弾」を落とし、この問題が争点となって世論を盛り上げるだろうと、そうした構図と展開を私は期待した。反戦と護憲の世論に少しでも生命力が戻り、戦争に猪突猛進する空気が押し返され、台湾有事と中距離ミサイルに反対する波状デモが国会周辺で起こる絵を待望した。が、そうした平和主義の動きは全く不発で、左翼は相変わらず「ジェンダー・マイノリティ・LGBT」一色のままである。石垣や宮古にトマホークが配備されるのに、市民の反対運動は低調に沈んでいる。2月のマスコミ報道は、サンデーモーニングを含めて、ウクライナ侵攻1周年の戦争プロパガンダで埋め尽くされた。ロシアへの憎悪と敵意を再沸騰させ、日本の軍拡路線を肯定する公共の言論機会となった。

■ 敵基地攻撃も、軍事費倍増も、報道1930が正当化の世論工作

あらたためて確認したいが、敵基地攻撃能力(反撃能力)たる中距離ミサイル配備が世論調査で賛成多数となったのは、昨年1年間かけて、マスコミがウクライナ戦争のプロパガンダをシャワーした影響だ。防衛費増額でも賛成が反対を上回る世論結果に流れたのは、マスコミがウクライナ戦争を出汁にして「抑止力」の意義と必要を説き続け、報道1930の出演者が「戦後の平和主義は終わった」と教誨し続けたからである。日米同盟を強化し、軍備拡張して重武装しないと「平和」は守れないと洗脳し、その工作が成功したからだ。毎日毎晩、森本敏と佐藤正久と杉山晋輔と高橋杉雄がプロパガンダを絶叫し、その猛毒の軍国主義の右翼言説を、中立で公正な主張であると松原耕二と堤伸輔がオーソライズしたからである。TBSだけでなく、NHKとテレ朝が同じプロパガンダ報道に徹し、G7他諸国に合わせて軍事費を2倍にせよと吠え続けたからだ。

その松原耕二が、3月5日のサンデーモーニングの席で放送法の理念と目的についてコメントし、「放送法の本質は、メディアが政府と一体になって戦争に突き進んだことへの反省から、政治の介入を排除して自由に放送することを保障するもの」と説教した。ネットでは左翼が諸手を挙げてこの発言を歓迎、松原耕二を激賞するツィートで埋めていた。こんな欺瞞と矛盾があるだろうか。松原耕二は平日の報道1930と日曜のサンデーモーニングで立場を巧妙に使い分け、報道1930ではCIA(NED:日米合同委員会)の下請け御用論者として視聴者を脱9条に導く世論工作に務めつつ、サンデーモーニングでは「リベラルの優等生」の論客として立ち回る一人二役を演じている。一体、報道1930の番組の企画制作は、どこで誰によってどのように行われているのか。内容と論調がフジのプライムニュースと同じになるのは何故なのか。

■ 報道1930は放送法の「政治的公平」を守っているのか

自民党の佐藤正久の出演が異常に多い理由は何なのか。われわれは、報道1930の放送を見て、それが「放送の不偏不党」を謳い(第1条)、「政治的に公平であること」を定め(第4条)、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(第4条)を求めた放送法の理念に即した中身だと評価、納得することができるだろうか。例えば、毎晩やっているウクライナ情勢の解説と議論において、放送法の理念に即して出演者を選んだならば、毎回とは言わないまでも、やはり2回に1回、最低でも3回に1回は、鈴木宗男を呼び、鳩山由紀夫を呼び、孫崎享を呼び、塩川伸明を呼び、羽場久美子を呼び、和田春樹を呼ぶべきだろう。同じく中国と安全保障の回では、河野洋平を呼び、古賀誠を呼び、浅井基文を呼び、半田滋を呼び、前田哲男を呼び、柳澤協二を呼び、猿田佐世を呼ぶべきだろう。それなら「政治的公平」は担保される。

そうした論者のバランス配置であれば、放送法に忠実な報道番組だと言える。意見対立を隠さず反映した、偏向を排した放送だと言える。だが、実際の報道1930は、ウクライナ問題でも、中国問題でも、アメリカの意向と戦略がそのまま投影された内容であり、アメリカと日本政府が価値づけした意見と知見が流され、NATOとCIAの冷戦型価値観に基づく報道映像と原稿が制作、発信されている。一方的な論理と主張が「公正中立」の地位表象に化け、視聴者の判断に影響し、マスコミの世論調査で多数意見として正統化(legitimize)される。選挙で支持されて投票される政党の政見となる。私はこの政治過程をマスコミの世論操作だと定義する。洗脳工作だと批判する。現在の日本で、その中心に位置するのが松原耕二であり、大越健介であり、田中正良だ。日テレ(読売)とフジ(産経)がそれをやるのはまだ看過できる。だが、TBSの松原耕二が「リベラル」の仮面を被ってそれをやるのは許せない。

■ 真の国難である少子化問題を特集報道しないマスコミ

最初の切り口に戻って、少子化の問題だが、率直なところこれ以上の国難はないだろう。日本にとってこれ以上国家存亡の危機はない。子どもを増やさないといけない。少子化を止めないといけない。本来、報道1930とプライムニュースは、毎晩、この問題を特集して議論してよいはずで、それがマスコミの当然の姿と思われる。対策を正面から協議して提案を示し、世論にフィードバックさせ、政府や国会を動かさないといけないはずだ。今から手を打っても遅いかもしれない。だが、このままだと間違いなく国が潰れる。普通なら、誰もが危機感を持つはずで、少子化問題がマスコミ報道の主要なテーマになり、各局による特集報道が続くのが当たり前ではないか。防衛研の陣笠族やCIAの御用学者ではなく、山田昌弘や前田正子や柴田悠が毎晩テレビに出て、飽きると言われるまで熱く議論する絵が出現して当然だろう。

少子化が深刻だと言いながら、国民には専門家の分析や見解の具体論がよく届けられていない。何がどのように審議されているか知らない。危機感は重苦しくはあるが漠然としている。過去にどのような対策が打たれたのか、なぜ失敗したのか、われわれは理解も承知もしていない。結論が何も見えていない。NHKがまともに特集報道を組まず、ほとんど関心を寄せていない。「朝まで生テレビ」も、この問題が特集された回はない。これまでマスコミが断片的に問題提起するときは、必ず皮相的な常套句として、男社会が悪い、ジェンダーへの無理解が諸悪の根源だ、欧米先進国を見倣えという話で片づけられてきた。男が犯人とされ、中高年男性が悪玉視され、日本の「家父長制システムの旧態依然」が叩かれて話が終わった。山田昌弘によれば、どうやらその着眼と認識は誤りのようで、若者層の低賃金・収入減こそが少子化の決定的な要因らしい。

いずれにせよ、本当に国難で最重要の問題で一刻を争う事態なのであれば、報道1930はウクライナ情勢を脇に置き、少子化問題で毎晩時間を埋めるべきだろう。

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