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【二次創作】『人切り以蔵』の終盤

――以蔵が自白する前夜のこと

「先生が俺に毒入りの弁当を食わせるとは」

 他の寝静まった頃、以蔵はひとり獄中のなかでその悔しさに歯を軋ませて、この有様についてふつふつと考えていた。

「俺がこの勤王党のためにどれだけ尽くしたか先生は忘れたのか。それに労をねぎらうどころか、散々忠義を尽くしたこの俺を口を割ると決めつけて、切り捨てるだと。いつまで俺を無下に扱えば気が済むのだ」

 以蔵は、いかに人を斬ってこようが、自分を議論の場に加えようとしなかった主人のことで溜まりに溜まった怒りが吹き上がった。

「なにが維新だ。どっちに転んだとて俺の扱いは変わらんではないか。結局、藩に使われるか、こいつに使われるかの話だ。俺になんの関係がある。瑞山は綺麗ごとばかり抜かすが、だれが手となり足となっているかご存じないようだ」

 彼が求めたものは政変ではなく、彼の主人である武市半平太からの評価であった。それがいよいよ与えられないとわかると、彼の思惑はおかしな方向をたどり始めた。

「俺の敵は佐幕派ではない、武市瑞山だったのだ。地獄に落ちてようやくそのありがたみを骨の髄まで感じればいい。このばぶらもんが。そうだこの飼い主の手を嚙んでやろう。そうとも知らずスヤスヤ眠るコイツの手を噛みちぎってやろう」

 そうと決まると、目がドスンと座った。その日はあまりの高揚に寝付けなかった。

 明くる日の朝になって、今朝も役人が拷問部屋へ連れ出す。以蔵はいつもと違った様子で素直に獄中から出ると、武市半平太のほうをチラッと振り返って、「刀ばかりが俺の技ではないぞ」とさも自信ありげにニヤリと笑った。その背中を見送る武市はしかし、なにか察したような様子であった。


あとがき:司馬遼太郎『人切り以蔵』の二次創作です。もう何年も前に読んだのではっきり覚えているわけではないのですが、終盤に自白を決めた動機のような文章が一行ほど出てきます(具体的には忘れました)。そこだけ妙に覚えていたので、そこに至る道中を書きました。この作品の岡田以蔵は維新というよりは、人を斬ることそのものに目が向いていたり無邪気な動機で目の前のことばかりみる子どものような印象を受けます。それから武市半平太とは主従関係にあって、気の毒なほど無下に使われる一方なので、そこも加味して書きました。実際のところどうなんでしょうね。

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