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日記と珈琲_3月

からだの8割が「珈琲と映画と本」で出来ている医学生です。医療現場の近くに立ち、弘前に住みながら撮った写真と日記をまとめました。


03/01
手術3件。助手1回。実習最終日。
17時、麻酔科医が曲を変えた。東京事変「幕の内サディスティック」が流れる。椎名林檎の声が部屋を埋める。モニターを眺める疲れ顔の医師、あさっての方向を見るオペ看、淡々と腹腔内を切る執刀医、そしてぼくら。哀愁漂いますね、とロックが好きな班員がつぶやいて1年間の実習が終わった。

ここで5年生の実習が終わり、2週間の春休みが始まる。

03/02
友人Aの住む仙台に行こうと、友人Bの車で高速道路を駆る。二人は地元の同級生、立派な社会人だ。Bは、初めて車で仙台に行くらしいから、ヒッチハイカーになった気分で助手席に座った。Aと合流したらすぐに国分町に出かけて、居酒屋といかがわしいお店の間を練り歩いた。
Sevendays Coffee 今月のコーヒー ニカラグア 650円。

03/03
正午。あのあと友人宅で飲み直して、優雅な時間に起きる。ふぬけた身体に喝を入れ、布団から這い出ると、同じく寝起きの友人Aが、「あ〜!中学校さ、戻らいながった〜」と憂いていた。友人Bが頷く。ぼくが眠った午前2時からその後、二人は語り明かしていたらしい。未練。中学時代の夢を見るため、前後2学年分の名前を列挙したのだそうだ。
14時、快晴。〈向洋海浜公園〉に行こう、と提案したAが車を出す。道中、平成懐メロを熱唱し、気分は中学に向かう。干潟に着いた。荒い風が乾いた砂を掻き上げ、波が低く立ち、風の音と波の音とが轟々と混じり合う。時折り、風に乗った異臭が鼻腔を刺した。近くの工場からだ。くっせ〜、けどこの匂いでこの海思い出してまるな、と言ったぼくに対して、Aが「いいな、宮城さずっといたばって来たことなかった。故郷だな」と感傷に耽る。Bも、反応こそ薄いが心が動いていた様子。振り返ると、自転車をひく少年らの声。釣りだろうか、ぼくらの中学の景色と瓜二つに見えた。
15時、車内は再び懐メロがかかる。しかし、誰も歌っていないし、中学に戻りたい、なんて言わなかった。遠ざかる海を見つめながら、ぼくたちは帰る場所を見つけていた。
スターバックス ICED BLACK 170円。

03/04
9時、サウナのルーティーンに従い、朝から夢を見る(強制的に夢を見ることができるのだ)。浮かんだのは、鬼の面、他人の鼻背、浴槽に浸かるぼくを俯瞰する何者か。
14時、冬眠から明けた〈ふゆめ堂〉に向かう途中、ピカピカの急カーブを滑ってしまって柔らかい雪の壁にぶつかった。恐ろしい。ブレーキが効かない、なんて経験は夢の中だけでいい。
YADORIGI COFFEE ROASTERS Kenia 奢り、SHIZUKU CAFE セットコーヒー、ギャラリー&カフェ ふゆめ堂 コーヒー 500円。

03/05
十和田市立中央病院の見学。総合診療科の様子、訪問診療を拝見した。外来の診察で使うPC画面に「12月1日から総合内科は総合診療科に名称変更しました」の記載。専門科として認められたようだ。壁には、眞田神社の六文銭の絵馬。三途の川を渡るとき、奪衣婆に服を剥ぎ取られないよう死者に持たせる渡し賃が六文銭。だいたい300円。真田家の旗印で有名だがその意味を知ると、病院に飾られている意図が見え隠れする。
帰りは、一緒に病院見学しましょう、と誘ってきた田村くん(仮名)とのドライブ。結局往復4時間も喋り倒した。新年会でも長時間語ってた彼に驚いていたのだが、将来、好きな映画、中学時代、最近楽しんだライブ、去年の実習の出来事など話題に事欠くことなく話し続けた。沈黙が苦手なんだろうな、と思った。ぼくも黙っている時間が怖くて何か話さなきゃと思って勝手に口が開くから、互いのポジティブフィードバックで疲れ果て、弘前に着いた21時ごろにはくたくたになって、すぐ眠ってしまった。
Street Smart Coffee コスタリカ セントラルバレー シャパラル農園 アナエロビック 570円。

03/06

03/07
青森県立中央病院の見学。内分泌科の様子、研修医室を拝見した。外来で「○月×日」の「月」を「つき」から変換する先生の難しい質問に答えたら「文学的だね」と言い、失笑された。糖尿病教室で別の先生が「70%の努力を。病院では100点の生活をします。運動療法・食事療法・薬物療法・誘惑の少ない不自由さをご自宅で完全に再現することは難しい。70点くらいにして、1ヶ月30日間の70%を教わった通りにすると、9日間は休んでもいい。仕事と一緒ですね。カレンダーを使って出来た日に○、できなかった日に×を付ける。で、結婚式やお盆、ディナーの約束で未来に×をつけておくこともできます。一病息災、という考えで糖尿病とうまく付き合っていくことが大事ですよ」と。
帰りは、これも田村くん(仮名)とのドライブ。虫歯、散髪、教授、ラジオ、趣味、習い事、厳しい保育園、苦手なことの克服などを話す。彼の自宅まで送ると、車庫が照らされていた。お父様が車から降りたばかりの様子。大きな袋を抱えている。挨拶すると、誰かと住んでる?と聞かれ、いいえと答えてデコポン一個。
COFFEEMAN good &PRIMAVERA グアテマラ ラ・コリーナ&ケヒナ 670円。

03/08
快晴。友人と行った〈カレー&コーヒー かわしま〉で大盛りカレーを注文してすぐ鳥山明の訃報に触れた。
14時、日が照る津軽平野のど真ん中に白鳥の群れが見えた。反射して真白に光る雪の上に立ったり座ったり。ひんやりしているのかな。弘前から五所川原まで移動する間に500羽近くは見た気がする。
15時、確定申告。車内で書類を整理している時、駐車場の誘導員が車に近づいてきて、出口はあっちだかんね、と指を刺した。ぼくの沸いた汗が引いてにんまり。所得税等の特設受付、アルバイトの女性が受け付けをしていた。美しい。ドキドキ。申告のときどき?
16時、あぜ道に猫の死体が転がっていた。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出。

03/09

03/10

03/11
世界から隔離されたような一日だった。一歩も外に出ず、映画を二本、『犬ヶ島』『真夜中の虹』を観て、小説の構想を練りながらときどき勉強もして検索窓を覗く。ヤフーで「3.11」と検索して10円寄付してもらっただけで、世界と交れた気がした。なんと単純なことか。くどうれいん『氷柱の声』を寝る前に読む。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出。

03/12
夕方、親友3人で実習の慰労会を開いた。
彼らとする飲み会、ご飯会、旅行や映画鑑賞の予定は必ずカレンダーに「三人衆_〇〇」と書いている。全員が津軽の人。こういうのを津軽衆と言うし、3人だから「三人衆」と命名した。なんでも話せる仲があって良かったと思う。男らしさとか医学生らしさとかそういうのを取っ払って話せるから、窮屈な土俵から降りた気分にさせる。わからないことも話せる。無知が許されると感じる場所は、この業界ではそう多くない。ぼくがわかっていなかったこと、難しい悩みを紐解いて、解決の糸口を見つけてきた仲間だと信じている。パズルのように話し合って、飲みながら夜更かしした日々を思い出す。
鍛冶町の〈炭火焼 鳥よし〉で飲み放題2時間。2軒目で彼らを我が家に招いて『96時間』『ジョン・ウィック』を鑑賞し、YouTubeのくだらないミーム動画を眺めてる間に疲れて眠った。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出、ミスタードーナツ 氷コーヒー 385円。🐈🐈‍⬛

03/13
13時、田村くん(仮名)と親友Sで映画鑑賞。『M3GAN』『マリグナント』のホラー2本。
19時、〈CUISINE & DRINKS HYPE〉で。キヨさんとごはん。日記とエッセイを読んでくれていた!ぼくの考えと言葉の嗅覚を買って、noteの「書かないkotoba」に共感したみたいだ。使わない言葉。彼女は絵文字の色が気になって絵文字が使えなかった、という。配色に神経を使う職業ならではのこだわりが見えた。それにしても日記をよく読んでらっしゃる。「手術室で腎臓の写真を撮ったのは、どうしてなの」と、ぼくが臓物を撮ったことに興味深々に聞いてくる。腹のなかの臓物を見たい衝動って野生的で現代的なのだろうか。退店間際に「ゴタゴタしてすみません」ともじゃもじゃ髪の店主に謝られたが一切困らなかったし本意なのだろうけど、空振りした謝罪が心に響いた。
21時、消防団の車庫前、暗がりに若人と老人が照らされている。津軽奴振り(やっこぶり)の伝統が次の守り手に渡されていた。渡り鳥の鳴き声、オリオン座。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出。🐈‍⬛

見たいものがすぐ目の前にあるのに、見ることができない。見たことがないものは、想像がしにくい。

03/14
鎌倉観光。横浜出身の友人の案内で〈KIBIYAベーカリー〉で黒みつパン(小)を買って歩いていたら、養老孟司先生が踏切を待っておられた。鎌倉にお住まいと聞いていたが、本当に会えるとは。その辺の老父と変わらない、あまりにも自然な風体。NHKで出演したときの様子とも変わらない。オンとオフの差が曖昧な雰囲気に圧倒され、声を掛ける気持ちを押し殺して次の目的地に向かうと友人が「あとは庵野秀明にも会えたら良いね」とくすぐる発言。最近、二人して宇多田ヒカルのライブチケットに当たったから、今日でなけなしの運が尽きた思って〈キャラウェイ〉のビーフカレーを頬張った。
横浜観光。夜景きらきら、小径どろどろ、清濁併呑の街並みに眩暈がした。流れるような友人の案内のおかげで、迷わずバスターミナルまで来れた。これだけ尽くしてくれた彼との最後の思い出は、コロナ前に遡る。再会を約束して、あの時と変わらない、いや、すこしやさしくなった抱擁と湿った握手をして「またね」と見送った。
キャラウェイ コーヒー 270円、イワタコーヒー店 もくれん 730円。

03/15
京都観光。珈琲屋を梯子。歩き続けた。鴨川デルタは想像よりも人が多く、トンビがカラスみたいに低空で溢れ飯を狙っている。椅子に腰掛け、おそるおそる、鎌倉で買ったパンと買ったばかりの珈琲でランチ。
神戸観光。弘大後輩くんと台湾料理の〈熱炒〉に入る。彼は神戸の男。三ノ宮駅線路下の2階、低くて暗い店内のカウンターに座る。ガタンゴトン。台湾料理を頬張る。ちょ、めっちゃうまい! とエセ関西弁。店主の優しさにもやられてますます感動した。「知る人ぞ知る名店ですよ、よねさん」意気揚々と話すのはこの地が彼のホームだから。黒のCOMME des GARCONSとsupremeを着て威勢を放つ。
大阪に移動した。ただの好奇心から二人で危なっかしいエリアを散策。落書きと散在したゴミ、屎尿臭、行書体の「鳴門」が薄れた看板、虎の人形。道端で吐いたおじさん、警官。要請したけど何もなかったおばさん、消防隊員。飴を咥える男たち。知らなかった、こんな街があるとは。彼と大阪駅で固く握手し、しばしの別れ。
coffee stand 微光 コーヒー 450円、二条小屋 タンザニア 450円、北大路焙煎室 Brazil AeroPress 500円。🐈

03/16
東京観光。高円寺の〈小杉湯〉で疲れと汚れを落として西へ西へ。
吉祥寺には、ぼく好みの世界観が広がっていた。黒縁眼鏡(おそらくぼくのと同じメーカー)で英字雑誌に線を引く老父、シンプルな着こなしで上品な夫婦、ギリシャ彫刻のような顔の男性、閑静な街並、大木と芝生に集まる子どもたち。住むならここ、と思った。〈book obscura〉で三部正博 写真展 「Glass Tableware in Still Life」の息を呑むモノクローム写真を見て、小澤太一『SAHARA』を購入。
下北沢、〈日記屋 月日〉で壁一面の日記本を見つける。本を買う。
新宿、この旅の大本命「ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家」を観に〈東京オペラシティ〉へ。三部さんの撮るガラスの浮遊感、モノクロの艶やかさ。山野さんの、言葉の伝達作用から歪むガラス。絵画。光をいっぱいためるガラスがもっと好きになった。
夜、同期とご飯に行った帰り、高架橋下の車道を漕ぐ車椅子が見えた。人で満ちた歩道。不親切な人だかり。
LIGHT UP COFFEE WASHED KUTERE - KENYA ICED 550円。

03/17
朝、原宿駅に着く。快晴の神宮橋がうっすら霞み、すこし煙たい。班員のひとりがストリートダンスの全国大会に出場すると言うので、実習班で応援しようと代々木競技場に向かっていた。第一体育館に着いて、先に着いたはずの年長班員に連絡しても見つからない。明らかに淑女が多く、今回のダンス大会は親御さんが応援するものなのかな、と疑問に思っていたらそれは「新しい地図」のライブ待ちのファンで、会場は第二体育館の方だった。
AJINOMOTO ALL JAPAN(アジジャパと言うらしい)の決勝大会に東北代表の弘大が進出、全国16チームの団体戦が始まった。生のダンス、唸るたび頸の裏に、そわり、と電気が走る。DJのメロディを言葉に起こして、あるいは、理性が働く前に、身体が動いて、声を使わない即興の文脈を形成し続けているように見えた。異化作用の上手な団体が勝っていたと思う。1回戦の相手に勝ち、ベスト8の大健闘。誇らしくて目頭が熱くなった。
夕方、年長班員の車に乗せてもらい、東京から青森の高速道路。金成を過ぎたあたりで「青森」の看板が見えた。旅が終わる。
ジョージア ザ・ブラック 160円。

春休み終了。

03/18
実習開始。青森慈恵会病院で6年生が始まった(はず、進級判定の知らせは誰のもとにも届いていない)。
7時に家を出て1時間で着くはずが、吹雪で道路が渋滞して8時過ぎになってしまったので、トランクから大きな荷物取っておそるおそる玄関をくぐると事務の方が笑顔で待っておられた。「外、大変でしたでしょ」と訛った声で聞かれる。院長との面談で病院の概要を聞き、病院の多少複雑な間取りを紹介してくださり、用意された部屋で一旦休憩。昼食前の一眠りで、長旅で張ったままの緊張を解いてようやく体が軽くなって、松林という食事処で醤油ラーメンを摂ったらもう一眠り。
院内の雰囲気は良い。皆さん、挨拶が上手だ。リハビリの環境が高品質に敷かれていて、脳卒中をよく診る先生が「ここのリハビリが良いから患者さんの動きはすごく良くなるんだよ」と言っていた。ぼくの指導医から伝わった実習中の目標の中に、「挨拶ができるようになる」「患者さんの様子を誰かに伝えられるようにする」とこれから迎える研修医時代の世渡りを念頭に置いたものが散見され、この病院であればその目標は容易に達成されそうだと思った。
医局の珈琲 無料。

連絡が来て、進級が判明しました。(3/22)

03/19
18時、病院の整形外科と内科の合同懇親会が開かれるとのことで同席してみた。〈中国料理 吉慶(きっちゅん)〉でコースの食事とビール、紹興酒片手に15人の先生、事務員と歓談に耽る。老医の隣に座ったぼくは、目を丸くする。病院の立ち上げ当初、2人しかいなかった医者のうちの1人だった。ブエノスアイレスからの船旅の帰りだそうで、船医の仕事に就いていたと話した。老医の口から、人生、ジェネラルな外科、哲学の話が湧いてきた。「終活で何を残すか考えていたけど、ほとんどが要らないものだったんだね」「細分化されてしまった医療をジェネラルにしていくには、哲学が必要になってくる」やわらかな笑顔で話す。ぼくはかなり酔ってきたので忘れまいとメモを取り、途中から録音まで始めていた。「ただ情報を、正しい行動で、正しく動かしていく。そういう時代ですよ」と言い残し、彼ほど解像度の高い認識を持つ人を見ることがあるだろうか、と感傷に浸り、懇親会が終わった。
医局の珈琲 無料。

03/20
朝、アルコールの抜けきらないすっきりしない面持ちで体を起こし、頼んでいた検食を食べて目が覚めた。鯖の塩焼き、チンゲンサイソテー、冷奴、小葱。洗濯物が溜まってきたので一時帰宅することにした。まだナビを使わないと一人で帰れない。
昼過ぎ、親友Sを誘って勉強。医学の勉強は本当に鬱陶しいくらい同じことを見聞きして頭に叩き込まねばならぬ。3時間で国家試験の過去問の80問近くを入念に点検して、Sとの歓談に入る。「医者の言葉がやわらかくなる。大学病院のカルテを見れば、腹部膨満感だとか易怒性とか教科書的な硬い言葉を使っているのがわかるんですけど、一歩、外の病院に行くと言葉が医学と人文学の間で揺れ動いている気がします。お腹が張っているとか、怒りっぽいとかが増える。将来ヤブ医者にならないためにも、言葉の日進月歩にも追いつきたいし、なるべく専門用語の硬さを守って記述していきたいんですよね」とぼくが自論を展開すると、「お、じゃあ米谷の将来は教授かな?」とSはニタリと笑って、飛躍した論理で茶化してきやがった。悪くない。
TULLY’S COFFEE 本日のコーヒー Tall 420円。

03/21
16時、病棟回診を終えて解放された。好きなことをして良い、と思ったら、病院の側にある公園に足が向いていた。気温は5度、冷たい空気をめいっぱい吸い込みながら歩いていると、英語を話す2人組と全身黒ずくめのカメラマンが木目のベンチに座っているのを発見した。話しながら眺望していた。視線の先の〈青森県立美術館〉前はだだっ広い空間が広がる。縄文遺跡の発掘現場をイメージして切り拓かれた広大な土地と天然さ。荒涼と無骨の言葉がよく似合う。見渡す限りの曇天、枯草、沿道の樹木、残雪。淡い光に漂う空虚に心吸われたのか、彼ら、なかなか腰が上がらない。館内の階段を抜けて〈八角堂〉、奈良美智作の「Miss Forest / 森の子」に挨拶をして踵を返す。
医局の珈琲 無料。

03/22
15時、実習が早く終わったので〈青森県立美術館〉の企画展「フランク・ロイド・ライト - 世界を結ぶ建築」を鑑賞。学生1000円。受付が中年女性の研修生で、ぼくが「企画展で」と言った後に続けて「常設展と企画展がございまして、企画展のみとなりますと『あおもり犬』が鑑賞できませんのでご注意ください」と返されて、受け応えがまだおぼつかない。ぐっと堪えて、心の中で頑張れ〜と念じておいた。企画展はりんご箱とキャプション、複製写真と図案を多用したミニマルな展示。彼のフロンティア精神は1次産業と都市計画まで踏み込んでいる。幾何学と抽象、建築と自然をよく接続する気質に感銘を受けて、建築と都市を有機的に眺める視座を授かる。
17時、居間のような部屋で検食を頂戴する間、テレビを見ていた。NHK大相撲。未だ1敗の尊富士(青森県五所川原市出身)の猛勢に注目して観ている。18時前になってハイライトが流れたあたりで、懇親会でお世話になった老医が部屋に入ってきた。おお、勝ってるの?と同じく尊富士の動向を気にする人ひとり。今日も勝ったみたいですよ、凄いですね尊富士、と申して老医は花やいだ顔になる。

03/23
青森から弘前に続く国道7号線を走ると、津軽平野を囲む奥羽山脈の連峰、岩木山を望む。曇り空の下、弱い陽の光を浴びた山が青白い光を反射してモノクロームの景色になる。薄く横に広がる2色の冷たさに心動いて、ハンドルがぐらつかないようにギュッと握って、遠くの山々、ふたつの眼球で脳裏に焼き付けた。自宅に着いたら、数日分の洗濯ラッシュと、弘前れんが倉庫美術館「白神覗見考」の「向こう側研究会」オンライン活動が控えてある。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出。

03/24
16時、尊富士が優勝した。そのとき家電量販店のテレビの前にいたぼくは、ぴろぽろ、ぴろぽろ、と流れた音に気が付いて振り向いたら「110年ぶりの大記録」が達成されたと知って感動した。
19時、アキ・カウリスマキ監督『マッチ工場の少女』を鑑賞。労働三部作の一つで、列車に乗ってトコトコ揺られるように眺めていたら、誰からも愛されない、不自由な主人公の境地から遣る瀬無い気持ちに誘われた。仕方がないのでYouTubeで「カウリスマキ」と調べてみたら「Aki Kaurismaki on Ozu」という12年前のインタビュー動画を見つけた。独り言のように小津への愛を語る彼は「76年前 兄に強引にロンドンで見せられたのが『東京物語』でした」「その時から 私は文学への憧れを捨てて "赤いヤカン"を探すことにしました」と言っていた。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出。

03/25
手術3件。脳神経内科の先生が不在のため整形外科の見学。
手術を見ていても話し相手がいないので考え事をしていた。今まで見てきたものの中で最も綺麗なものは何か、と問われたらこう答えようと2つ決めた。まずは人工関節。いま目の前でも見えているものだが、股関節と膝関節の置換術で目にするコバルトクロム合金は、鏡よりも綺麗に光を反射するものだから、それ自身の輝きというより他の情報を使って自身の輪郭を表していると言った方が正しい。空虚で重厚な存在感、ある種の禍々しさも漂う妖艶な美しさ。対して、回答に用意したもう一つの綺麗なもの、陰嚢水腫は天然の美しさだ。陰嚢とは男性の股間にある袋のことで、先天的か後天的に精巣がそれに入っておらず、代わりに水が入っている状態のことを指す。8割近くは自然消退するこの疾患、後ろからペンライトを当てると透光性があることで有名である。以前、ぼくが小児科にいた時にその子は現れ、股にペンライト、赤い球体が灯った。暗闇で指に光を当てて遊んだことはないだろうか。あれよりも、もっと真っ赤っか。蛍の発光器、自発的に発光する様子に近く、それほどキンタマは可愛くて美しい。

03/26
17時、検食の時間。自室から総合医局までの廊下にリハビリテーションのスタッフルームがある。すれ違いざまに挨拶。すると、驚くことがある。車椅子のリハビリスタッフさんがいるのだ。
このような光景に初めて出合ったのは、2019年イギリスにいた頃まで戻る。携帯ショップの前を横切った時、スーツの若い男性が車椅子に乗ったまま肩の高さにある棚を整理し、仕事をしているのを発見した。目が離せなかった。当時、自分の狭い世界(津軽, しかも過疎地域, 車椅子は老人ホームでしか見たことがなかった)では車椅子で仕事をしている人など見たことがなく、それはそれは衝撃を覚えたものだった。思えばイギリスでは歩道を走る車椅子を何遍も見かけていた。走りやすい歩道、店内、こういう社会がいいよな、と思って日本に帰国した頃には記憶が薄れ、この病院に来てやっと思い出した。
不自由の理解がある人の側で仕事をしたい。生きたい。そういう場所が広がれば良いなと祈りながら、ぼくは白米を食べる。

03/27
今朝のニュースに「気象庁、明治時代からの天気目視を3月26日に終了」と、公文書から天気の表現のグラデーションが薄くなった瞬間。連続的で曖昧な情報をつなぐアナログから、ぶつ切りのデジタルへ。
夕暮れに散歩。総合公園のそばにコンビニが見えた。雑誌『暮らしの手帖』があり、誰かが「弘前の特集で珈琲屋が紹介されてる」と言っていたのを思い出してすかさず購入。特集冒頭には、「日が指す中央弘前駅の待合室」の写真。作家 岡本仁の紀行文。彼が弘前を歩いて、珈琲は〈YADORIGI COFFEE ROASTERS〉〈純喫茶 ルビアン〉〈名曲&珈琲 ひまわり〉〈BROTHER〉、建物は「前川建築」〈まわりみち文庫〉「80ページ 写真13 無名の建物」にも目を向け言葉を紡いでいた。何者かの故郷を探している。それは時に奈良美智で前川國男だが、ぼくらにも嵌る。文体、画の構図から、羞しながら、これ俺じゃん、と思ってしまった。視点が似通っている。岡本さんにお勧めした人のセンスがぼくに近いのかもしれないけれども。馴染みの店、どこでも収まりの良い岩木山、いま、懐かしさが込み上げる。
医局の珈琲 無料。

03/28
17時、検食を頂く。部屋の壁側で碁を打つ老医二人。ぱちん、ぱちん、と石の音が響く。
18時、無計画な散歩。縄文遺跡の近くまで歩き、そろそろ帰るかなと住宅街を抜けて自衛隊駐屯地の沿道まで来てしまった。大通りまで500m、柵越しに見えた車の数々、あかりの灯った大きな宿舎、敷地内のトラックコースを走る隊員の気配。風に乗って聞こえた一管のラッパの音色。これ以上見る(書く)と怪しまれそうだと思って、足早に立ち去る。
20時、大風呂にほぐされようと近くの〈仙寿・鶴亀温泉〉に入ってみたら、びっくり、温泉の感じがしない。確かにサウナは整うし広い風呂場には豊富な種類の湯船があってそれらしいのだが、匂いが土か岩盤のそれだ。塩気は薄く、鉱物の析出は少ない。脱衣場の「循環ろ過」と書かれた看板を見たが、これがそうなのだろうか。場所によっては塩素系のスンっとする匂いが強くなったり弱くなったりする。身体は柔らかくなった気がしたのに、何だか慣れない匂いのパレード。悪夢にうなされた。
医局の珈琲 無料。

03/29
18時、〈マルミツ食堂〉にて祖母「むがしの汽車だっきゃ人わんっさか乗って狭ぇして、うん、男の人、屋根さ乗ったったんだ。」
BROTHERにてNonstop Coffee Stand & Roastery Ethiopia Tamiru Tadesse 74158 700円。🐈

03/30
舟越桂の訃報に触れた。〈BAR Rose Garden〉で知り、その場で脱力。重たいため息が漏れて顔が歪む。しばらくカクテルの氷を見つめ、傾けてやる。透明な塊の中に彼の中性的な彫刻像を探したのに、男とも女ともつかない顔はわかっても全体の像が結ばさらない。書籍、丸の内ストリートギャラリー、〈岩手県立美術館〉で観た記憶を蒐集しても、輪郭のぼやけた彫刻と思い出せない題名が多いことに気付いて当惑した。心の投影先になっていた作品、文学の香りが漂う題名、熱が出るほど好きだったのにうまく思い出せない。コップを持つ手が凍れて痛くなった。
6かく珈琲 珈琲とチョコレート 熟成水出し珈琲 ICE 1000円。

03/31
明日からの「社畜」生活に怯える友人。彼女は学生のモラトリアム期間が終わることに不安を募らせていた。いまは下の世代が大事にされる時代。お客様対応されるほどの気持ち悪さが漂うけれど、安心して仕事ができるよう祈った。
🐈

3月の淡い光の下に立つ。

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4月分は、5月になれば。
今月分を素地にしたエッセイを4月中旬に投稿します。

著者近影 📍6かく珈琲

プロフィール
米谷隆佑 | Yoneya Ryusuke

医学生. 98年生. 2021年 ACLのバリスタ資格を取得.
影響を受けた人物: 日記は武田百合子, 作家性は安部公房, 詩性はヘルマンヘッセ, 哲学は鷲田清一.
カメラ: RICOH GRⅢ, iPhone XR

Threadsで日記を投稿しています。カメラで言う「撮って出し」の無加工状態ですね。興味があればぜひ。

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